金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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6 永劫回帰

説得

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 アメリーは勿論武器など持っていない。鎧を着た兵士は剣を差してはいるが、敵に囲まれたこの状態では太刀打ち出来ないだろう。オトギと共に来ていた兵は生きている人間もいるが、ほとんど死兵のようだ。アメリーは息を呑んでから隣のグルト王国兵士を横目で見る。顔面を完全に覆う鎧を纏っている為、表情は分からなかったが微かに頷いたのが見えた。
 アメリーは一度呼吸を整えてからオトギに視線を戻した。彼は馬車から降り、こちらに歩み寄ろうとはせずその場で感情の見えない笑みを見せる。

「どうやって牢から脱出したかは分かりませんが、私にまた捕まえて欲しいのでしょうか。それならば喜んで捕まえましょう」
「違います、私はオトギ王子と話をしたいんです!」
「話す事などありませんが」

 穏やかそうな口調に聞こえるが、何処か人を拒絶するようなとげとげしさがある。昔はもっと表情を表に出していたが、今はそれが無くなり人間味が薄い。オトギの事は苦手に思っているが、昔の不機嫌そうな彼の方が好きだった。
 彼に少しでも温情が残っているのならば。それを信じてアメリーは口を開く。

「オトギ王子はリィスクレウムの瞳を使って何をしたいのですか? 犠牲者を出してまでそれに固執するのは何故です!?」

 どうしてリィスクレウムを復活させ、不老不死を求めているのかオトギの口から聞きたかった。しかし、彼は簡単に口を開くわけもない。

「貴女が知ってどうするのです? 私を止めようとでも思っています?」
「――はい!!」

 アメリーが即答すると、オトギは吹き出してから手の甲を唇に押し当て肩を震わせて笑う。

「ハハハ、相変わらず面白い人ですね。貴女のような世間知らずの娘に私が動かせるとでも?」

 オトギはアクアソット家で秀でた頭脳を持っており、アメリーは教養があるが頭が良いとまでは言えない。弟のアリソンであったらもっと気の利いた事が言えたし駆け引きも出来ただろう。
 アメリーがそんな事をしても丸め込まれてしまうので自分の本心をストレートに伝えるしか出来ない。

「犠牲があっての野望など、誰も幸せになりません!!」

 ググ村の人々、カリバンの人体実験を受けた者達――一体何人の命が消えたのか。死んでいった人々の苦痛、哀情の上で成り立つ野望など果たして幸せなものなのか。
 ググ村で泣くオウル、牢の中で悲しそうに笑うハル。その野望が無ければ幸せに生きられているはずだった。しかし犠牲者達の上に立っても何とも思わないオトギは笑みを絶やさない。

「アメルシア王女、今までの歴史にも犠牲はつきものでした。貴女がこうして生きていられるのも誰かの犠牲があったからかもしれません。生きている中、誰もが幸せになれるなど不可能なのですよ」
「っ、そうかもしれませんが……国民を幸せにする事が私達王族の仕事です!! オトギ王子はそれを放棄して身勝手に行動をしている。そんな貴方には誰もついて行きません」

 少々声を荒げてからハッとしてしまう。死んでいった人達の事を考えたらつい熱くなってしまった。オトギの指示一つで兵士を動かし、アメリーを殺す事など造作ないのだ。

 アメリーと護衛一人で敵地に乗り込むなど普通は有り得ないだろう。ここへ辿り着く直前の話し合いで提案した時、勿論反対された。しかし、オトギと話す為にはこちらに敵意が無いと証明しなければいけないと思った。断固拒否をするイムを説得するのに随分苦労した。

 ――いいか、何を言われても落ち着いて話すんだぞアメリー。

この計画をナツメに話した時、彼は心配しながらもそう言った。それなのに感情的になってしまった。このままではオトギが気分を害し、兵に指示を出すのでは――そう思ったのだが。

「私に誰も付いて来なくても良いのです。カリバンを統べるのは私ではないので」
「え――?」

 オトギの表情に一瞬だけ色が帯びたような気がした。それは怒りではなく――別の感情のように見えた。これが彼に取り入る隙ではないか、とアメリーが次の言葉を考えようとした時だった。
 オトギの背後から、土気色の顔色をした高齢の男性が姿を現した。身に着けている物は煌びやかであり、オトギよりも地位の高い男だと分かる。だが、彼の表情に生気はなく、こちらからでも分かるくらい身体を震わせていた。

「あ、あああ……」
「おや、父上。出て来てはいけないですよ。外は危険ですから」

 男の登場により、オトギの隙は空虚な笑みによって消え去ってしまう。好機を失った、と悔やむべきなのだがアメリーは男の方にくぎ付けになっていた。

「お、オトギ王子……? その方は……」
「そういえば初めて会いますかね。こちらはイヴァン=ライ=アクアソット。カリバンを治める王であり私の父でもあります」
「そ、そうではなくて、その方は――」

 全身が粟立つのを感じた。その男を平然と紹介するオトギが異様で、思わず両手で口元を覆ってしまう。
 オトギが自分の父だと言っている男は確実に――


「――狂っている」


 ふと、今まで黙っていたグルト王国兵士が不快感を露わにそう言った。アメリーは恐怖に呑み込まれそうになっていたが、兵士の言葉で我に返った。
 兵士の言葉に、オトギは片眉を痙攣させ穏やかに見せていた笑みを消した。

「……貴女の家来は教養がなっていないようですね。不快なので貴女もろとも消して差し上げますよ」
「――オトギ王子! 待って、話を――!」
「魔力は頂いたので、貴女ももう用済みです」

 オトギが手を軽く上げたと同時に、死兵が槍を構えて四方から攻めて来る。アメリーが身を強張らせたと同時に隣の兵士が動いた。
  兵士はアメリーを抱き上げるとその場で高く跳躍した。知能の無い死兵はその勢いのまま槍を向かい側の味方へ突き刺し合う。首や心臓を貫かれている者もいるというのに、誰一人死んでいない。槍が抜けず呻きながら動いている。
その死兵の一人の頭に着地した兵は器用に他の者の頭を足場にして走る。アメリーを抱え、全身を鎧で包んでいるというのに軽快な動きだ。
死兵の一人が槍を突き出したが、グルト王国兵士は更に跳躍して槍の上に着地し、体勢を崩した死兵の顎を爪先で強く蹴り上げた。
  死兵の波を抜けた兵士は一度空中で身を捻らしてから着地する。死兵はこちらの出方を窺っているようですぐに攻撃してこない。グルト王国兵士の俊敏さに勘付いたオトギは不快げに表情を歪めた。

「……何故獣がここにいるのでしょう。魔物に食われて死んだはずでは?」

 獣と呼ばれた兵士はアメリーを下ろすと、顔面を覆っていた鎧を脱ぎ捨てた。黒髪に眠そうな黒い瞳。右目は濃紺色の布によって隠されている。オトギが右目を抉り、魔物のいる牢に放り込んだ弟――リィだ。
 リィは何も答えず、ずっと持っていたらしい握り拳くらいの黒い球を空へ向けて思い切り放った。黒い球が空中で弾けたその瞬間――辺りに眩い光が。閃光弾にしては目を焼く程の威力ではないのでどうやら信号弾だったようだ。
 何処かの味方に合図を送ったようだ。オトギは眉間に皺を寄せる。
 リィは全身を覆う鎧が嫌なのか、ややしかめ面で自身の身体を見下ろした。

「り、リィ! 待って、まだオトギ王子を説得し終わっていない――!」
「……アメ。あいつはもう正常じゃない。まともな会話が出来るとは思えない」
「で、でも――!」

 アメリーが何かを言いかけたが、リィは真っ直ぐと指を差す。そこにいるのはオトギーーではなく、土気色の顔をしたカリバン王国の国王。イヴァンはリィ達の方を見ておらず、俯きながらぶつぶつと何かを呟いている。
 アメリーも一目見ただけで分かってしまった。ずっと表へ出て来ていなかったカリバン王国の王は――


「あいつはあれを生者として見ていたが、あれは――もう死んでいる」


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