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山咲雅斗(23)
幸せな夢
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イオリがいなくなった瞬間、呪縛から解き放たれたように俺の頭は正常に回転するようになった。
今のは一体何だったのだろうか。イオリの瞳を見ていたら、何も考えられなくなって――瞳の色が変わっていたが、あれも魔法なのだろうか。いや、魔法というより催眠か。
――それよりも。イオリはいくつか気になる事を言っていた。一番気になるのが……「この財布は俺が目を醒ました時に効力を失う」事。
目を醒ます…これは夢だというのか?いや、いくら何でももう夢だという事は有り得ない。これは現実だと、実感している。……じゃあどういう事なんだろうか。いくら考えても、答えは見つからない。俺の手中の財布の中身は、先程から全く変わっていない。
「……今は、目が醒めていないという事か……」
イオリの言っている意味は分からないが、このままぼうっとし続けるわけにもいかない、これから、どうしよう。立ち尽くしたまま悩んでいると、スマートフォンが鳴り響いた。何となく電話の主の予想がついた俺は素早く通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもしー?』
スマートフォンから、愛しい声が聞こえた。利恵だ。声を聞いただけで、俺の頬は緩む。
「どうした? さっき電話してきたばかりなのに…」
イオリの事があって長い時間が経っているように思えたが、実際は数十分しか経っていない。もしかして、デートのお誘いだろうか。
『あのさー今からデートしないー?』
やっぱりそうだ。よかった、今なら大丈夫だ。利恵とデートする時は金が必要だ。俺は自分で言うのも何だが、見栄張りで金を出すのを惜しまないようにしている。利恵が欲しいと言ったらそれも全て買った。二千円しか無かった先程までの俺なら渋った。だが、今は溢れるくらいの金を持っている。
―おかしくなっていいんじゃない?
イオリの言葉が蘇る。そうだ。おかしくなろう。限りのある夢なら、目が醒めるまで限界まで見よう。
「いいよ」
俺は二つ返事でデートに応じた。
**
その後利恵と新宿駅で待ち合わせをした。いつもの改札前で俺は利恵が到着するのを待つ。彼女は集合時間に必ず遅れて来る。利恵のマイペースさに慣れた俺は、スマートフォンでゲームをしながら彼女が到着するのを待つ。俺は二十分前に着いたが、利恵は三十分経った頃に着いた。
「待ったぁ?」
「いや、今来た」
必ずこのやりとりをしてから俺達はデートをする。今日も利恵の服装は露出が多い。ミニスカートはパンツが見えるんじゃないかというくらい短い。あんまり露出が多い服は着てほしくない。他の男に利恵の綺麗な足を見られたくない。そういつも言っているのだが、利恵は聞く耳を持ってくれない。
そしていつもの買い物ルートへと向かった。利恵はお気に入りのブランドの店のショーケースの中を食い入るように見ていたので、そのショーケースに入っていた服一式を全部買ってあげた。そこで買い物をした後、利恵は俺が持つ大量の紙袋を見つめながら目を丸くした。
「そんなにお金、持っていたっけ?」
「ああ、これくらい余裕だよ」
俺はまた見栄を張る。だけど、今は俺の金はちゃんとポケットに入っている。
「欲しい物があったら、どんどん言って。俺、何でも買うから」
そう言うと、利恵は嬉しそうに笑って頷いた。
俺はいつもその笑顔に見惚れてしまう。ああ、俺の好きな笑顔がある。この笑顔が見たくて、俺は利恵にたくさんプレゼントをしてしまうんだ。
それから俺達は気の済むまで買い物を続けた。深夜十一時過ぎに俺は帰宅した。テレビをぼんやりと見つめながら今日を振り返る。今日は利恵の笑顔を一番多く見る事が出来た。こんなに幸せな日はないんじゃないか?
俺はポケットから財布を取り出した。……今日は一体いくら使った?それは分からない。財布の中は出掛けた時と同じだ。増えても減ってもいない。あれほど使ったというのに、その痕跡すら無くなっている。
これさえあれば。働かなくても済む。汗水流さなくても金が入るんだ。そして、努力もせずに彼女の笑顔をずっと見ていられるんだ。こんなに幸せな事はない。
ああ、これが夢だっていうのか?イオリ…!この夢は、いずれ醒めてしまうのか?でも、この幸せを知ってしまったらもう現実には戻れないよ。これがないと、彼女は尻尾を振ってくれない。エサがないと、あれは違うエサ場に行ってしまう。
……ん、エサ……?
自分の思考に、首を傾げた。何考えているんだ?俺……これじゃあまるで彼女がペットみたいな言い方じゃないか。
俺は首を振った。今日は疲れているんだ…早く寝よう…
俺は財布をテーブルの上に置いて立ち上がった。俺は気付かなかったが、財布の裏の金色の文字は怪しく輝いていた…
―――
「雅斗……君はまだ夢の中だ。俺に会った時……いや、会う前から君は夢の中で耳を塞いでいる。醒めたくないと、起こさないでと叫んでいる。すぐそこに現実はあるのに、君は逃げているのさ。だけど、どんな夢でも……終わりはある。どれだけ拒んでも、それには抗えないんだ。君だって夢から醒めつつあるの、知っているんじゃないのか……? それにさ、雅斗。君の思っている幸せな夢は、悪夢なのかもしれないよ? このまま普通に醒めるだけじゃつまらないでしょ? だから……俺がとびっきり楽しい現実を見せてあげるよ。楽しみにしていて。——まあ、それが雅斗にとって楽しいものかは分からないけどね」
―――
今のは一体何だったのだろうか。イオリの瞳を見ていたら、何も考えられなくなって――瞳の色が変わっていたが、あれも魔法なのだろうか。いや、魔法というより催眠か。
――それよりも。イオリはいくつか気になる事を言っていた。一番気になるのが……「この財布は俺が目を醒ました時に効力を失う」事。
目を醒ます…これは夢だというのか?いや、いくら何でももう夢だという事は有り得ない。これは現実だと、実感している。……じゃあどういう事なんだろうか。いくら考えても、答えは見つからない。俺の手中の財布の中身は、先程から全く変わっていない。
「……今は、目が醒めていないという事か……」
イオリの言っている意味は分からないが、このままぼうっとし続けるわけにもいかない、これから、どうしよう。立ち尽くしたまま悩んでいると、スマートフォンが鳴り響いた。何となく電話の主の予想がついた俺は素早く通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもしー?』
スマートフォンから、愛しい声が聞こえた。利恵だ。声を聞いただけで、俺の頬は緩む。
「どうした? さっき電話してきたばかりなのに…」
イオリの事があって長い時間が経っているように思えたが、実際は数十分しか経っていない。もしかして、デートのお誘いだろうか。
『あのさー今からデートしないー?』
やっぱりそうだ。よかった、今なら大丈夫だ。利恵とデートする時は金が必要だ。俺は自分で言うのも何だが、見栄張りで金を出すのを惜しまないようにしている。利恵が欲しいと言ったらそれも全て買った。二千円しか無かった先程までの俺なら渋った。だが、今は溢れるくらいの金を持っている。
―おかしくなっていいんじゃない?
イオリの言葉が蘇る。そうだ。おかしくなろう。限りのある夢なら、目が醒めるまで限界まで見よう。
「いいよ」
俺は二つ返事でデートに応じた。
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その後利恵と新宿駅で待ち合わせをした。いつもの改札前で俺は利恵が到着するのを待つ。彼女は集合時間に必ず遅れて来る。利恵のマイペースさに慣れた俺は、スマートフォンでゲームをしながら彼女が到着するのを待つ。俺は二十分前に着いたが、利恵は三十分経った頃に着いた。
「待ったぁ?」
「いや、今来た」
必ずこのやりとりをしてから俺達はデートをする。今日も利恵の服装は露出が多い。ミニスカートはパンツが見えるんじゃないかというくらい短い。あんまり露出が多い服は着てほしくない。他の男に利恵の綺麗な足を見られたくない。そういつも言っているのだが、利恵は聞く耳を持ってくれない。
そしていつもの買い物ルートへと向かった。利恵はお気に入りのブランドの店のショーケースの中を食い入るように見ていたので、そのショーケースに入っていた服一式を全部買ってあげた。そこで買い物をした後、利恵は俺が持つ大量の紙袋を見つめながら目を丸くした。
「そんなにお金、持っていたっけ?」
「ああ、これくらい余裕だよ」
俺はまた見栄を張る。だけど、今は俺の金はちゃんとポケットに入っている。
「欲しい物があったら、どんどん言って。俺、何でも買うから」
そう言うと、利恵は嬉しそうに笑って頷いた。
俺はいつもその笑顔に見惚れてしまう。ああ、俺の好きな笑顔がある。この笑顔が見たくて、俺は利恵にたくさんプレゼントをしてしまうんだ。
それから俺達は気の済むまで買い物を続けた。深夜十一時過ぎに俺は帰宅した。テレビをぼんやりと見つめながら今日を振り返る。今日は利恵の笑顔を一番多く見る事が出来た。こんなに幸せな日はないんじゃないか?
俺はポケットから財布を取り出した。……今日は一体いくら使った?それは分からない。財布の中は出掛けた時と同じだ。増えても減ってもいない。あれほど使ったというのに、その痕跡すら無くなっている。
これさえあれば。働かなくても済む。汗水流さなくても金が入るんだ。そして、努力もせずに彼女の笑顔をずっと見ていられるんだ。こんなに幸せな事はない。
ああ、これが夢だっていうのか?イオリ…!この夢は、いずれ醒めてしまうのか?でも、この幸せを知ってしまったらもう現実には戻れないよ。これがないと、彼女は尻尾を振ってくれない。エサがないと、あれは違うエサ場に行ってしまう。
……ん、エサ……?
自分の思考に、首を傾げた。何考えているんだ?俺……これじゃあまるで彼女がペットみたいな言い方じゃないか。
俺は首を振った。今日は疲れているんだ…早く寝よう…
俺は財布をテーブルの上に置いて立ち上がった。俺は気付かなかったが、財布の裏の金色の文字は怪しく輝いていた…
―――
「雅斗……君はまだ夢の中だ。俺に会った時……いや、会う前から君は夢の中で耳を塞いでいる。醒めたくないと、起こさないでと叫んでいる。すぐそこに現実はあるのに、君は逃げているのさ。だけど、どんな夢でも……終わりはある。どれだけ拒んでも、それには抗えないんだ。君だって夢から醒めつつあるの、知っているんじゃないのか……? それにさ、雅斗。君の思っている幸せな夢は、悪夢なのかもしれないよ? このまま普通に醒めるだけじゃつまらないでしょ? だから……俺がとびっきり楽しい現実を見せてあげるよ。楽しみにしていて。——まあ、それが雅斗にとって楽しいものかは分からないけどね」
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