28 / 106
3.ミレジカの女王
鳥の家来
しおりを挟む
「私も今度願いを叶えてもらおうか」
「それならこの紙に書いて送ってよ! 職場に届くようになってかるからー!」
リュラがポツリと呟くと、ラビィがすかさず拾い、そして何処からか白い紙を取り出した。これがウィルの言っていた、魔法の紙のようだ。見た目は普通の白紙の紙だ。
「……ああ、ありがとう」
リュラは苦笑しながらラビィから紙を受け取った。
「……きっと、少ししたら私の願いが届くと思う。……その時は、頼むよ」
「……?」
気のせいだろうか。リュラの表情が、一瞬だけ憂いを帯びたような気がした。
「よし! じゃあ戻ろうか燈!」
「う、うん」
「……もう戻るのか? ここにはライジルがいるだろう? 先程私が橋の建設を見に行ったが、彼が作業していたぞ?」
「あー、いいのいいの! あいつはあいつ、私達は私達ー!」
ニコニコと言うラビィにライジルを思いやる気持ちは皆無だった。ここまで来ると、何だか気持ちがいい。苦笑していると、ラビィの背後から突然虎模様の腕がにゅっと現れた。
「随分と冷てぇなぁラビィ」
低い声が聞こえたと同時に虎模様の腕がラビィの頭にドシリとのしかかった。
「ぎゃ! ラ、ライジル!?」
虎模様の腕は、もちろんライジルのものだった。
「ライジル! もう仕事は終わったの?」
「ああ、橋の建設は終わった。明日からまた書類整理だ」
ライジルの頬は土埃で少々汚れていた。
「ちょうどいい所にライジルが来たじゃないか。これで仲良く三人で帰れるな」
リュラが微笑んでそう言うと、ラビィはライジルの腕から逃れ、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せた。
「もう! リュラジョー勘弁してよー! 私はこんな獣野郎と仲良くなんてないってばー!」
「うっせ! 俺だってお前と仲良くなった覚えはねぇよ!」
ライジルはそう言い捨ててから、リュラに目を向けた。その瞬間、瞳から厳しい色が消える。
「リュラ……ここにいていいのか?」
「ああ、仕事は旦那に全て任せてきた」
リュラはフ、と笑むとまた煙管を吸い始めた。
「え、リュラさん旦那さんがいるんですか?」
新たな新事実に、燈は目を丸くする。するとライジルが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「ああ? 当たり前だろうが。だってリュラは……」
「フフ、いてもおかしくはない歳に見えるだろう?」
ライジルの言いかけた言葉を遮り、リュラは妖艶に微笑んだ。リュラの言われた通り、燈より年上に見える彼女は夫がいてもおかしくない。こんなに素敵な人を射止めた夫は一体どんな人なのかとても気になった。
「旦那さん、どんな人なんですか?」
「ん? …まぁ、真面目だな。ひょろりとしているが、いざという時に頼りになる…いい男だよ」
リュラは少しも恥ずかしがらず、堂々と言い切った。そんな姿が、燈にはとても輝いて見えた。自分も将来素敵な相手を見つける事が出来るだろうか、と考えているとーー
『私達は夫婦に見えるかな?』
「…!!」
ふと、ウィルに囁かれた事を思い出し、燈は顔を真っ赤にした。
(な、何間に受けているの私……! あれはただ私をからかっただけなんだから……!)
そう言い聞かせても、なかなか頬の熱は冷めなかった。赤い顔をしている燈を見て、リュラはつり上がった目を僅かに垂らした。
「燈にも大切な人がいるようだな…」
「え!? いないですよそんな人っ!」
その言葉に過剰に反応してしまう。その様子を見たリュラは美しく微笑み、その手を燈の首の後ろに回したかと思うと突然距離を詰め、息が掛かるくらいまでの近さになる。
「知っているか?」
「な、何をですか?」
リュラからいい匂いがして、妙にドキマギしてしまう。右頬に鱗のある美女は優しいような、意地悪のようにも見える表情を浮かべていた。
「大切な人、と言われて一番始めに浮かんだ人が燈の大切な人だ」
「…え!」
ぼ、と頬が音を立てて赤くなったような気がした。先程から燈の頭を離れないのは勿論仮上司様。
(私が……ウィルを大切に思っている? そんな、そんなわけ……!)
「えー! 燈好きな人いるの? 教えて教えてー!」
恋話が好きそうなラビィがキラキラと目を輝かせてリュラと同様に燈に詰め寄る。
「い……いないってば!」
「えー! じゃあ私が当ててあげるー! 絶対ウィルでしょー!?」
「ちっ……違うよ!!」
否定はするものの、耳まで赤くなってしまう。
「あはは! 燈顔真っ赤!」
ラビィはニマニマしながら燈の耳を指でつついた。
「大丈夫だよ燈! ウィルには内緒にしてあげるから!」
「だから違うってば!!」
燈は必死に否定するが、ラビィは完全に聞く耳を持っていなかった。
「……アホらし」
ただ一人恋話に興味のないライジルは、欠伸をしながら呟いた。
燈を充分からかい、満足した所でリュラが思い出したかのように「そうだ」と呟いた。
「お前達、ウィルに伝えて欲しい事があるのだが……」
「ああっ! やっと見つけた!」
リュラの話を遮るほどの大声を上げ、遠くから青年が駆け寄って来た。二十代前半くらいだろうか。金の髪に藍色の瞳。精悍な顔をした男だ。群青色の軍服のような服を着ている。頭には何故か服と同じ色のベレー帽。その男を見て、リュラはゲ…と顔をしかめた。
「……シェルバー」
「もう、探したんだぞ? すぐにいなくなるんだから!」
リュラにシェルバーと呼ばれた男。右腕は普通だったのだが、左腕が異形だった。腕から手首にかけて鳥の羽が生えていた。手は鷲のように鋭い爪。その姿はまるで翼の欠けた鳥のよう。
「一服くらいいいだろう」
「その一服が長すぎるんだよ! それに身体に悪いんだからあまり吸っちゃ駄目!」
ひょいっとリュラから煙管を奪う。リュラはやや不満げな表情を見せた。
「……あの人、誰?」
突然現れ、あのリュラに注意しているシェルバーの正体が気になり、ライジルにこっそりと尋ねる。
「シェルバー。リュラの家来だ」
ライジルはぶっきらぼうに答えた。シェルバーはリュラさんの家来。妙な違和感に、燈は首を捻った。
「家来って……もしかして部下の事?」
ライジルが言い間違えたんだと思った燈。リュラはここレイアスで働いていると思い込んでいた。するとライジルは面倒くさそうに顔をしかめた。
「はぁ? 馬鹿か。部下なわけねぇじゃないか」
「……え?」
「だってリュラは……むぐっ」
言いかけたライジルの口を、リュラが手で塞いだ。
「おいおい、そんな簡単にバラすなライジル。面白味がなくなるだろう」
「……! ……!」
息が出来なくて苦しいのか、ライジルは顔を赤くしてリュラの手を叩いた。
「厄介な男に見つかってしまったな。私はこれでおいとまするとしよう」
ライジルを開放すると、リュラは美しく微笑んだ。
「ラビィ、ライジル。また会おう」
「うん、リュラジョーまたねぇ!」
「……ああ」
ラビィは手を振り、ライジルは咳き込みながら片手を挙げた。
「燈。今度のパレード、是非来てくれ。ミレジカの華やかな雰囲気を味わってほしい」
「あ、はい!」
パレードとはウィルが以前言っていた事だろう。
確かレイアスの城前で行われるという……ミレジカに来て日が浅い燈にこの世界の事を知ってほしくての言葉だろう。燈はそう解釈した。
「では、またな」
そう言ったと同時に、リュラの背中から翼が飛び出した。鳥のような羽の翼ではなく、例えるなら…コウモリのような皮膜の張った翼。その翼をはためかせ、リュラは空に飛び去っていった。鱗があったからてっきり魚類か爬虫類かと思っていたが、一体何者なのだろう。燈は唖然としながらリュラの背中を見送った。
「あぁっ! 俺が飛べないのをいい事に!」
家来であるシェルバーは情けない声を上げ、リュラを追い掛けて走り出した。
そして、シェルバーの次の言葉に、燈は更に驚く事になった。
「待ってよ女王ーっ!!」
「それならこの紙に書いて送ってよ! 職場に届くようになってかるからー!」
リュラがポツリと呟くと、ラビィがすかさず拾い、そして何処からか白い紙を取り出した。これがウィルの言っていた、魔法の紙のようだ。見た目は普通の白紙の紙だ。
