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3 失われる平穏
アリソンの提案
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アメリーはグランデルの馬、リィとオウルは騎士の馬に乗せて貰った。――そしてもう一人。
馬に乗った老婆は身体を震わせながらブツブツと何かを呟いている。ググ村の予言者、シーラだ。ググ村の人々がほとんど死んだ中、彼女だけは無傷で助かったという。しかし、精神的ショックを受けたせいかずっと何かを呟いており、話は出来無さそうだ。
唯一正気を取り戻したのは隣村を発つ際にリィを見た時。シーラは鬼の形相で「お前のせいで!!」とリィに掴みかかろうとした。リィはさほど驚いた様子もなく身体を引いて避けると、標的を見失ったシーラは足をもつれさせてその場に倒れ、またブツブツと呟きだした。アメリーが確認出来たのは「あのお方が」「リィスクレウムが」「裏切った」という言葉。
オウルが「何があったんですか!!」とシーラの両肩を掴んで迫っても、彼女は虚ろな瞳で呟くだけ。今はこんな状態だが、シーラはググ村の悲劇の真相を知る鍵になる。そう考えたグランデルは彼女をグルト城へ連れ帰る事を決めたのだ。
そして、ググ村を襲撃した可能性が高いフードの男二人。彼らは荷馬車の中に繋がれているという。騎士達の内緒話を盗み聞きしたところ、どうやら彼らは何も隠し持たれる事が無いよう身ぐるみを剥がされてロープに縛られているらしい。いつも優しい笑みを浮かべているが、敵には容赦無いグランデルの冷酷な一面を見た気がした。
長い旅路を終え、王都へ到着したのはちょうど陽が完全に昇った頃だった。旅を共にした騎士達に礼を言ってからアメリーがリィと共に城の中に入れば、顔を真っ赤にしたアリソンが仁王立ちで出迎えてくれた。
「姉上……貴女は余程牢に入りたいようですね」
「ま、待ってアリ―! 今回はちょっと色々あって……!」
黒い魔石が話して、ググ村へ誘われた。そう言って誰が信じるだろうか。少なくとも冷静さを欠いた今のアリソンには届かないだろう。それ以前にこちらの言い分は聞いてくれなさそうだ。
「アリ―、アメは嘘を吐いていない」
「リィさんが庇っても許しません!! また牢屋に入って貰いますよ、姉上!!」
リィも助け船を出してくれたが、尊敬する彼の言葉でもアリソンは簡単に納得しなかった。今回はリィやオウルは牢には入らないので、実質一人だ。アメリーはがっくりと肩を落とし、諦めて一人牢に入る事を承諾しようと思った時、隣に紫色の鎧が映った。
「アリソン王子、お待ちください。今回は私の不注意で、アメルシア王女が荷馬車に間違えて乗り込んでしまい、その中で貧血を起こして倒れていた事に気付く事が出来ませんでした……。アメルシア王女のお陰で死なずに済んだ者もおります。どうかお考え直しください」
騎士隊長グランデルだ。彼は出まかせをつらつらと述べ、アリソンに深々と頭を下げた。庇ってもらっているのだが、平気で嘘を吐くグランデルに若干違和感を覚えながらも、アメリーもアリソンに向かって頭を下げる。リィもつられて頭を下げた。
三人の脳天を見つめて怒りが少し収まったのか、アリソンは深く溜息を吐いた。
「……グランデルが言うなら、そうなんでしょう。分かりました。姉上、何度も言うけれど本当に無茶はしないでください」
「うん、ごめんね。アリ―」
アメリーが謝ると、アリソンは姉の額を軽く小突いて「今回はこれくらいで許してあげます」と言って微笑んだ。
そしてアメリーとリィ、アリソン、グランデルは詳細を話す為に場所を変える事にした。アリソンがよく使用している執務室へと入る。そこでグランデルはググ村の状況、死傷者、黒いフードの男について報告した。あまりに凄惨な報告に、アリソンは顔を青くさせたがグランデルに自分の意見を伝え、二人で情報を纏める。そしてアリソンが一番驚いた事はーー
「……男が魔物に変貌した!?」
人間が魔物に変わったという、有り得ない報告だ。グランデルは見ていないが、リィが実際に目撃したと聞いてアリソンは頭を抱えてふらつく。
「そ、そんな事例聞いた事がありません。……黒いフードの彼らには、私が想像するよりも重大な秘密を抱えていそうですね……」
それからアリソンとグランデルが意見を述べ合う。頭の回転の速いアリソンとグランデルの会話について行けないアメリーは聞くのを諦め、彼らの話が終わるのを待った。
彼等の話がひと段落着いたところで、アメリーは待っていましたと口を開いた。
「あ。それでアリ―にも伝えておきたいんだけど」
アメリーは二国の動向を探る為にグランデル達隊長が二手に分かれる事、そしてエンペスト帝国に自分が行く事を簡潔に伝える。勿論、心配性のアリソンが簡単に了承するはずもなく。
「はぁ!? エンペストにアメリーが行く!? そんな事許されるはずがないだろう!」
鬼のような形相で一蹴されてしまった。こうなる事は予想通りだ。だが、簡単に引き下がるわけにもいかない。
「でも私はもう見ているだけじゃ嫌なの。大丈夫だよ。私、マリアちゃんとは仲が良かったし、怪しまれないでしょ? 私、アリーやお父様を襲った人達が何者なのか知りたいの。だから、許して」
アメリーは自分の思いを弟にぶつける。自分の家族がこんなに危険な目に遭っているのに、城で待つだけなんて出来ない。女帝エンジュの一人娘であるマリアは、エンジュの疑いから逸らせる鍵になるかもしれない。エンジュと違い、マリアは明るく心優しい少女だ。彼女を味方につければ事態が上手く好転するはずだ。
アメリーとマリアの仲が良かった事はアリソンも重々承知だ。聡明な弟ならば、姉がどういう考えを持ってそう言ったのかすぐに理解する。しかし、アリソンは難しい表情で首を振る。
「……姉上が行くのは許せません」
「アリ―…!」
言い返そうと思ったが、彼の次の言葉は予想だにしないものだった。
「それなら僕も着いて行く! 僕だって城で黙って待っていられない!」
アリソンも同じ思いだったようだ。エメラルドグリーンの瞳には決意の色が込められている。それを聞いたアメリーは笑みを浮かべ、グランデルは困惑した表情を見せた。そしてリィは、嬉しそうに何度も頷いたのだった。
**
「――というわけで父上。私と姉上がエンペスト帝国へ行く事をお許し頂きたいのです」
謁見の間にはアメリー、リィ、アリソン、そしてグランデルを含めた騎士隊長が揃っていた。騎士を引退したマイクルもいる。
そんな中、国王リグルトに対し、アリソンはグランデルから受けた報告を簡潔に伝えた。ググ村の惨状、生き残った者、フードを纏った男達の話。魔物に変わった男の話。
彼等に襲われた事のあるリグルトは驚きの表情を見せた。そして、アリソンは彼らは先日自分を襲った男と同じ組織の者の可能性が高いという事も伝え、フードの男達の素性を明らかにする為には二国の動向を探るのが必須な為、人を派遣する事、最後に本題であるアメリーと自分がエンペスト帝国へ行くメリットを小難しく話してから提案した。
しかし、今までアメリーとアリソンが外へ出る事を渋っていた父親が簡単に許すはずもなく、渋い表情を見せる。
「しかし、お前達二人が行っては――」
「父上。私達はもう十代半ばです。もう子供ではないのです。この歳から経験を学ばなければ将来立派な王になれません」
