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6 永劫回帰
魔獣を討ち滅ぼす為に
しおりを挟むそこにいる誰もがこう思っただろう。人間が立ち向かえる相手ではないと。束でかかってもあの太い脚に踏み潰されて終わりだ。
グルト王国兵もカリバン王国兵も500年前の魔獣を目の当たりにして茫然自失だった。弓兵隊長のイムですら勝機を見出せていない。
アメリーも馬上で怯えた表情を見せていた。不安にしたくないと思ったが、自分一人ではどうにもならない。あの皮膚は双剣では切り裂けないだろう。
ナツメを犠牲にしてしまったのに、リィスクレウムの復活を止められなかった。自らの野望を叶えたというのにオトギは精神を封印されており、リィの肩の上でぐったりとしている為聞けるわけもない。
リィの心拍数が上がっていき、呼吸が荒くなる。
(殺す? どうやって? 俺の刃では傷を付けられるかどうか――)
「あいつ!! ググ村の隣村方向に行こうとしていやがる! あっちにはまだググ村の生存者もいるのに!!」
いつの間にかリィの隣に立っていたオウルの声で我に返る。オウルの言う通り、リィスクレウムがググ村の隣村の方向へ歩みを進めている。このままでは隣村が壊滅させられてしまう。
「オウル待て。一人で無暗に突っ込んでも死ぬだけだ」
「じゃあどうしろって言うんだよ!!」
一人で走り出してしまいそうな勢いのオウルの腕を掴んで止めさせる。力はオウルの方が強いのですぐに振り払われてしまいそうだ。そんな中、イムが現れてオウルの頭を小突いた。
「お前、俺達より年上なんだから少しは落ち着けよなー。無策で行っても死体が増えるだけだって言っているんだよー」
「俺は簡単には殺されねえよ!!」
イムとオウルの相性はどうやら悪いらしい。だがイムのお陰でオウルが単身突っ込む事は阻止出来たようだ。しかし言い争いしている場合ではないので直ぐに打ち切り、オウルがリィの方に顔を向ける。
「そうだ、お前ヴィクトールの子孫だって言うじゃないか! だったらお前がリィスクレウム討伐の鍵を握っているんじゃないか!?」
「……俺が?」
ヴィクトールと同じ氷魔法を使えるが、自分が子孫だとは初耳だった。以前エンペスト帝国でエダがエンジュを説得する為についた冗談だと思っていたがまさか本当の事なのか、と思わずエダの方を見るが、彼は否定せずただ笑みを浮かべている。
「……リィ、俺は直接リィスクレウムを見た事がない。だが、これだけは言える。リィスクレウムの息の根を止められるのはヴィクトールと同じ氷魔法を使えるお前だけだ」
「……ヴィクトールと同じ氷魔法……」
「胸を貫いたり首を斬るのは皮膚が硬くて出来ない可能性が高い。あいつの右目を狙え。リィスクレウムの不死の元は金眼。お前なら分かっているだろう?」
確かにリィはヴィクトールの氷魔法が使える唯一の男だが、ヴィクトールはグルト王国の英雄だったはず。それならばアメリー達が子孫なのでは、と疑問に思ったが今はそれをぶつけている暇がない。
リィスクレウムは咆哮を上げながら前へと進んでいる。それを睨みつけながらリィは少し間を開けてから頷いた。
「……俺が、リィスクレウムを討つ」
言いながら、オトギの体を別の兵士に託し、氷魔法で双剣を作り出す。双剣を握る手がじわりと汗ばむのを感じる。自分がやらなければアメリー達のいる世界が無くなってしまう。それだけは何とか避けたい。今までに感じた事のない重責に少々目眩を感じたが、気づかない振りをした。
長年一緒にいたオウルはリィの僅かな異変に気が付いたようだ。彼の肩に腕を回し、親指を立てて見せる。
「俺も協力する! お前は一人じゃない!」
「あいつを倒さなくちゃグルト王国の平穏が護れないからなー。リィにあの魔獣の息の根を止める一手があるならば、俺達は援護をする」
イムも愛用の弓を肩に乗せながらそう言う。
戦う事に恐怖を覚えた事は6歳の頃魔物と戦い始めた時くらいだろうか。仲間がいる事で心強いと思った事が一度もなかった。
魔物の森でずっと魔物を殺していたら一生感じなかったであろう気持ちだ。リィは心強い味方に、僅かに微笑んだ。
その様子を見ていたエダは静かに笑う。
「お前一人ではリィスクレウムを殺せないだろう。だが今のお前には仲間がこんなにもいる。協力し合えば大丈夫さ」
リィ達はリィスクレウム討伐の為、簡単な話し合いをした。まずググ村の隣村に避難を支持する隊と、足止めをする隊に分かれる。
イムはグルト王国、そしてカリバン王国の兵を招集してそれを簡潔に説明し、彼の指示の元二つの隊に編成される。
