金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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短編

獅子身中の虫(5)

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 年は老いても、元騎士隊長。衰えがあっても戦い方をきちんと分かっている。力では勝てないと思ったらしく、マイクルはグランデルの剣を受け流して自らの武器を構え直す。

「道を違えた? それはお前の裏切りを意味しているのか」
「……あくまで白を切るか。この下衆が」

 マイクルの前でもう取り繕わなくても良い、と思ったら随分と心が軽くなった。彼はここでグランデルを捕縛か最悪殺そうとしていたのだろう。そうでなければ――わざわざ部下でグランデルを取り囲もうだなんて思わない。
 グランデルは剣を構えたまま兵士達を睨むように確認をする。兵士が持っている灯りにより、彼らの顔はぼんやりと浮かんでいる。
 ――グランデルの味方である兵士が一人もいない。

「ああ、お前の部下達なら尻尾を巻いて逃げたようだよ。部下に恵まれなかったようだな」
「……私の部下を悪く言わないで頂きたい」

 グランデルは少しも動揺せずに剣を構える。マイクルだけではなく、周りの兵士達も武器を手に取る。流石の騎士隊長もこの数を相手にしたら無事では済まないだろう。
 だが、目の前で穏やかに微笑んでいるこの男を、このままグルト王国に帰らせたくない。

――死んでもグルト王国に帰って来てくださいね。

 ふと、一番信頼を寄せている弓兵隊長の言葉が過る。もしこのまま死んだら一生恨まれそうだ、とグランデルは少しだけ笑う。

「どうした? 言い逃れはするつもりはないのか?」

 マイクルはあくまでもこちらを悪として話を進めている。それが不快で、グランデルの笑顔は一瞬にして消える。

「……いつまでその正義面をするつもりだ? 反吐が出る」
「分からないのか? 大罪人のランディールを父に持つお前は誰からも信頼されていない。ここにいる者達は私を信頼しているよ」

 ランディールが処刑されてから五年。グランデルは周りからの信用を得ようとこれまで以上に尽力してきた。しかし、結局のところランディールの影がちらついて見えるのだろう。それはグランデルも承知していた。

「……私を捕らえ、グルト王国へ帰還するつもりで?」
「いや、お前はここで殺す。――覚悟しろ、グランデル」

 マイクルの声を合図に、兵達も武器を構える。グランデルは剣を構えて冷静に周りを見る。
 完全に退路は塞がれている。元騎士隊長のマイクルと兵士達を全て相手するのは、流石のグランデルも不可能だ。

(それならば、最期のあがきを見せよう)

 マイクルが動こうとした瞬間、グランデルは懐から取り出したものを直ぐに地面へと叩き付けた。その瞬間、辺りは煙に包まれる。視界が奪われ、兵達から動揺の声が上がる。

「そんな事をしても無駄だ! この包囲網から逃げられるわけが――!!」
「……こんな中声を上げるのは居場所を教えているようなものでは?」

 グランデルは首元に隠していたゴーグルを掛けており、少しだけ見える視界から探していたが、憎き仇が声を上げた為位置が何となく掴めた。視界に頼らずマイクルの懐に潜り込むと、剣を振り抜いた。

「ぐあああ!!」

 マイクルの悲鳴が響き渡る。グランデルの斬撃は、彼の顔を深く裂いた。首を狙ったが、少しズレてしまったようだ。グランデルはすぐに体制を整え、今度は脇腹を裂く。このまま致命傷を与えようと思ったが――
 背後に気配を感じ、グランデルは振り返る。そこにいたのは、黒いフードを被った男。煙幕などものともせず、グランデルを真っ直ぐ見据えている。
 グランデルが避けようとするよりも、黒いフードの男が動く方が早かった。男の剣がグランデルの脇腹を捕らえた。

「――っ!!」

 グランデルは苦痛に顔を歪めたが、それと同時に身を捻ってその勢いのまま剣を振り抜く。男の首から鮮やかな血が舞い、地面を濡らす。

(この、男は――カリバンの……!!)

