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2.奇妙な仲間と喋る花

隠された謎

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  仕事場兼住処の屋敷に戻る頃には、空は既に藍色に浸食されていた。燈達が屋敷に入ると、既に仕事が終わったらしく、ラビィが玄関でそわそわとせわしなく動いていたが、燈の姿を見た瞬間ぱぁと顔を輝かせた。

「燈お帰り!  待っていたよー!」

  そう言って燈に飛びつく。

「わっ」

  燈は慌てて抱き止める。ラビィは驚くほど軽く、力の無い燈でも楽々と受け止める事が出来た。

「今日は燈の家に行くんだよー!  超楽しみ!」
「あ…そうだった」

  初仕事とウィルの件ですっかりと忘れていた。それに気付いたラビィが白い頬を膨らませた。

「もしかして忘れてたのぉ?」
「ま、まさか」

  そんなわけないじゃん、と言うとラビィはしばらく怪しむようにジロジロと見つめていたが、やがてニコリと微笑んだ。

「じゃあ早速行こうよ!  私もう待ちきれないー!」

  そう言うと、ラビィは燈の手を引っ張った。燈より小さいのに、力が強い。兎なのに随分力がある…

「ラビィ、ライジルとリックは?」
「ライジルはまだ帰って来てないよ。リックはさっき帰った!」

  ウィルの問いに答えながら、燈と一緒に階段を駆け上がる。

「じゃあウィル、また明日ねー!」

  そう弾んだ声を言うと、ラビィは軽やかに廊下を走る。

「あ…」

  一瞬だけ見えたウィル。彼はこちらを見上げ、やはり微笑んでいた。その微笑みに、燈は複雑な気持ちになった。ウィルの姿はすぐに見えなくなる。

「さあ、燈!  部屋に入れて入れて!」

  燈の様子に気付かないラビィは明るい声でそう言った。

「わあ…!    ここが燈の家?」

  ドアを開けると、ラビィはキョロキョロと物珍しげに辺りを見渡した。玄関にあるガラスの置物を覗き込んだり、下駄箱を開けてみたり。

「やっぱり私の部屋とは違うなぁ!  ね、中に入っていい?」
「うん。散らかっているけど…」

  どうぞ、と言う前にラビィは嬉々とした様子で中に入っていった。

「…もう」

  まるで妹が出来たようだ。クスリと微笑みながらラビィの後に続く。ラビィはリビングを見て「ふああ!」と間の抜けた声を漏らして驚いていた。

「何これ!  見た事の無いものばっかり!」

  テレビの画面を軽く叩いたり、電話の子機を恐る恐る指でつついたりする。

「ね、燈!  これ何?」
「それはテレビだよ」
「テレビ?」

  テレビについて簡単な説明をすると、ラビィは目を輝かせた。

「今はつくの!?」
「うーん、どうだろう」

  試しにリモコンのスイッチを押してみる。しかしテレビは映らず、砂嵐が流れるだけだった。耳触りな音が響く。電話は繋がるのに、テレビは映らないんだ。少々期待していたのだが、砂嵐にがっくりと肩を落とす。

「何これー!」

  真っ暗な画面が突然砂嵐になったので、ラビィは興味津津にテレビにへばりつく。どうやらラビィは砂嵐がお気に召したらしい。画面をじぃと至近距離で見つめていた。

「そんなに近付いて見ると目を悪くするよ」

  そう言ってリモコンのスイッチを切る。砂嵐が消えて元の黒い画面に戻り、そこに残念そうなラビィの顔が映った。

「ねぇ、じゃあこれは?」

  好奇心旺盛なラビィは気になったものを見ては指を差して尋ねる。燈は説明に苦労しながらも何とかラビィに伝える事が出来た。

「本当に面白いなー! 別世界の物って!」

  一通り説明を聞くと、ラビィは満足げに椅子に腰掛けた。

「見ていて飽きないもん!」
「私もだよ。ミレジカは不思議が多くて飽きない」
「そう?  燈にしたらミレジカは不思議に見えるんだねー!  何か変な感じ。ねぇ、ミレジカの何処が不思議なの?」
「そうだなぁ…。まず建物かな。私の住む街はビルっていう高い建物ばかりなの」
「何階建てくらい?」
「結構高いよ。50階以上のビルもあるし」
「50階!?」

  ラビィは大きな目を見開かせた。

「そう。だから空はミレジカより狭く感じるんだ。…で、後は……ラビィみたいに動物が混じっている人がいる事かな…。私の世界には人間と動物しかいないよ」
「私みたい…。獣人の事かな?  そうなんだぁ!  ミレジカはいっぱい種族がいるんだよ!  私みたいな獣人や動物の姿をしたのもいるし!」
「へぇ…」
「ミレジカは獣人の方が多いかな。ウィルみたいな魔法使いは結構珍しいんだよ!」

