金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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短編

とある従者の手記(5章読了後お勧めします)

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〇月〇日 カリバン王国第一王子専属給仕として配属され一日目
 今日からカリバン王国第一王子ナツメ様の給仕係に任命されたので、これを機に日記を始めようと思う。
とても嬉しい。私はナツメ様の下で働きたいとずっと願っていたのだ。幼い頃、親とはぐれて道端で泣いていた平民の私に手を差し伸べてくれたナツメ様。
 ナツメ様は王族であるというのに土で汚れた私の手を取り、一緒に親を探してくれた。流石にこの時の事は覚えていないだろうけど、私にとっては一生忘れられない出来事だ。
 ナツメ様こそ、カリバン王国次期国王となられる御方。それを近くで見届けられると思うと天にも昇る思いだ。
 今日はナツメ様に挨拶をした。「よろしく頼むよ、〇〇」と私に声を掛けてくださった。これからナツメ様を支えられるよう頑張らなくては。



〇月×日 配属されて三日目
 ナツメ様は城を抜け出して国民達と話をする機会を設けているらしい。いくら注意してもこれだけは止めてくれないと宰相様が頭を抱えていた。
 私はナツメ様を探すよう命じられて城下町へと向かった。ナツメ様はすぐに見つかった。あの方の周りに人だかりができていたからだ。
 笑顔の国民の中で、ナツメ様は太陽のような輝きを放っていた。国民にも慕われている。まるで今の国王様とは――(乱暴に消された跡)。



〇月××日 配属されて十日目
 ナツメ様はよく城を抜け出すが、仕事はきちんとこなしている。よく弟のオトギ様に助言を貰っているようだ。
 オトギ様はナツメ様のように明るい御方ではないが、とても頭の良い方だ。ナツメ様はそんなオトギ様が自慢だといつも口癖のように仰っていた。
 正直言うと、私はオトギ様を苦手に思っている。ナツメ様はあの御方の冷たい眼差しに気が付かないのだろうか。ナツメ様を見る時の視線はどう見ても兄に向けるものではない。



〇月〇〇日 配属されて二十日
 仕事にも大分慣れて来た。ナツメ様は朝早く起きて庭園を散歩する事を日課にしている。私が朝食だと呼びに行くと、ちょうどセンカ様と遊んでいる所だった。
 センカ様は確か十二歳。二十三歳のナツメ様とは少し歳が離れている。
 カリバン王国の王族には謎の病気が蔓延しており、第三、第四王子が亡くなられた事を聞いた事がある。今は確かナツメ様、オトギ様、センカ様、第五王子のハルジオン様がいらっしゃる。
 その謎の病気とは大丈夫なのだろうか。これからナツメ様達を蝕んでしまう事はないの……?
 あれ? そういえばナツメ様達のお母様を一度も見た事がありません。もしかしたら亡くなってしまっているのでしょうか?
 だけどそんな質問をナツメ様に出来るはずがありません。それよりも私はナツメ様が健やかに過ごせるよう努力をしなくては。



×月×日 配属されて三十日
 今日はナツメ様がオトギ様に笑顔で話しかけていた。話の内容はよく聞こえなかったけれど、他愛のない話だと思う。オトギ様は心底嫌そうに肩を組まれていた。
 ナツメ様は健康的で爽やかな好青年だが、オトギ様は華奢で美しい御顔立ち。兄弟だけど対照的だ。
 オトギ様とは何度か会話をした事があるが、まるでゴミを見るような目で嫌味を言われる。ナツメ様と兄弟なのか本当に不思議だ。一部でオトギ様を次期国王に、という声があるそうだが私はそうは思わない。王にふさわしいのはナツメ様だ。



×月〇日 配属されて五十日
 イヴァン国王様の具合が悪いと風の噂で聞いた。国王様はなかなかお顔を拝見する事も出来ないのでどのような姿をされているのかは一度くらいしか見た事が無い。ほとんどの国民がそうだと思う。
 その噂のせいかナツメ様も少しだけピリピリとしている。私が声を掛けると、その表情はすぐにしまって「大丈夫、きっと良い未来が待っている」とナツメ様は笑った。
 ナツメ様がそう言ってくださると本当にそうなるのだろうと思ってしまう。あの御方がいればきっとカリバン王国の未来は明るいのでしょう。
 可能であれば、私はナツメ様の隣に――なんて、身の丈をわきまえないといけません。私はナツメ様の給仕。特別な感情など抱いてはいけないのです。



△月×日 配属されて六十日
 最近ナツメ様はよくオトギ様と話をされている。遠目でしか見た事は無いが、ナツメ様は鬼気迫る表情で話すが、オトギ様は何かを一言二言だけ言うだけに見える。ナツメ様のあのような姿は見た事が無かったので、やはりカリバンで何かが起きているのだと思ってしまう。
 今日はセンカ様と遊んでおいてほしいとナツメ様に命じられたので、一緒にボール遊びをしていた。「お兄様達、最近どうしたのかな」とセンカ様も不安そうだった。私はきっと大丈夫ですよ、と言う事しか出来なかった。
 そう思うしか出来なかった。



△月〇日 配属されて七十日
 最近のナツメ様は何だかお疲れのようだ。あまり城下町へ行こうとせず、私室でよくため息を吐いている。
 どうかされましたか、と尋ねてみればナツメ様は「少しね」とはぐらかす。国の事でしたら一給仕の私に言う事ではありません。深追いはしてはいけないと分かりました、と言えばナツメ様は申し訳なさそうに笑った。
「あまり詳しい事が言えなくてごめん。でも大丈夫。俺とオトギがいればきっとこの国は救われる。」
 ナツメ様気にしないでください。私は貴方を信じております。貴方が良い国にしてくださる事を、一国民として願っております。



△月△日 配属されて七十一日目

 おかしい。
 ナツメ様の姿が何処にも無い。
 私室にも城の中にも城下町にも何処にもいない。
 城の者総動員でナツメ様の姿を探すが何処にもいない。
 どうして? ナツメ様は黙っていなくなる御方ではない。何か事情があるのでは?
 必死になって探していると、オトギ様とすれ違った。
 あれ? オトギ様の髪色が変わっていた。ナツメ様と同じ青髪だったのに、今は白髪だった。
 そして兄がいなくなったというのに、彼は笑っていた。



△月〇〇日 配属されて七十二日目

 急遽ナツメ様捜索隊が編成され、国内、国外を探す事になったようだ。私は気が気でない。
 どうして? どうして? どうして?
 国を良くしようとしていたナツメ様がどうしていなくなった?
 センカ様も昨日からずっと泣いている。
 父であるイヴァン国王は息子がいなくなったというのに表に姿を見せない。代わりに弟のオトギ様が国務を行っている。
 兄がなくなったというのに、彼は何故そう冷静でいられるのだろうか。昨日の笑顔が頭から離れない。ナツメ様の失踪はオトギ様が関わっているのでは?



△月〇×日 配属されて七十三日

 どうしても確認したくて、私はオトギ様に直接尋ねる事にした。
 兄が行方不明だというのにオトギ様の態度が御代わり無いのはナツメ様の行方に心当たりがあるのですか? と。
 オトギ様は笑顔で「知りませんよ」と言った。彼の笑顔が薄気味悪い。彼はこんな笑顔を浮かべる男だっただろうか。ナツメ様にいつも嫌そうな表情を浮かべていた彼は何処にもいない。
 それに、彼の笑顔には感情がこもっていない。まるで感情が抜き取られてしまったかのようだ。
 どうにも納得がいかなくて私は何度もナツメ様の居場所を尋ねた。それでもオトギ様は知らないと言うだけ。



△月××日 配属されて八十日

 あれから一週間だろうか。私はオトギ様に粘って尋ね続けた。例え冷たい瞳で見下されようとも、無視をされようとも。ずっと、ずっと。
 そうしたら根負けしてくれたようで、オトギ様は「分かりましたよ」と渋々頷いてくださった。
「諸事情がありましてナツメの居場所は誰にも言えないのです。だからこの事は内緒にして頂きたい。そうしたらナツメに会わせますよ」
 ああ良かった。ナツメ様はご無事。そして私だけに会わせてくださるとの事。本当は他の人達にもナツメ様がご無事な事をお伝えしたかったけれど、条件の為には仕方がない。
 お二人はいつも国の事で話し合われていた。ナツメ様の失踪ももしかしたら何か意味のあるものだったのかもしれない。
 オトギ様は恐ろしいと思っていたが、やはり良い方なのかもしれない。
 明日が楽しみだ。
 次の日記では良い結果が書かれている事を願っている。




(この後日記は何も書かれていない――)




**


 その日記を最後まで読み終えたオトギは、微笑みながらそれを地面に落とした。
 この部屋には数日前までナツメに仕えていた女がいた。その女は既に処分した。彼女が会いたいと言っていた彼によって命を奪われた。

「フフフ、王族に恋をするとは何て愚かで浅ましい女でしょう」

 日記を足蹴りし、近くで給仕の持ち物を物色する黒いフードの男の足元にやる。

「シオン、この日記は処分なさい。不要な物です」
「……かしこまりました」

 黒いフードの男は頷くとその日記を拾い大きな麻袋の中へ放り込んだ。
 ナツメが失踪してから十日程。その時からずっとオトギにナツメの居場所をしつこく聞いて来る給仕の女がいたので、お望み通り彼に会わせたのだ。その時オトギも同行したのだが、最期の彼女の絶望した表情とつんざくような悲鳴を思い出し、オトギはクスリと静かに笑う。

「愛する人に命を奪われ、さぞかし嬉しかった事でしょう。私に感謝をしてもらわないと」

 彼女がいたはずのその部屋は、直ぐにほとんどの私物を処分され、住んでいた形跡は何処にも見えなくなってしまった。





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