1 / 21
忠告
黒い悪魔
しおりを挟むふと目の前の壁にうっすらと切り目が見えたら、それは誘われているのさ。誰にだって?……それは見てのお楽しみ。
その壁を押せばきっと扉のように開くだろう。そこに、奴はいる。奴は心に欲望を持った者の前に姿を現すんだ。だから誰の前にでも現れるってわけだ。
奴は気まぐれに人を助けたり、どん底に突き落としたりする。奴は自分が楽しければそれでいい。…そんな奴だ。
それでももし叶えて欲しい欲望があるならずっと願えばいいさ。……どうなるかは保証しないがね。
―――
「昭久……どうだった? 俺の魔法は気に入ってくれたかい?」
月が浮かぶ、人通りの少ないゴミ溜めと化した裏路地に二つの影があった。黒いコートに黒いブーツ、そしてシルクハットを被った黒ずくめの悪魔はにこりと笑って昭久を見下ろした。昭久は四つん這いの格好でゆっくりと顔を上げた。その表情は憎しみで歪んでいて、ギロリと血走った目で黒い男を睨んだ。
「な…にが願いを叶えるだ! 叶える所か、俺の…命を危ぶめているだけ…じゃないかっ!」
目線の鋭さとは打って変わって、昭久の口からは弱々しい声しか出なかった。それを聞いて、黒ずくめの男は微笑んでいた口角を更に上げた。
「それは違うね、昭久。俺は君の願いを叶えるなんて一言も言っていない。俺は君の願いを“ただ”聞いただけ…。それに、君の願いはとてもつまらなかったから飽きてしまった」
「なっ……!」
怒りのあまり、昭久の頭の血管が何本か切れたような感覚。それに気付いたかは定かではないが、黒ずくめの男はシルクハットを被り直しながら言う。
「君が自分の願いを叶えたいという自己中心的な心があるように、俺にも自分が面白いと思う願いしか叶えたくないという自己中心的な心があるのさ」
昭久は起き上がろうと足に力を込めるが、両手足にまるで何かに押しつけられているように圧迫されている感触があって、起きる事ができない。
「おや、どうしたの? 起きられないの? 早くしないと、あの怖い人達が来るんじゃない?」
明らかに黒ずくめの男が何かをしたはずなのに、惚けた振りをして肩をすくめる。先ほどまで怒っていた明久だったが、その言葉に一気に青ざめた。
「た…助けてくれ…」
「あは、本当に人間って自分勝手だ。あんなに俺を憎んだ目で見ていたのに、もう命乞いだ」
そう言いながら黒ずくめの男はくるりと昭久に背を向けた。
「お…おい、待ってくれ!助けてくれよ!」
引き止めようと手を延ばしたかったが、まだ圧迫されているようで、それもできない。背後から昭久を探す足音が近付いてくる。時々、怒声も混じっている。昭久は更に顔を青くして、叫ぶ。
「頼むからっ! 何でもするからっ! せめてこの手足の魔法を解いてくれ!!」
「大丈夫だよ。俺、何でもできるし。…魔法も解いてあげない」
振り返らずにそう言うと、黒ずくめの男は止まった。いや、止まる事しかできなかった。目の前は行き止まりで、大きな壁が立ち塞がっていたからだ。
黒ずくめの男はコートのポケットからナイフを取り出した。フォークやスプーンと並ぶ、食事用のナイフだ。刃に金色の文字で何かが印字されている。黒ずくめの男はそれを自分の頭より上の壁に刃を当て、右にスライドさせ、次に真下へと足元まで移動して、最後に右に動かした。ナイフなんかで壁を切れるわけがない、と誰もが思ったが、昭久はそうは思わなかった。何故なら目の前の男が何者だか知っているから。昭久の思った通り、黒ずくめの男の切った箇所が淡く輝いた。その大きさは、一人が入れそうな扉のようだった。黒ずくめの男がナイフをしまい、壁を軽く押すと、まるで扉のように開いた。
「それにさ」
その扉の奥へ、吸い込まれるように身を入れようとする。黒ずくめの男は一度振り返って、楽しそうに笑った。
「助けるより、君が捕まる方が楽しそうだからさ」
「なっ…!」
じゃあね、と言うと扉はギィィと軋んだ音を立てて閉まった。扉は何事もなかったように元に戻っていて、切れ目の跡もない。背後から足音が迫ってくる。叫ぶ声が近付いてくる。——生者ではない、恐ろしい呻き声が。昭久は無理やり起き上がろうともがきながら叫んだ。
「イオリ――――!!!」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員
眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。
いつもと違う日常
k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
ルッキズムデスゲーム
はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』
とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。
知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。
長野県……の■■■■村について
白鳥ましろ
ホラー
この作品はモキュメンタリーです。
■■■の物語です。
滝沢凪の物語です。
黒宮みさきの物語です。
とある友人の物語です。
私の物語です。
貴方の物語でもあります。
貴方は誰が『悪人』だと思いますか?
熾ーおこりー
ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】
幕末一の剣客集団、新撰組。
疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。
組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。
志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー
※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です
【登場人物】(ネタバレを含みます)
原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派)
芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。
沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派)
山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派)
土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派)
近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。
井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。
新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある
平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派)
平間(水戸派)
野口(水戸派)
(画像・速水御舟「炎舞」部分)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる