金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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エピローグ

時は過ぎて

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 季節は移り変わり、木々が赤く色づく季節になった。少し前では強い日差しを感じていたというのに、季節はいつの間にか色を帯びて変わっていく。
 自室の窓から紅葉した木々を見つめ、アメリーは物思いに耽っていた。

 リィスクレウムの討伐から、三ヶ月程が過ぎた。
 魔物の森で起こった大事件は大陸中の人々に知れ渡り、大騒ぎとなった。
 カリバン王国の悪事が公になった。エンペスト帝国が主として立ち入り検査をし、実験施設から多くの子供達を保護した。ほとんどの者が栄養失調で喋られない状態だった。研究者達は捕縛され、今は一人一人尋問をされているという。
 リィスクレウム復活の資料は全て没収し、その場で実験施設と共に焼いたらしい。嘘が嫌いなエンジュが言うのだから確かだろう。

精神を封印されているオトギはエンペスト帝国にて常に監視される部屋で眠らされている。精神は地下へと厳重に保管される事になった。時が来たら精神を戻されるだろうが、その時とは処刑される頃だろう。
 ナツメの死体はリィスクレウムに踏み潰されてしまったのか、いくら探しても見つからなかった。五年も行方不明だった第一王子の訃報はカリバン王国に伝わり、多くの国民が悲しんだ。
 イヴァン王も死亡が発覚し、王位継承者がほとんどいなくなったカリバン王国をどうするか、グルト王国国王リグルトとエンペスト帝国皇帝エンジュは話し合い、継承者が育つまではエンジュの親族が代理として治める事になった。


 ドアが控えめにノックされて、アメリーが返事をすると一人の少女が入ってきた。その姿を見て、アメリーは嬉しそうに笑う。

「アメリー、そろそろマリア皇女が到着する頃よ」
「センカ!」

 アメリーはセンカに思い切り抱き着いた。センカは少し恥ずかしそうにしたが、嫌がらずアメリーを抱き締め返す。

「もう。アメリーは会う度に抱き着くんだから」
「だって嬉しくて」

 カリバン王国の正当な継承者であるセンカは、オトギの指示の元魔石を奪おうとグルト王国に忍び込んだが、アリソンによってそれが阻止された。
 一時期はグルト王国の牢に幽閉されていたが、リグルトとエンジュの話し合いで、センカはグルト王国で預かり王政について学ぶ事になったのだ。そうなったのはアリソンとアメリーが必死にリグルトを説得したからだった。
 特にアリソンは、センカをどうか信じて欲しいと、もし怪しい動きをしたら自分が殺すと言ってのけたのだ。アリソンも城で様々な経験を得て、少々大人になったようだ。

「今でも信じられない。私がこうして生きていて、アメリーと仲良く話が出来るなんて。だって私は酷い事をしたのに……」
「またその話をする! オトギ王子に脅されていたんでしょう? 許されない事だけれど、これからたくさん学んで、良い女王様になる事が償いになるよ」
「うん……」
「それに、センカの回復魔法のお陰でお母様の体調が少しずつ良くなっているの!  センカの回復魔法は毒の治癒も出来るんだね」
「少しでも役に立てているのなら良かった」

 センカはそっと微笑んだ。心優しいセンカならば、カリバン王国を良い国に出来る。アメリーはそう確信をしていた。ナツメを慕っていたセンカなら、きっとだ。
 今のセンカは、生前ナツメが付けていた白色のカチューシャで前髪を上げている。それがあると勇気を貰える気がするそうだ。

「あれ? そういえば何でマリアが来るんだっけ?」
「もう、アメリーったら。リィスクレウム討伐を記念してパーティを開くんでしょう? それに招待したんじゃない」
「あ、そっかそっか! マリアが来るって事はもしかして」
「うん。……ハルも来るよ」

 カリバン王国でシオンと対峙したハルは、死んでもおかしくない重傷を負った。それでも助かったのは、人体実験で得た魔物の回復力と、エンジュの応急処置のお陰だ。
 マリアがハルの元へ行った時、エンジュはハルの傷口を焼いていたそうだ。それを目の当たりにしたマリアは思わず叫んでしまったそうだが、傷口を焼いたお陰で血は止まった。
 エンジュは後に「もし未練たらしくしていたらそのまま放置していた」と言っていたそうだが、それが冗談か本気かは本人のみぞ知る。
 暗殺部隊であったハルだが、彼の元は王族である為、センカと同じようにエンペスト帝国で王政の勉強をしている。そして、今ハルの身体を元に戻す実験も始めているようだ。
 ハルが生きていたので、センカも生きる希望を見出せた。こうして前を向いていられるのは兄弟が生きているからこそ。
 暗殺部隊長であり、第三王子のアザミは重傷を負っていたが、命は取り留めたらしく今はエンペスト帝国の牢に幽閉されている。彼は食事をほとんど摂らず、オトギの名前を呪文のように呟いているらしい。

「私ね、もう許されない事をしてしまったから、生きている価値なんてないと思っていたの。でもハルが生きていると知って、そんな事言っていられないって思ったの。ハルだけに重荷を背負わせられないもの」
「センカ……」

 ハルが生きていたからこそ、センカは前を向いて歩いている。センカもハルも幸せになってほしい、とアメリーはそっと願った。

「そういえば、リィさんは何処にいるの? てっきりアメリーと一緒にいると思ったんだけれど」
「今日はまだ姿を見ていないなー」
「リィスクレウムを討伐してから、現代に英雄が現れたってすごい騒ぎになったよね」

 氷魔法を使い、リィスクレウムを討伐したリィは現代の英雄として国民から祭り上げられるような扱いを受けている。
 城を歩けば給仕達に黄色い声を上げられ、鍛錬場に行けば兵士達に尊敬の眼差しを向けられ、城下町へ行けば囲まれて色々な物を受け取る。
 あまりの変わりように、リィはずっと戸惑っているようだった。それからリィは突然ふらりと何処かへ姿を消す日が多くなった。人とほとんど関わって来なかったので、一人落ち着く場所へと行っているらしい。
 今日のパーティはリィが主役だ。そろそろ準備をしなければならない。

「――もしかして」

 ハッとして、窓の方を見る。
 時折感じていた、リィが何処か遠くへ行ってしまうような感覚。リィは静かな場所を好んでいたから、自分の居場所を求めて何処かへ行ってしまったのではないか。
 そう思ったら、じっとしていられなくなった。アメリーは思い切り窓を開けると、センカの方を振り返る。

「センカ! ちょっと手伝って!」
「え、ええ! また脱走するの!? 私、この前アリソン君に怒られたばかりなんだけど……」
「お願い! リィが何処にいるか……心配で」
「もう、分かったよ」

 懇願されるとセンカは弱い。ため息を吐くと、センカは人差し指を立てて軽く振り、水魔法で窓から庭までの水の橋を造り出す。
 アメリーはまたセンカを抱き締めた。

「ありがとうセンカ!」
「なるべく早く帰って来てね」

 アメリーは部屋の隅に置いてあった木の板を手に取り、センカに手を振ると、それを水の橋に乗せ、自分の身体をそれに乗せた。するとサーフィンのように器用に水の橋を降りていった。
 センカが来てから、アメリーの脱走はかなり容易に出来るようになっていた。アメリーは窓から覗き込むセンカに「ありがとう!」ともう一度礼を言うと、リィを探しに走り出した。




「本当に、全然変わっていないんだから……」

 センカがアメリーの後ろ姿を見送っていると、突然部屋の扉が開かれた。驚いて振り返ると、そこには肩で息をしているアリソンが。

「センカ王女! アメリーは!?」
「あ、えっと……ごめんなさい」
「あーもう! もうそろそろ準備を始めないといけないっていうのに!!」

 アリソンは苛立ちながらセンカと同じように窓の外に視線を向けた。窓から庭にかけて不自然に濡れており、明らかに水魔法が使われた跡がある。アリソンが睨むと、センカは申し訳なさそうに笑った。
 アリソンは何かを言おうと口を開いたが、言葉にするのを止め、盛大なため息を吐いた。

「センカ王女はアメリーに甘すぎるよ!」
「ごめんね。でも、リィさんを探したいって言うから……」
「リィさん? ……またいなくなったのか」

 リィの名前を出すと、アリソンは物憂げな表情になった。

「アメリーは、リィさんがいつかいなくなってしまうんじゃないかって思っているのかもしれないね。あの人は風のような人だから」
「……それ、分かる。急にいなくなってしまうような危うさがあるというか……」

 リィがセンカの兄であるという事は聞いているが、どの兄弟にも似ていない不思議な男だ。氷魔法のように儚く、風のように自由なリィが英雄のように祭り上げられるのはあまり好きそうではない。
 カリバン王国を継承する、という道もあったがリィはすぐに断った。自分はそのような器ではないと、相応しいのはセンカだと。アクアソット家として生きていくつもりはないと。
 少々寂しかったが、それがリィには合っていると思った。グルト王国にいた方が彼は幸せだと思ったから。

「リィさんには無理してグルト王国にいてもらわなくても良いと思うんだ。リィさんは今まで苦労して生きて来た。……大切な人も失った。彼の思うように生きて欲しい」
「……うん、そうだね」

 センカは悲しそうに笑って頷いた。
 ググ村の者達に忌み嫌われ、魔物の森に捨てられ十年以上暮らしてきた。そんな彼が望む人生を生きて欲しい。それはアリソンもセンカも……勿論アメリーも願っている事だ。

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