 暗殺部隊だ。明らかにマイクルを味方するような動きだ。このままマイクルの息の根を止めてしまいたかったが、片膝をついてしまう。脇腹からの血が止まらない。自分の額から脂汗が滲むのが分かった。
 マイクル側は煙幕の中では思うように動けない、と慢心してしまった結果がこれだ。暗殺部隊はこのような場所でも動けるよう訓練されているのだろう。もう事切れた男を見下ろしながら、自分の最期を予感する。

(私がここで死んでも、後はイムがやってくれる)

 兵士がこちらに近付いてくる気配がする。煙幕が徐々に薄らいでいる。グランデルは静かに息を吐いた。

「……私は死んでも、グルト王国の平和を願っております……」

 父の最期の言葉を口にし、グランデルは目を瞑る。目の前に兵士がやって来た気配がする。そしてその兵士はグランデルに向けて剣を――

「……?」

 剣ではなく、グランデルに何かを被せた。それは高身長のグランデルを覆い隠せるくらいのフード付きのローブだった。これは遠征時に兵士がよく着ているものだ。兵士は地面に倒れている黒いフードの男から溢れる血を両手で触り、グランデルのローブに擦り付ける。

「私は貴方の味方です。貴方はここで死んで良い人じゃない」

 この兵士はグランデルが信頼を寄せている男ではなかった。だが、そんな中にも自分を信じてくれている人がいた。グランデルの心が僅かに揺れる。

 兵士はグランデルに地面へうつ伏せになるよう伝える。グランデルがその通りにしたと同時に、煙幕が消えて他の者達の姿が見えてくる。

「な……!! マイクル様!?」

 マイクルが仰向けに倒れている事に気が付いた兵士達が彼に駆け寄る。マイクルは言葉が発せないくらい重症のようだ。

「一体何が……!? そしてここで死んでいる男は……!? グランデル騎士隊長は何処へ行ったのだ!?」

 それを聞いたグランデルの横にいる兵は大声を上げる。

「グランデル騎士隊長はマイクル様を斬ってあちらの方へ向かった!! 逃げられた事に誰も気が付かなかったのか!! 早く追ってくれ!! 俺はこの人を処置する為にこの場に留まる!! 酷い怪我なんだ!!」

 兵士達は動揺しながらも、グランデルの後を追う者、マイクルの容体を確認する者、黒いフードの男を調べる者達に分かれた。怪我人にローブをかけるという不審な事をしているというのに誰も気が付かない。リーダーが大怪我をしたので、大きな動揺が現れている。
 その混乱に乗じて、兵士はグランデルの身体を隠すように肩に手を掛けると、心配する素振りを見せながらゆっくりと裏路地へと入っていった。


**


 グランデルが人知れずその場を去った事にも気付かず、グルト王国兵達は混乱状態だった。夜も更けており、他国の場。マイクルを受け入れてくれる医療機関はあるのか、誰か見つけて来い、と誰からか指示が飛ぶが、うまく事が運ばない。
 このままではマイクルの命が、と兵士達が焦り出した時だった。


「……そこに倒れているのは、マイクル⁼エバーシスか」

 ゆらりと現れたのは、黒いフードを被った男。そこで事切れている男と同じような格好だ。190はありそうな高身長で、口元を布で覆っている。フードの下から覗く黒い瞳は淀んでいる。異様な雰囲気の男の登場に、兵士達は武器を構えたが、マイクルが微かな声で「よせ」と言って制した。

「……だ、だいじょうぶ、だ……か、彼は……味方、だ……」

 マイクルがそう言っても、明らかに怪しい男だ。フードの男は、死んだ男を一瞥してからマイクルに視線を戻す。

「マイクル⁼エバーシス。あの方がお呼びだ。だが、その怪我では直ぐに死ぬだろう」
「……後を、つけて、いらっしゃった、んですね……」
「お前が生きるには選択肢は一つしかない。生きるか、死ぬか。今選べ」
「……私の、答えは、決まっております……」

 フードの男は淀んだ瞳を細めて軽く頷いた。


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