「……ああ、ありがとう」
リュラは苦笑しながらラビィから紙を受け取った。
「……きっと、少ししたら私の願いが届くと思う。……その時は、頼むよ」
「……?」
気のせいだろうか。リュラの表情が、一瞬だけ憂いを帯びたような気がした。
「よし! じゃあ戻ろうか燈!」
「う、うん」
「……もう戻るのか? ここにはライジルがいるだろう? 先程私が橋の建設を見に行ったが、彼が作業していたぞ?」
「あー、いいのいいの! あいつはあいつ、私達は私達ー!」
ニコニコと言うラビィにライジルを思いやる気持ちは皆無だった。ここまで来ると、何だか気持ちがいい。苦笑していると、ラビィの背後から突然虎模様の腕がにゅっと現れた。
「随分と冷てぇなぁラビィ」
低い声が聞こえたと同時に虎模様の腕がラビィの頭にドシリとのしかかった。
「ぎゃ! ラ、ライジル!?」
虎模様の腕は、もちろんライジルのものだった。
「ライジル! もう仕事は終わったの?」
「ああ、橋の建設は終わった。明日からまた書類整理だ」
ライジルの頬は土埃で少々汚れていた。
「ちょうどいい所にライジルが来たじゃないか。これで仲良く三人で帰れるな」
リュラが微笑んでそう言うと、ラビィはライジルの腕から逃れ、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せた。
「もう! リュラジョー勘弁してよー! 私はこんな獣野郎と仲良くなんてないってばー!」
「うっせ! 俺だってお前と仲良くなった覚えはねぇよ!」
ライジルはそう言い捨ててから、リュラに目を向けた。その瞬間、瞳から厳しい色が消える。
「リュラ……ここにいていいのか?」
「ああ、仕事は旦那に全て任せてきた」
リュラはフ、と笑むとまた煙管を吸い始めた。
「え、リュラさん旦那さんがいるんですか?」
新たな新事実に、燈は目を丸くする。するとライジルが不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「ああ? 当たり前だろうが。だってリュラは……」
「フフ、いてもおかしくはない歳に見えるだろう?」
ライジルの言いかけた言葉を遮り、リュラは妖艶に微笑んだ。リュラの言われた通り、燈より年上に見える彼女は夫がいてもおかしくない。こんなに素敵な人を射止めた夫は一体どんな人なのかとても気になった。
「旦那さん、どんな人なんですか?」
「ん? …まぁ、真面目だな。ひょろりとしているが、いざという時に頼りになる…いい男だよ」
リュラは少しも恥ずかしがらず、堂々と言い切った。そんな姿が、燈にはとても輝いて見えた。自分も将来素敵な相手を見つける事が出来るだろうか、と考えているとーー
『私達は夫婦に見えるかな?』
「…!!」
ふと、ウィルに囁かれた事を思い出し、燈は顔を真っ赤にした。
(な、何間に受けているの私……! あれはただ私をからかっただけなんだから……!)
そう言い聞かせても、なかなか頬の熱は冷めなかった。赤い顔をしている燈を見て、リュラはつり上がった目を僅かに垂らした。
「燈にも大切な人がいるようだな…」
「え!? いないですよそんな人っ!」
その言葉に過剰に反応してしまう。その様子を見たリュラは美しく微笑み、その手を燈の首の後ろに回したかと思うと突然距離を詰め、息が掛かるくらいまでの近さになる。
「知っているか?」
「な、何をですか?」
リュラからいい匂いがして、妙にドキマギしてしまう。右頬に鱗のある美女は優しいような、意地悪のようにも見える表情を浮かべていた。
「大切な人、と言われて一番始めに浮かんだ人が燈の大切な人だ」
「…え!」
ぼ、と頬が音を立てて赤くなったような気がした。先程から燈の頭を離れないのは勿論仮上司様。
(私が……ウィルを大切に思っている? そんな、そんなわけ……!)
「えー! 燈好きな人いるの? 教えて教えてー!」
恋話が好きそうなラビィがキラキラと目を輝かせてリュラと同様に燈に詰め寄る。
「い……いないってば!」
「えー! じゃあ私が当ててあげるー! 絶対ウィルでしょー!?」
「ちっ……違うよ!!」
否定はするものの、耳まで赤くなってしまう。
「あはは! 燈顔真っ赤!」
ラビィはニマニマしながら燈の耳を指でつついた。
「大丈夫だよ燈! ウィルには内緒にしてあげるから!」
「だから違うってば!!」
燈は必死に否定するが、ラビィは完全に聞く耳を持っていなかった。
「……アホらし」
ただ一人恋話に興味のないライジルは、欠伸をしながら呟いた。
燈を充分からかい、満足した所でリュラが思い出したかのように「そうだ」と呟いた。
「お前達、ウィルに伝えて欲しい事があるのだが……」
「ああっ! やっと見つけた!」
リュラの話を遮るほどの大声を上げ、遠くから青年が駆け寄って来た。二十代前半くらいだろうか。金の髪に藍色の瞳。精悍な顔をした男だ。群青色の軍服のような服を着ている。頭には何故か服と同じ色のベレー帽。その男を見て、リュラはゲ…と顔をしかめた。
「……シェルバー」
「もう、探したんだぞ? すぐにいなくなるんだから!」
リュラにシェルバーと呼ばれた男。右腕は普通だったのだが、左腕が異形だった。腕から手首にかけて鳥の羽が生えていた。手は鷲のように鋭い爪。その姿はまるで翼の欠けた鳥のよう。
「一服くらいいいだろう」
「その一服が長すぎるんだよ! それに身体に悪いんだからあまり吸っちゃ駄目!」
ひょいっとリュラから煙管を奪う。リュラはやや不満げな表情を見せた。
「……あの人、誰?」
突然現れ、あのリュラに注意しているシェルバーの正体が気になり、ライジルにこっそりと尋ねる。
「シェルバー。リュラの家来だ」
ライジルはぶっきらぼうに答えた。シェルバーはリュラさんの家来。妙な違和感に、燈は首を捻った。
「家来って……もしかして部下の事?」
ライジルが言い間違えたんだと思った燈。リュラはここレイアスで働いていると思い込んでいた。するとライジルは面倒くさそうに顔をしかめた。
「はぁ? 馬鹿か。部下なわけねぇじゃないか」
「……え?」
「だってリュラは……むぐっ」
言いかけたライジルの口を、リュラが手で塞いだ。
「おいおい、そんな簡単にバラすなライジル。面白味がなくなるだろう」
「……! ……!」
息が出来なくて苦しいのか、ライジルは顔を赤くしてリュラの手を叩いた。
「厄介な男に見つかってしまったな。私はこれでおいとまするとしよう」
ライジルを開放すると、リュラは美しく微笑んだ。
「ラビィ、ライジル。また会おう」
「うん、リュラジョーまたねぇ!」
「……ああ」
ラビィは手を振り、ライジルは咳き込みながら片手を挙げた。
「燈。今度のパレード、是非来てくれ。ミレジカの華やかな雰囲気を味わってほしい」
「あ、はい!」
パレードとはウィルが以前言っていた事だろう。
確かレイアスの城前で行われるという……ミレジカに来て日が浅い燈にこの世界の事を知ってほしくての言葉だろう。燈はそう解釈した。
「では、またな」
そう言ったと同時に、リュラの背中から翼が飛び出した。鳥のような羽の翼ではなく、例えるなら…コウモリのような皮膜の張った翼。その翼をはためかせ、リュラは空に飛び去っていった。鱗があったからてっきり魚類か爬虫類かと思っていたが、一体何者なのだろう。燈は唖然としながらリュラの背中を見送った。
「あぁっ! 俺が飛べないのをいい事に!」
家来であるシェルバーは情けない声を上げ、リュラを追い掛けて走り出した。
そして、シェルバーの次の言葉に、燈は更に驚く事になった。
「待ってよ女王ーっ!!」
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる