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4 エンペスト帝国と裏切りの血
行かないで
しおりを挟む「あれ、アメリー何かを落としている」
「――お前、アメルシア王女に僕の事を言ったのか?」
何かを拾い上げたマリアの背中に、ハルは苛立ちを露わにしながら声を掛けた。マリアはクルリとこちらに顔を向けると、困ったように眉を下げた。
「え? 言っていませんよ。ただ、仲の良い友達がいると――」
「余計な事は言うな! 僕は誰にも知られてはいけないんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
ハルの怒鳴り声に、マリアは畏縮してしまう。身体を縮めて落ち込むマリアを見てハッと我に返ったが、謝罪をする事なく黙ってしまう。二人の間に微妙な空気が流れる。居心地の悪さにハルは視線を彷徨わせたが、ふと彼女の手元に目を向けた。
「――それは?」
「あ、これはアメリーが落としていったものです……。文字のようですが、全く読めなくて」
マリアが差し出して来たものは紙切れだった。アメルシアがポケットに魔石を突っ込んだ時に拍子で落ちてしまったのだろう。乱暴に破られたような跡がある。彼女の手の平よりは大きい紙切れを、ハルは奪い取って目をやる。文字の羅列を追って行く内に、ハルの表情が青くなっていく。
「こ、これ……」
「どうしました? ハル」
異変に気が付いたマリアが心配そうにハルを覗き込む。彼は冷や汗をダラダラとかきながら下唇を強く噛んだ。紙切れに書いてあった文字。それは――
ハルはその紙切れを乱暴にズボンのポケットに入れると、マリアに背を向けた。
「――僕は行く。マリア、僕と会った事は忘れろ」
「え? 嫌です、そんなの! 折角お友達になれたのに――!」
「僕は友達なんかじゃない。ただの通りすがりの化け物だ」
マリアの顔を一度も見ず、ハルは魔物の姿に変化し、走り出した。四足歩行であれば、例え強化魔法を使ったマリアでも追いつかない。彼女の顔を見なかったのは、後ろ髪を引かれてしまいそうだったから。マリアを誘拐せずに離れるのは――ポケットに入れた紙切れの真意が知りたかったから。
「行かないでください! ハル、ハル!」
マリアの泣きそうな叫びを背に聞きながら、ハルは張り裂けそうな心を見て見ぬふりをしながら、ただ走り続けた。
**
帝都を抜けるのは簡単だった。一度人間に戻ってから魔力の出力を抑えて魔物に変化すると、子犬くらいの大きさになる事が出来た。その姿で帝都へ出る門の前を通っても、門番はハルを引き止める事は無かった。ここは人の出入りが多い。人に紛れて外へ出ようとする子犬など目もくれないのは当然だ。
魔物化はこんな使い方も出来るのか、と思いながら外へ出て、一目につかない木陰に隠れて人間の姿に戻る。ハルは一度門を振り返ってから他の人達に気取られないよう、木々に姿を隠しながら走り出した。
ハルの額には大粒の汗が浮かんでいた。息も荒くなっている。傷が治っている今、これくらいの運動量では疲れていないはずなのだが、動揺からか上手く呼吸が出来ずに変に体力を消耗してしまっているようだ。ハルは一旦呼吸を整えようと立ち止まり、両膝に手を当てて深呼吸をした。
ハルを動揺させてしまったのは、あの紙切れが原因だ。あそこに書かれていた文字はマカニシア大陸に共通している言語ではない。――カリバンのごく一部しか読めないようになっている。ハルはその文字を読める一人だ。
(こ、こんな事をしたら世界が――)
この紙切れの真意を、オトギに聞かなければいけない。これを彼が知っていないはずが無いと思ったから。
呼吸が整ったので、再度走り出そうとした時だった。
「待って、ハル」
女性の声に呼び止められた。誰にも気取られていないと思っていたハルは慌てて振り返る。一瞬、マリアが追いかけて来てしまったのかと思ったが、そこに立っていた人物に、思わず目を見張った。
「!! 姉上……いや、センカ様……! どうしてここへ?」
センカ=リヴァ=アクアソット。カリバン王国の第一王女であり、ハルの姉だ。ハルが暗殺部隊に入ってから、顔を合わせたのはこれが初めてだ。彼女はいつもの紺色のドレスではなく、ハルと同じような黒いローブに身を包んでいる。フードの下から見える表情は悲しみを帯びている。
第一王女であるセンカがエンペスト帝国にいるとは思ってもみなかったハルは、動揺から視線を彷徨わせる。彼女の周りには誰もいなかった。王女であるセンカに護衛もついていないのは酷く違和感があった。
「ハル。貴方はマリア誘拐をお兄様から命令されていたけれど、それはどうなったの?」
「そ、それはまだ……これから行う予定です」
ハルは気まずそうに目を逸らした。目的はマリア誘拐だというのに、手ぶらでエンペスト帝国から出ようとしている。センカはハルの言葉に、少しだけ笑みを見せた。何処か安堵したように見えたのは気のせいだろうか。
姉の静かな雰囲気は心を穏やかにさせてくれる。第五王子だった時はよく一緒に遊んで貰っていた。思わず過去を遡りそうになったが、自分がエンペスト帝国を出た理由をすぐに思い出し、ハルはポケットから紙切れを出すとセンカに詰め寄った。
「――それよりもセンカ様! これは一体どういう事ですか!? 何故、このような計画書をアメルシア王女が持っているのです!! これは、我々暗殺部隊が使用している暗号です! こ、こんな恐ろしい計画をどうして――」
必死の形相で伝えている中、不意にセンカが腕を上げた。殴られる、と思ったハルは目を瞑ってしまったが、次に訪れたのは頬の痛みではなく、身体を包み込む温もりだった。
ハルはセンカに抱き締められていた。思わず目を開いてしまう。仄かに香る姉の匂いは昔と変わらず、自分と同色の髪が視界の端に映る。
「ハルジオン。貴方は何も知らなくて良いの」
「セ……姉上?」
久し振りに感じた人の体温に、ハルは思わず顔を赤らめてしまう。姉の優しい声が耳をくすぐった。――その刹那。首元に強い衝撃を感じた。
「ガッ……あね、うえ……」
突然の衝撃に耐えられず、ハルは意識を手離しそうになる。センカの胸の中で、他に黒いフードの者達が近付いて来るのが見えた。そのまま耐えきれずに意識を失いそうになった時。
「貴方にもう悲しい思いはさせない。するのは――私だけで充分」
姉の悲しい声が、耳に残った。
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