「だが、エンペスト帝国は危険だ。エンジュ殿は気難しい方だ。もし彼女の逆鱗に触れる事があったら――」
「そうならない為に、まずは女帝殿の愛娘マリアを懐柔します。幸運な事に姉上が彼女と仲が良いです。マリアを理由にして会いに行けば、娘に弱い女帝殿の疑いは薄まるでしょう。勿論、私達だけではなく、他の隊長にも同行してもらいます」
そう言ってアリソンは後ろを振り返る。そこには騎士隊長グランデル、弓兵隊長イム、銃器兵隊長ガイア、そしてマイクルが整列している。
「エンペスト帝国には私、姉上、グランデルが行き、カリバン王国にはイム、ガイアが行く。そして城にはマイクルに残って貰います。それなら文句は無いでしょう?」
「……確かに、グランデルがいれば心強いが――」
王の顔に迷いが生じる。アメリーは黙って聞いていたが、その顔を見てもう一息だと思わず拳を握り締めた時だった。
「――アリソン様。申し訳ございませんが、私はカリバンに行きます」
今まで無言だったグランデルが、突然そう言ったのだ。
馬に乗った老婆は身体を震わせながらブツブツと何かを呟いている。ググ村の予言者、シーラだ。ググ村の人々がほとんど死んだ中、彼女だけは無傷で助かったという。しかし、精神的ショックを受けたせいかずっと何かを呟いており、話は出来無さそうだ。
唯一正気を取り戻したのは隣村を発つ際にリィを見た時。シーラは鬼の形相で「お前のせいで!!」とリィに掴みかかろうとした。リィはさほど驚いた様子もなく身体を引いて避けると、標的を見失ったシーラは足をもつれさせてその場に倒れ、またブツブツと呟きだした。アメリーが確認出来たのは「あのお方が」「リィスクレウムが」「裏切った」という言葉。
オウルが「何があったんですか!!」とシーラの両肩を掴んで迫っても、彼女は虚ろな瞳で呟くだけ。今はこんな状態だが、シーラはググ村の悲劇の真相を知る鍵になる。そう考えたグランデルは彼女をグルト城へ連れ帰る事を決めたのだ。
そして、ググ村を襲撃した可能性が高いフードの男二人。彼らは荷馬車の中に繋がれているという。騎士達の内緒話を盗み聞きしたところ、どうやら彼らは何も隠し持たれる事が無いよう身ぐるみを剥がされてロープに縛られているらしい。いつも優しい笑みを浮かべているが、敵には容赦無いグランデルの冷酷な一面を見た気がした。
長い旅路を終え、王都へ到着したのはちょうど陽が完全に昇った頃だった。旅を共にした騎士達に礼を言ってからアメリーがリィと共に城の中に入れば、顔を真っ赤にしたアリソンが仁王立ちで出迎えてくれた。
「姉上……貴女は余程牢に入りたいようですね」
「ま、待ってアリ―! 今回はちょっと色々あって……!」
黒い魔石が話して、ググ村へ誘われた。そう言って誰が信じるだろうか。少なくとも冷静さを欠いた今のアリソンには届かないだろう。それ以前にこちらの言い分は聞いてくれなさそうだ。
「アリ―、アメは嘘を吐いていない」
「リィさんが庇っても許しません!! また牢屋に入って貰いますよ、姉上!!」
リィも助け船を出してくれたが、尊敬する彼の言葉でもアリソンは簡単に納得しなかった。今回はリィやオウルは牢には入らないので、実質一人だ。アメリーはがっくりと肩を落とし、諦めて一人牢に入る事を承諾しようと思った時、隣に紫色の鎧が映った。
「アリソン王子、お待ちください。今回は私の不注意で、アメルシア王女が荷馬車に間違えて乗り込んでしまい、その中で貧血を起こして倒れていた事に気付く事が出来ませんでした……。アメルシア王女のお陰で死なずに済んだ者もおります。どうかお考え直しください」