どちらの兵もまだ動揺が隠せていない様子だった。特にカリバン王国はナツメを失った後なので覇気がほとんどない。
イムの説明を聞いている中、リィの元へアメリーが近寄ってきた。
「リィ……」
「アメ……」
アメリーの目は泣き腫らしたように真っ赤になってしまっていた。カリバン王国兵達がナツメの死について話していたのを聞いてしまったのだろう。しかし、今悲しみに打ちひしがれている場合ではないと必死で気持ちを押し殺している。
何を言うべきか迷っていると、アメリーはリィの右手を両手で包み込む。そして、その手から温かい光が現れ、リィの身体を覆っていく。よく見れば、アメリーは右手に金色の魔石を持っており、それから光が放たれているようだった。
心地よさに思わず目を瞑りそうになりそうになった時――光は消えた。
魔力の差はあるが、ナツメが瀕死のリィにかけてくれた回復魔法と同じだ。
「これで少しは回復出来たかな」
「ありがとう」
ナツメの死、リィスクレウムの復活で心が潰されそうになっているというのに、アメリーは人の心配ばかりをする。
震える小さな身体を、リィは優しく抱き締めた。
「生きよう」
「うん」
アメリーはリィの背中に腕を回し、大きく頷いた。この腕の中にいる小さな身体の、それでも大きな心を持つ少女を、護りたいと思う。死んでも護りたい、ではない。共に生きる為に護りたい、だ。
アメリーも同じように思ってくれたのか、身体を離した後の彼女の瞳は決意が込められていた。
作戦を聞き終わった兵達はまだ統率が取れていない。グルト王国側はカリバン王国兵への疑念、カリバン王国兵はナツメ死亡で戦意喪失している状態だ。流石のイムでも難しいようだ。
アメリーは少し考えてから、リィの手を取って歩き出した。
「……リィ、ごめんね。リィの名前借りるね」
「うん……?」
リィは意味が分からず曖昧な返事をする。アメリーの行先はイムの元だった。イムに「私と変わって欲しい」と言い、兵達の前へ立つ。手を繋がれているままのリィも一緒だ。
グルト王国第一王女のアメリーが現れ、兵達はしいんと静まり返る。そんな中、アメリーは表情を引き締めて口を開く。
「皆さん聞いて! 500年前、ヴィクトールは一人でリィスクレウムを討伐した! そして何の因果かここにヴィクトールの氷魔法を継承しているリィがいる!」
そう言いながらアメリーはリィと繋いでいる手を上げた。リィは驚きながらもアメリーを凝視する。名前を借りるとはこういう事らしい。
魔獣リィスクレウムを討伐した英雄ヴィクトールの名前が出て、兵達はざわめく。
「氷魔法は失われたはずでは……」
「しかし、俺は氷魔法を使う所を見た」
「ならばあの男が救世主……?」
ヴィクトールの名前は絶大だった。氷魔法を持つリィに希望を見出していく者達が連鎖のように増えていく。
「ごめんね、リィ。こういうのあんまり得意じゃないだろうけど今だけ我慢して」
「大丈夫。皆の協力が必要だから構わない」
ざわめきの中でアメリーがリィに聞こえるくらいの小さい声で言う。リィは目を細めて頷いた。アメリーも頷くと、また前に目を向ける。
「私達は今これだけの人数がいる! 国なんて関係ない! 未来を護る為、力を合わせましょう!」
アメリーがそう言うと、兵達から大歓声が起きた。
これで兵達の統率は大丈夫そうだ。イムがアメリーに礼を言っているのを見守ってから、少し離れた場所へ移動する。
リィスクレウムは動きが遅いのか、それ程移動はしていない。魔物の森の木々を踏み潰し、足元を気にする素振りをしている。――まるで何かを探しているかのようだ。
太古の昔に存在していたかのような巨躯を、これから皆の協力を得て討ち滅ぼす。
不安はない。それなのにこんなに不安なのは――
「……なあ、エダ」
「何だい、リィ」
ずっと近くにいてくれたらしく、適当な所へ声を掛けたら空中からエダが姿を現した。変わらない笑顔。それが何故か更に不安を煽った。
自分が小さい頃から側にいてくれた、人間ではないが大切な存在。リィは複雑そうな表情を見せてから口を開く。
「……リィスクレウムを殺した後、お前はどうなるんだ?」
「……んー? 変な事を聞くねー。そんな事よりもお前はアメルシア王女達を護る事を考えろ」
「……うん」
エダは明確な返事をくれなかった。彼の言う通り、リィスクレウムを討伐しなければアメリーが、多くの人民が命を脅かされる。
自分の不安を押し込め、リィは双剣を手に取ると、自分の手が白くなってしまうくらい強く握った。
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