135 / 139
短編
獅子身中の虫(2)
しおりを挟むランディール騎士団長の処刑は三日後に執行される事となった。王妃暗殺未遂はあまりにも重罪だった為、早い執行となったのだろう。愛する王妃が毒に侵され、リグルトも平静が保っていられないようだ。
イムはどうにかグランデルと話す機会を探したが、彼はそれを避けるかのように姿を見せなかった。
イムの知らない間にグランデルが処刑執行人として決まり――そして当日を迎えてしまった。
処刑場には大勢の兵士や民間人が集まっていた。イムは群衆をかき分けながら最前列へ行く。辿り着いた時には地面に座り込むランディールの後ろに剣を構えるグランデルがいた。
イムは目の前の柵にしがみつく。
「――グランデルさん!!」
グランデルの瞳は真っ直ぐに父を見据えていた。その瞳に戸惑いは微塵も感じられなかった。あるのは――憎悪。
ランディールが何かを言っているが、野次馬のざわめきで全く聞こえない。恐らく、グランデルに向けられた言葉だろう。ランディールは背筋を伸ばし、少しも項垂れていない。まるで騎士勲章を受けるかのような佇まいで座っている。
群衆からは罵倒の嵐だった。誰からも愛される王妃クラウディアを殺そうとするなど国民が許すはずもない。
何も知らないくせに、とイムは歯噛みする。12歳の頃、両親の虐待から逃れる為に家を出たイムを救ったのはグランデルだった。彼の家でしばらく世話になったので父のランディールとも親交があった。家族同然の二人がこんな状況になっているというのに、見ているしかできない自分に酷く苛立った。
二人は言葉を数回交わした後、グランデルは声を張り上げる。
「只今よりルーカス⁼ランディールの処刑を行う!! この罪人はクラウディア様を毒殺しようとした愚者だ!! その行いは許し難い!!」
辺りはしいんと静まり返る。怒りを浮かべる民衆が多かったが、中には啜り泣いている者もいた。彼は優しく、頼りにしていた者が多かったのも事実だ。
「ルーカス⁼ランディール。……言い遺す事はあるか」
「……私は死んでも、グルト王国の平和を願っております」
ランディールは微笑みながらそう言った。その瞬間、民衆から心無い罵声が浴びせられる。グランデルは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに無表情の下にそれを隠すと、持っていた剣を高々と上げ――父の首に向けて振り下ろした。
「……っ、ランディールさん……!!」
ランディールの身体がゆっくりと地に落ちたのを見て、イムは唇が切れる程強く歯を噛み締める。国民からは歓声が上がっている。
父から溢れた血だまりが、グランデルの足元まで来る。グランデルはそれを感情の見えない瞳でずっと見下ろしていた。
**
ランディールの処刑が終わった後、イムはグランデルの元へと急いでいた。彼の精神状態がとても心配だったのだ。
近くにいた兵達にグランデルの居場所を聞き、辿り着くとそこには無表情の彼と――マイクルが一緒にいた。
マイクル⁼エバーシス。クラウディアを毒殺しようと企て、その罪をランディールに擦り付けた張本人。彼は悲しそうに顔を歪めていた。
「グランデル……。辛かったな……」
マイクルの口から出た言葉に、イムの表情が瞬時に怒りに染まる。
「ど、の口が――」
怒りを露わにしかけたイムの前に立ち、グランデルは憎悪を全く見せず、しかし顔は無表情のまま口を開いた。
「いえ。父であろうと国を裏切るなど許されざる事をしたのです。同情など必要ないですよ。これからも共に国を護りましょう、マイクル殿」
その姿を見たらグランデルの覚悟が垣間見え、イムの怒りがしぼんでいく。彼が一番マイクルに憎しみをぶつけたいはずだ。父の約束を果たす為、こちらの牙を見せないようにしている。
マイクルもランディールとグランデルが繋がっている事を疑っているだろう。今イムが言ってしまったら全てが水の泡だった。
マイクルと少しだけ会話をしてから別れた後、イムはグランデルに深く頭を下げた。
「グランデルさん……すみません、俺……」
「いや、良いよ。イムにも辛い思いをさせてしまってすまない」
「……一番辛いのは、貴方じゃないですか」
「……」
イムが顔を上げると、グランデルは口元に笑みを浮かべているが、目は全く笑っていなかった。――この目の奥に、一体どれ程の闇が生まれてしまったのだろうか。本当は今すぐにでもマイクルを八つ裂きにしたいはずだ。
「……グランデルさん。ランディールさんが言っていた引き出しはもう開けたんですよね? 一体何が入っていたんですか?」
「君には関係の無い事だ」