  ウィル。その名前に、燈は少しだけ表情を曇らせた。もしかしたら…ラビィはウィルの事を知っているかもしれない。彼の側で働く彼女なら……

「……ねぇ、ラビィ」
「んー?」

  ラビィは周りを見回しながら返事をする。燈は少し躊躇してから、ゆっくりと口を開いた。

「ウィルって昔何かあったの?」

  その瞬間、ラビィの動きが止まった。頬がヒクリと痙攣したのを、燈は見逃さなかった。

「……それ、誰に聞いたの?」

  いつもより真剣味を帯びた声に、燈はやや身を引く。赤い瞳は、燈を真っ直ぐに見据える。まるで逃さまいとするかのように。あんなに明るい空気だったのに、あの一言で一気に空気の色が変わってしまった。

「も、モウっていう牛から…」
「モウ?  ……あの牛…本当にお喋りなんだから」

  ラビィは白髪の髪を邪魔そうにかき上げた。

「あの……ウィルって何で皆に避けられているの?   魔女に何かされたの?」
「魔女の事も聞いちゃったんだね。あの牛…今度ライジルに食べてもらおうかな」
「え」

  物騒な言葉が聞こえ、燈は顔を強ばらせる。自分の発言に気付いたラビィは慌ててニコーっと満面の笑みを取り繕った。

「冗談だよ冗談!  ライジルだってさすがにあんなに食べられないよー!」
「そ…そう?  それならいいんだけど…っていうか、食べきれるかっていう問題じゃないような気がするんだけど…」
「もう!  燈は冗談が通じない真面目ちゃんなんだから!」

  ラビィはそう言って燈の肩を叩いた。何だか上手く誤魔化されたような気がしたが、燈は彼女の言葉を信じる事にした。

「…とりあえず本題に戻ろっか。燈…ウィルの事は……私の口からは言えないの。というか、この街の人々は言いたがらないだろうねー。……言ったらウィルに殺されるかもしれないから」
「…………え」

  サラリと言われ、燈は固まる。

(殺す……?  ウィルが……?  あんな穏やかに笑う人が人を殺そうとするわけ……)

『これ以上言うと……豚にして踏み潰すよ?』
「……っ!」

  冷たい声を思い出し、燈は身震いをした。あの冷酷な瞳だったら、誰かを殺す事に何も躊躇しなさそうに思えた。穏やかに笑う彼と冷酷に見下す彼。一体本当の彼はどちらなのだろう。分からない。でも…自分に向けてくれた笑顔を嘘だなんて思いたくない。あの優しさは偽りではない。

「ねぇラビィ…ウィルは……優しい人だよね?」

  縋るような瞳で白髪の少女を見つめる。赤い瞳は動揺で僅かに揺れたが、やがて柔らかく微笑んだ。

「うん。ウィルは優しい人だよ。……昔からずっと」

  ラビィの両手が燈の手を包む。温かい体温に、燈は酷く安堵した。

「燈がウィルの隣にいれば、あいつはずっと優しくいられるよ」

「……私が隣に?」

  何故自分がいたらウィルが優しくなるのか。ラビィの言っている意味が分からなかった。戸惑う燈に構わず、ラビィは続ける。

「燈がいれば……ウィルはきっと救われる」
「……どういう事……?」

  聞き返すが、ラビィは微笑んだまま何も言わなかった。
  意味が分からない。別の世界から来たばかりの自分が、ウィルを救えるというのは…どういう事だろうか。ラビィに質問したら少しは分かるかと思ったが、更に分からなくなってしまった。

「何だかお腹が減っちゃったよ!  燈何か作ってー!」

  そしてラビィはこれ以上何も言うつもりはない。子供のように足をばたつかせるラビィを見て、深く溜息を吐いた。

「…分かったよ。適当に作るから、ちょっと待っていて」
「はーい!」

  ラビィは無邪気に手を挙げた。冷蔵庫の中身を確認しながら、燈は考える。
  この出張もまだ始まったばかりだ。ウィルの謎も、皆が隠している事も、いつか分かるはずだ。出来れば、ウィル本人から聞きたい。いつか、ウィルが自分から話してくれる日を待とう。燈はフ、と微笑むと野菜室からキャベツを取り出した。

「野菜メインにするね」
「ありがとう燈-!」

  ラビィは歯を見せて嬉しそうに笑った。

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