金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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6 永劫回帰

悲愴の王女

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 マイクルは全身包帯で巻かれており何とも痛々しいが青銅色の鎧を纏い背筋をピンの伸ばした姿からはとても重傷とは思えない。
 彼が裏切り者だとまだ知らないクラウディアは警戒心も全くせず親しげに話しかける。二人の会話が全く入って来ない。ただ、背筋から上にかけて冷えた空気が上がってくるような感覚にアリソンは恐怖を抱いた。

「母上!! マイクルから離れて!!」
「どうしたの? アリソン。そんなに血相を変えて……」

 突然大声を出した息子に思わず肩を跳ねさせてしまったクラウディアだが、状況が全く吞み込めない。何故かグランデル、ガイアも表情を険しくさせて臨戦態勢だ。

「……何かあったの?」
「マイクルは裏切り者だ! グルト王国をずっと裏切っていた!」

 そう言われてクラウディアは目を瞬かせた。周りにいた給仕達もざわめいてしまう。マイクルは変わらず笑顔を見せている。クラウディアはマイクルとアリソンの顔を交互に見てから僅かに笑む。

「何を言っているのアリソン、突然そんな酷い冗談を言って……」
「冗談なんかじゃない! だってマイクルは母上を――!」
「そうですよ、アリソン王子。私はグルト王国を長年裏切ってなどおりません」

 アリソンが言いかけたのと、マイクルが動いたのは同時だった。クラウディアを支えていた給仕を鞘に仕舞ったままの剣で強く叩き気絶させた。そして支えが杖しか無くなり体勢を崩したクラウディアの肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。

「五年前から裏切っているのですよ」
「ま、マイクル!? どうして――」
「申し訳ございませんクラウディア様。少しの間お眠りください」

 マイクルはクラウディアの口元にハンカチを当てる。その瞬間、クラウディアは力無く頭を垂れさせ全体重をマイクルに預けた。ハンカチに睡眠薬が含まれていたようだ。

「母上!!」
「大丈夫ですよ、アリソン様。クラウディア様は殺しません」

 今すぐに母をマイクルの手から離れさせたいが、こちらが動いたらクラウディアに危害が加えられる可能性が高い。焦燥と苛立ちから、アリソンの身体から放電が起きる。

「そんなの、信じられるわけないじゃないか……!!」
「クラウディア様には私が無実だという証人になって頂かないといけないのでね」
「母上はお前が裏切った姿を見ている! 証人になど――!」
「出来るのですよ、彼女の力があれば」

 マイクルの後ろに隠れていたらしい黒いフードを被った者が姿を見せる。フードを下ろして露わになった顔にアリソンは驚愕した。

「せ、センカ王女!? どうしてここに……!!」

 グルト王国にいるはずのないカリバン王国第一王女のセンカだ。黒いローブを纏っているが間違いようがない。彼女は憂いを帯びた表情でやや俯き加減であり決してアリソンと目を合わせようとしない。

「アリソン君、ごめんね……」

 そして小さく謝罪をした。突然センカが登場した事によりアリソンの感情は戸惑いが勝り身体の放電が消える。
 それと同時に、ホール内にいた給仕達が箒、包丁、指示棒などを持ちこちらに向けて来た。まるでマイクルに味方するような姿にアリソンが狼狽えながら「何をしている……!」と尋ねるが給仕達は虚ろな表情を浮かべており正気ではなさそうだ。

「成程、暗示能力ですか」

 グランデルがアリソンの一歩前に立ち、眉間に皺を寄せる。
 給仕達はセンカの暗示能力によって操られてしまっているようだ。彼等はマイクルの息のかかった者ではない為門番達のように容赦なく攻撃が出来ない。
 再度、アリソンの身体が雷によって弾けた音を出す。アリソンは幼少期人見知りがあった為それ程接した事は無かったが、センカはアメリーと仲が良かったはずだ。幼いながら淡い恋情を抱いた記憶もある。
 その彼女は――グルト王国に長年仕えていたはずのマイクルを仲間に加えて立ちはだかっている。

「センカ王女はマイクルと共謀していたという事ですね……。城に侵入してまで何が目的です?」
「……私達は魔石がたくさん必要だから譲って欲しいの。そうしたら何の危害も与えずに去るから……」
「そんな事出来るわけがないでしょう! 以前オトギ王子には魔石の輸出規制は緩和しないと話をしたはずです!」

 アメリー達を攫われ、マイクルを寝返らせているカリバンに簡単に魔石を渡すわけにはいかない。ただでさえカリバンには人体実験という不穏な噂が流れているのだ。魔石を悪用する事は目に見えている。
 アリソンの怒鳴り声に、センカは悲しそうに目を伏せた。

「そう、だよね。だから私達は力づくでも貰いに来たの。これから行う事に必要なものだから」
「カリバンが何を企んでいるかは知らないが、これ以上好きには動かせない! 例えセンカ王女、貴女でもだ!」
「……アリソン君は強いね」

 いつの間にかホールには黒いフードの者達が武器を構えて立っていた。センカは近くにいた一人に声を掛けると、その者はマイクルからクラウディアを受け取り肩に担ぎ上げた。

「母上!!」
「ご安心ください、アリソン王子。私は騎士であった身。クラウディア様を人質に取ろうなど思っておりません」
「裏切っておいて何を言っている!!」

 アリソンは怒りのままマイクルに向けて手を翳し雷撃を放つ。マイクルは重傷とは思えない動きでそれを避けて地面に転がる。そしてそのまま剣を抜くとアリソンに向けて走り出す。アリソンが再度雷撃を放とうとしようとした時だった。
 アリソンの目の前に煤けた色のローブが映り、金属がぶつかる音が響く。

「アリソン様……ここは私が」

 間に入ったのはグランデルだった。マイクルからの攻撃を剣で受け止めている。腕に力を込め、マイクルを後退させた。

「グランデル騎士隊長! 俺も加勢しますぞ!!」
「いえ、ガイア隊長は兵と共に黒いフードの者達をお願いします。私は……この男と決着をつけないといけないのです」

 ガイアの加勢をやんわりと断り、グランデルはかつて師であったマイクルに鋭い眼光を向ける。マイクルは剣を構え直しながら包帯の下で微笑む。

「グランデル、お前はまだ脇腹の傷が癒えていないのではないか?」
「……貴様には関係のない事だ」

 グランデルから発せられたとは思えない冷淡な声が聞こえたと同時に、彼はマイクルに向けて剣を薙ぐ。マイクルは避けたが腕に掠り包帯が破れてしまった。そこから見えるのは痛々しい傷跡――ではなく。

「な……! マイクルその身体は……!」

 爬虫類のような鱗の生えた黒ずんだ皮膚。人間ではないそれにアリソンは言葉を失ってしまった。
 マイクルは温和な笑みを見せたまま自身に巻いてある包帯を全て解く。右頬、首筋、両腕も同じく鱗のような皮膚に覆われている。化け物のような姿に、アリソンだけではなくグランデル、ガイアも怯んでしまう。

「ああ、これですか。私も大怪我を負ってしまったので応急処置として魔物の一部と融合実験をカリバンで受けたのです。身体が随分と軽いですよ。……手負いのお前など簡単に殺せるよ、グランデル」
「――っ!」

 流石のグランデルも恩師だった者の人外じみた姿を目の当たりにし、すぐに反応が出来なかった。何とか攻撃は受け止めたものの、隙を作ってしまい脇腹に蹴りを入れられてしまう。

「――っ!!」

 マイクルによって負った傷があるらしい場所に攻撃を受け、グランデルは一瞬膝が崩れそうになったもののなんとか持ち堪え、力任せにマイクルを押し返した。その反動のまま数歩下がり、脇腹を抑えながら片膝をついてしまう。

「グランデル騎士隊長!!」

 ガイアが加勢しようとするが、黒いフードの者達が数人襲い掛かってきた為グランデルの元へなかなか行けない。そして中には武器ではない物を振るう給仕達がいる為傷つけないようにしている為防戦一方だ。
 このままではまずい。アリソンの額には脂汗が滲んでいた。ホールの中は操られた者を合わせるとこちらが圧倒的不利だ。それならば外へ出れば、アリソンの視線は扉の方へ移る。

「だ、誰か助けを――!」
「アリソン君、無駄よ。このホールには誰にも入られないよう催眠をかけたグルト王国兵に監視させている。……無駄な犠牲は増やしたくないの。ごめんね」

 喧騒の中聞こえた声にハッとすると、いつの間にかセンカはクラウディアを担いだ黒いフードの者と共にこのホールを後にしようとしている所だった。
アリソンはセンカに向けて雷撃を放とうとしたが、側にクラウディアがいる為どうにも出来ない。アメリーやアリソンは雷魔法が使える為耐性があるが、クラウディアは魔力の持たない普通の人間なのだ。普通に打てば感電してしまう。

「母上を何処に連れて行く!!」
「私達が望む場所には、王族の人の力が必要でしょう。だから少しだけお借りするね」
「センカ王女!!」
「――ごめんね」

 センカは泣きそうな表情で謝ると、扉の奥へと姿を消してしまった。


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