「関係ありますよ。俺だってランディールさんと一緒に暮らした時期があったんです。……グランデルさんが一人で動くよりも、協力者がいた方が動きやすいでしょうー? 俺は頼りないですかー?」
いつもの調子で尋ねると、グランデルの瞳が一瞬揺れた。そしてそっと微笑むとゆっくりと頷く。
「……ありがとうイム。また迷惑をかける」
「お安い御用ですー。……勝手な行動はしないでくださいね」
「……ああ、分かった」
このまま一人で行動させれば、グランデルは破滅の道へと進んでいくだろう。――決して、そうはさせない。彼には父と同じ悲しい道へは進ませない。グランデルの感情のこもっていない笑顔を見つめ、イムはそっと決心をしたのだった。
***
グランデルがランディールの部屋で見つけたものは、何冊かの書物とカリバンについて調べ上げた事が書かれている紙の束だった。ランディールはどうやらカリバン王国について調べていたらしい。
グランデルの私室の机にそれを並べる。
「ランディールさんはカリバンの何を探っていたのでしょうー? この書物は500年前の歴史書のようですがー」
紙にはカリバン王国の事が書かれているのだが、貿易についてや国土について等調べれば簡単に分かる情報しか書かれていない。歴史書もグルト城の書庫にあるものだ。これを何故隠していたのか。
「父は私ではない誰かに見つかる可能性も考えてカモフラージュをしていたようだ。この書類に妙な番号が振ってあるだろう。これを元にこの書物と照らし合わせると――」
「“――カリバンは、王の子らに人体実験をしている――?”」
現れた文章にイムは目を見張った。
「確かにカリバンは人体実験をしていると噂はありましたがー……まさか自分の子にさせていたとは……」
「どうやら魔力を持つ者を対象に行っているらしい。――国民にも何かしらの実験はしているようだが……自分の子を使って一体何をしようとしているのか……」
「……どうしてランディールさんは他国のこんな情報を調べていたんですかねー? これが、グルト王国にも関係すると思ったからでしょうかー」
「恐らくそうだろう。それをカリバンに勘付かれ、マイクルによって――」
殺された。その言葉はグランデルには紡がれなかった。
「……魔力のある者、というと王族だ。もしかしたらアメルシア王女やアリソン王子にも危険が迫るかもしれない。マイクルを使えば誘拐など至極簡単な事だろう」
「……野放しにさせない方が良いのではー?」
「先程牽制はしておいた。マイクルも頭の悪い男ではない。そうやすやすと手出しはして来ないだろう。これからは――」
グランデルの口元から笑みが消える。紫色の瞳は冷たい色を帯びていた。
「どちらが先に尻尾を出すか――根比べといったところだ」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ビジネス トリップ ファンタジー[ 完結]
秋雨薫
ファンタジー
部長に命令された出張の行き先は……ミレジカという異世界だった。
玩具メーカーのDREAM MAKERに勤めて二年目の柊燈(ひいらぎあかり)
出張先は魔法使い、獣人、喋る花、妖精などが住むファンタジーな異世界。
燈は会社の為に創造力を養おうと奮闘するが、ミレジカの不可思議な事件に巻き込まれていくー
2020.2.21 完結しました!
短編更新予定です!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神
緋野 真人
ファンタジー
脳出血を発症し、右半身に著しい麻痺障害を負った男、山納公太(やまのこうた)。
彼はある日――やたらと精巧なエルフのコスプレ(?)をした外国人女性(?)と出会う。
自らを異世界の人間だと称し、同時に魔法と称して不可思議な術を彼に見せたその女性――ミレーヌが言うには、その異世界は絶大な魔力を誇る魔神の蹂躙に因り、存亡の危機に瀕しており、その魔神を封印するには、依り代に適合する人間が必要……その者を探し求め、彼女は次元を超えてやって来たらしい。
そして、彼女は公太がその適合者であるとも言い、魔神をその身に宿せば――身体障害の憂き目からも解放される可能性がある事を告げ、同時にその異世界を滅亡を防いだ英雄として、彼に一国相当の領地まで与えるという、実にWinWinな誘いに彼の答えは……
※『小説家になろう』さんにて、2018年に発表した作品を再構成したモノであり、カクヨムさんで現在連載中の作品を転載したモノです。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる