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篠崎空
白ウサギに導かれたのは
しおりを挟む誰の声も聞こえなくなったある親子の家に、一人の男が立ちすくんでいた。黒ずくめでシルクハットを被った男は、血生臭い和室の端に置いてある段ボールの傍まで行き、中身を見つめた。中には、先程まで話していた少年の抜け殻。目を覚まして「イオリさん!」と慕ってくれる事は、二度とない。
少年の形をした物を見つめながら、イオリはポツリと呟く。
「俺は、君の願いを叶えたつもりなんて……ないよ」
いつもなら笑って言うその言葉が、弱々しかった事に、イオリは気付かなかった。
いや、気付こうとしなかった。
しばらく少年を見つめてから、帰ろうとポケットからナイフを取り出した時――ガチャン!という激しい音が玄関で響いた。
イオリはピタリと動きを止めて、音のした方を見つめる。今のはドアが開いた音。
ドン、ドン、ドンと誰かが廊下を走る音が聞こえる。それが徐々に近付いてきた時……イオリは口角を上げた。
バッと誰かが和室に入り込んできた。制服姿でバッグを持った茶髪の少年。その表情は危機迫る物があり、イオリの姿を確認すると、ギリリと歯を噛みしめた。
「……やっぱりてめぇの仕業かよ……! イオリ!!」
「おや、これはお久しぶりだね。大野陸斗さん?」
男子高校生――陸斗を見て、イオリは二コリと人の良さそうな笑みを浮かべてナイフをしまった。
「白ウサギに導かれてやってきた君は……アリスってところかな。ねぇ、陸斗?」
「何訳分かんない言ってるんだイオリ……!」
空に見せていた穏やかな表情はどこへ行ったのか、顔を険しく歪めて憤りを露わにしている。
「うっ……」
中に入り込もうとした時…生臭い異臭に気付いた陸斗は鼻を覆う。その異臭の原因が、うつ伏せになっている女性の身体から流れる血液だと気付いた時……陸斗は顔を真っ赤にしてイオリに飛び掛かった。
ダン、と思いっきり背中が畳に叩きつけられたが、痛そうな素振りも見せず、イオリは自分の上に跨る陸斗を楽しそうに見つめる。その拍子に、シルクハットがポトリと転がった。
「てめぇがっ!! 空のお母さんを殺したのか!!」
胸倉を掴み、イオリを力任せに揺さぶる。揺さぶられている中でもイオリは楽しそうに笑っている。それが陸斗の怒りを更に上げていく。
「お前はっ……! 一体何がしたいんだよ……! 人殺しか? ああっ!?」
ガン、とイオリの身体を床に押し付ける。それでも、痛みで顔を歪める事はなく、イオリはクスリと笑みをこぼすと、首を振った。
「違うね。俺は人殺しなんてした事なんてない。そこに転がっている百合子を殺したのは百合子だ。……そして、空を殺したのも百合子さ」
「……な、に? な、にを……言っているんだ……? 空が……何だって……?」
陸斗の顔が、赤から青白く染まっていく。唇が震えて、冷や汗が身体中から噴き出す。
信じられないのだろう。先程まで『陸斗君!』と元気に自分の名前を呼んでくれていた少年が死んでいたなど。
「う、嘘つくんじゃねぇよ……空が殺された? 実の母親に?」
「……確かめてご覧よ」
イオリが指を差した方向を、ゆっくりとした動作で見つめる。そこには、人が一人入るくらいのサイズのダンボールがあった。陸斗はイオリを解放して、ヨロヨロとダンボールに近付く。見慣れた短めの黒髪が見えた。
――空、この痣どうしたんだ?
――……あ、えっと……転んじゃったんです。よそ見はダメですね……
以前偶然見えた左腕の痣。それは空と同じ所に……痣があった。
「何で……」
ダンボールの中身が全て目に入った時、陸斗はガクンと膝から力無く落ちた。そこに入っていたのは見間違うはずがない、変わり果てた空の姿があった。
「空……」
陸斗は震える手で空の頬を触る。空の頬はひんやりとしていて、以前ふざけて軽く抓った時に感じた温もりと柔らかさを完全に失くしてしまっていた。
空がいなくなってしまった事を痛感した。
「うわあああああああああああっ!! 空……!! 何でこんな事に……」
うわ言のように何で、どうして、と何度も呟く。だが、そう投げかけても空が答えてくれる事は無い。それが、余計に虚しさを掻きたてた。
「……人間は弱い」
しばらくそうやって泣いていると、背後からイオリの声が聞こえた。抑揚のない、冷めた声色が。陸斗は涙を袖口で拭うと、ギロリとイオリを睨んだ。イオリはいつもの胡散臭い笑みを浮かべてはおらず、無表情だった。その無表情の中に、少し哀しみが混じっていた事に、冷静さを失った陸斗が気付けるはずもなかった。
「お前はっ! 空が死んだのを見て……っく、何とも思わなかったのかよ! 空は……お前を慕ってくれただろう!? なのに、お前は……!!」
「それは、無理だったよ。だって俺が来た時にはすでに死んでいたのだから。百合子によってその短い生涯を終わらされていたから……」
「でも!! 俺は今日――」
「あの時の空はもう肉体は無かったよ。俺の魔法のおかげでここにいれる期間を延長していただけ。陸斗が空を“見た”事には俺も驚いたけどね。陸斗、霊感あるんだね」
大して驚いた様子も見せずに、淡々と話すイオリ。そして――
「陸斗、人間は弱いね」
もう一度同じ言葉を呟いた。陸斗は項垂れたまま動かない。
イオリは黙ってポケットからナイフを取り出して自分の身長くらいの大きさに切ると、ドアになった壁をゆっくりと開いて中へ入った。ドアが閉まる直前、イオリはクルリと首だけで振り向いた。
「陸斗。俺達は絶対にまた会う。それまでに……願いの一つでも考えておくんだね」
そう言い残し、イオリはいつものように二コリと笑ったと同時に、ドアは音を立てて閉まった。
血だまりの中に制服姿の少年がいる。彼の目から透明な雫が何滴も落ちた。
「エレーナ……俺はもう――」
そ してある人物の名を呼ぶと、少年は畳に伏せって身体を震わせて泣いた。
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