上 下
31 / 106
3.ミレジカの女王

赤い花びら

しおりを挟む
  それから数分して、ようやくライジルが食堂に入ってきた。

「ライジル、来たね」
「ああ」

  ライジルは風呂上がりのままここに来たようで、いつも立っている髪が額に張り付いている。前髪があるので、何だか幼く見える。首元には白いバスタオルが掛けられていた。オロロンの隣に座るのと同時に、ウィルの魔法で料理が宙を滑って目の前に現れた。

「橋の建設、終わったの?」
「ああ。何とかパレードには間に合った」

  リックの問い掛けにそう答える。橋の建設はパレードの為に行われたものらしい。ライジルは数日しか行っていないが、大規模な工事だったようだ。

「お疲れ様、ライジル」
「ああ。……お前もな」

  ライジルが一番疲れているはずなのに、気遣う事を忘れない。しかめっ面の中にライジルの優しさを感じ、燈は微笑んだ。

「んだよ……。葉っぱしかねぇじゃねぇか」

  料理を見てのライジルの感想は予想通りだった。

「うるさいわよライジルー!  野菜は栄養があって身体にいいんだよーだ!」
「俺には肉の方が栄養があんだよ!」

  やはりこの二人は顔を合わせるとすぐに喧嘩を始めてしまう。きっとどう言っても二人の仲が良くなる事は無いのだろう。はぁ、と溜め息を吐いたライジルだったが、料理をしっかりと見た瞬間、ピタリと動きを止めた。

「……おいラビィ。これ何だ?」
「ええ?  何ってシチューとスープでしょ?  見て分かんないー?」
「………」
「……ライジル?」

  急にライジルが静かになり、燈は不思議に思う。隣のオロロンも、その隣のリックもきょとんと彼の様子を見つめている。けれど、ウィルだけは優雅にスープを飲んでいた。

「そうじゃねぇ。……このスープに入っているのは何だ?」

  そう言ってスープの中身を指差す。中で浮いているのは……赤い花弁。燈は思わず自分のスープの中を見た。これが一体何なのだろう。疑問に思っていると、隣のラビィがペロリと舌を出した。

「……あ、やっぱりバレちゃった?」
「……てめぇ!  あれほどあそこから採るなって言っただろ!?」

ライジルが鋭い牙を剥き出しにして怒鳴る。

「ら、ライジル怖いろーん」

  するとライジルの迫力に圧され、隣のオロロンが泣き出してしまった。リックが「よしよし」とオロロンのつるんとした頭を撫でてあやす。その様子を横目で見、舌打ちをしてからラビィに視線を戻すライジル。怒鳴られた当の本人は慣れているのか、ケロリとしていた。

「だってイロノ草原に採りに行く時間がなかったんだもん!  いいじゃん!  後で代わりの採って来るから!」
「そういう問題じゃねぇだろ!?  あれは俺が種から育てた奴だぞ!?」
「ねぇ、どうしたの?」

  話が見えず、燈は二人に問い掛ける。すると、ライジルが声を荒げながら言い放った。

「ラビィが、俺の花壇の花を食材に使いやがったんだよっ!!」
「………花壇の、花?」

  ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。ライジルの花壇に咲いていたパクパクと花弁を動かす赤い花。おしゃべり草という、喋る花。あそこの花壇に咲いていた赤い花は、一つだけ。さあ、と血の気が引いていく中、ラビィが頬を膨らませながら言った。

「だってー!  美味しいんだもん、おしゃべり草!  燈にも食べてもらいたくって!」

  目の前が真っ暗になったような錯覚を受けた。

(このスープに浮いているのは………セイラ。私の友達。友達を………食べちゃった?)
「………っ」

  酷い吐き気に襲われ、燈は口元を押さえた。

(やだ……セイラが、セイラが……!  どうしよう、こんなにバラバラになって……!)

  目の前で赤い花弁が揺らめいている。きっと少し前まではパクパクと動いていた花弁が。震える手で自分のスープから花弁を救出する。必死に花弁をくっつけようとするが、それはするりと燈の手から落ちて。セイラはいなくなってしまったんだ、自分の腹の中にいるんだ、と思うと急に吐き気を催して手で口元を覆った。胃から食べた物がせり上がってくる感覚を感じた時だった。

「………燈?」

  温かい手のひらが、燈の手の上に覆い被さった。ゆるゆると青白い顔を上げると、澄んだ蒼い瞳と目が合った。

「………ウィル」

  何故だろう。ウィルの顔を見たら不思議と吐き気が無くなった。彼は怪訝な表情を浮かべながら燈の手の甲を擦った。

「どうしたんだい?  顔色が優れないみたいだけど……」
「………ぁ」

  目の前にある花弁が友達だったから……そう言ってもいいのだろうか。セイラがこんな姿になってしまっても、『ウィルにセイラの事を言わない』という約束を破る事に躊躇してしまう。それに、頭の中がぐちゃぐちゃで上手く言葉が出てこない。

「燈、どうかした…?」
「お腹壊したのかろん?」

  燈の異変に気付いたリックとオロロンが不安げに声を掛ける。その声で、言い合っていたライジルとラビィもやっと気付いた。

「何だ?  何があった?」
「燈ー?  気分でも悪いの?」

  ラビィが心配そうに眉尻を下げながら燈に近寄る。

(気分が悪い……?  違う。ラビィが……ラビィがセイラをっ………!)

  自分に向かって伸ばされたラビィの手を、燈は思いきり叩き落とした。

「え……燈……」

  振り払われた手を握って、戸惑った表情を浮かべるラビィ。何が起こったのか、まるで分かっていないかの表情。その表情が、燈の怒りを高ぶらせた。
そして感情のままに叫んだ。

「どうしてこんな事をしたのっ!?」
「……え、こんな事って……。燈、何で怒っているの…?」
「私は!  ……この花が大好きだったのに!!  何で……何でこんな事……!!」

  じわり、と視界が歪み、ラビィの表情が上手く見えない。ただ、彼女が動揺しているのは感じられた。

「あ、燈……」

  ラビィはあのおしゃべり草が喋っていたとは夢にも思わないだろう。それでも。例えその気が無かったとしても。燈はラビィが許せなかった。

「ラビィなんか大嫌い!!!」

  燈は思い切り叫ぶと、食堂から飛び出した。

「あっ……燈っ……!!」

  ラビィのか細い声が聞こえたが、燈は足を止めなかった。


✱✱✱✱✱


  燈が飛び出し、食堂の中は静寂に包まれる。痛いほどの沈黙。それを破ったのはラビィだった。

「燈……燈怒っちゃった……どうしよう…どうしよう……」

  赤い瞳から透明な雫がポロポロと零れる。初めて見た彼女の涙に、ウィル以外の男達はギョッとした。

「だ…大丈夫だ。話し合えば仲直り出来るから……な?」

  先程まで自分が怒っていた事も忘れて、ライジルはラビィを宥める。しかし、彼女の涙は止まらない。

「う……うわあああん!!」

  ラビィは声を上げて泣き出すと、燈の後を追うように食堂を飛び出した。

「ラビィ!!  ……チッ。世話の焼ける奴だ……。おい、ウィル!!」
「何だい?」

  あんな光景を見たというのに、未だに優雅にスープを飲むウィルはのんびりと返事をする。

「俺はラビィを追うから……。お前は燈の所に行け!」

  まだ渇ききっていない自分の髪を、バスタオルで乱暴にかき乱しながら言い放つライジル。しかし、ウィルは心底不思議そうな表情を見せた。

「……何で?」
「何でって……!!」

  言い掛けてから、ライジルはハッとした。そして荒々しく舌打ちをすると、上司の頭を戸惑い無く叩いた。

「……本当にお前は近くにがないと元に戻るんだな!!」
「……」

  叩かれた頭を擦り、それでもその場から動こうとしないウィル。

「もういい!  リック!  お前が燈の所へ行け!!あいつは多分花壇にいるから!」
「う…うん!」
「ぼ、僕も行くろん!」

  出で行く直前のライジルにそう指示され、リックとオロロンは慌てて彼の後を追った。
  食堂に一人残された上司のウィル。彼はこてんと首を傾げると、何事も無かったかのようにスープを飲み始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...