騎士隊長グランデルだ。彼は出まかせをつらつらと述べ、アリソンに深々と頭を下げた。庇ってもらっているのだが、平気で嘘を吐くグランデルに若干違和感を覚えながらも、アメリーもアリソンに向かって頭を下げる。リィもつられて頭を下げた。
三人の脳天を見つめて怒りが少し収まったのか、アリソンは深く溜息を吐いた。
「……グランデルが言うなら、そうなんでしょう。分かりました。姉上、何度も言うけれど本当に無茶はしないでください」
「うん、ごめんね。アリ―」
アメリーが謝ると、アリソンは姉の額を軽く小突いて「今回はこれくらいで許してあげます」と言って微笑んだ。
そしてアメリーとリィ、アリソン、グランデルは詳細を話す為に場所を変える事にした。アリソンがよく使用している執務室へと入る。そこでグランデルはググ村の状況、死傷者、黒いフードの男について報告した。あまりに凄惨な報告に、アリソンは顔を青くさせたがグランデルに自分の意見を伝え、二人で情報を纏める。そしてアリソンが一番驚いた事はーー
「……男が魔物に変貌した!?」
人間が魔物に変わったという、有り得ない報告だ。グランデルは見ていないが、リィが実際に目撃したと聞いてアリソンは頭を抱えてふらつく。
「そ、そんな事例聞いた事がありません。……黒いフードの彼らには、私が想像するよりも重大な秘密を抱えていそうですね……」
それからアリソンとグランデルが意見を述べ合う。頭の回転の速いアリソンとグランデルの会話について行けないアメリーは聞くのを諦め、彼らの話が終わるのを待った。
彼等の話がひと段落着いたところで、アメリーは待っていましたと口を開いた。
「あ。それでアリ―にも伝えておきたいんだけど」
アメリーは二国の動向を探る為にグランデル達隊長が二手に分かれる事、そしてエンペスト帝国に自分が行く事を簡潔に伝える。勿論、心配性のアリソンが簡単に了承するはずもなく。
「はぁ!? エンペストにアメリーが行く!? そんな事許されるはずがないだろう!」
鬼のような形相で一蹴されてしまった。こうなる事は予想通りだ。だが、簡単に引き下がるわけにもいかない。
「でも私はもう見ているだけじゃ嫌なの。大丈夫だよ。私、マリアちゃんとは仲が良かったし、怪しまれないでしょ? 私、アリーやお父様を襲った人達が何者なのか知りたいの。だから、許して」
アメリーは自分の思いを弟にぶつける。自分の家族がこんなに危険な目に遭っているのに、城で待つだけなんて出来ない。女帝エンジュの一人娘であるマリアは、エンジュの疑いから逸らせる鍵になるかもしれない。エンジュと違い、マリアは明るく心優しい少女だ。彼女を味方につければ事態が上手く好転するはずだ。
アメリーとマリアの仲が良かった事はアリソンも重々承知だ。聡明な弟ならば、姉がどういう考えを持ってそう言ったのかすぐに理解する。しかし、アリソンは難しい表情で首を振る。
「……姉上が行くのは許せません」
「アリ―…!」
言い返そうと思ったが、彼の次の言葉は予想だにしないものだった。
「それなら僕も着いて行く! 僕だって城で黙って待っていられない!」
アリソンも同じ思いだったようだ。エメラルドグリーンの瞳には決意の色が込められている。それを聞いたアメリーは笑みを浮かべ、グランデルは困惑した表情を見せた。そしてリィは、嬉しそうに何度も頷いたのだった。
**
「――というわけで父上。私と姉上がエンペスト帝国へ行く事をお許し頂きたいのです」
謁見の間にはアメリー、リィ、アリソン、そしてグランデルを含めた騎士隊長が揃っていた。騎士を引退したマイクルもいる。
そんな中、国王リグルトに対し、アリソンはグランデルから受けた報告を簡潔に伝えた。ググ村の惨状、生き残った者、フードを纏った男達の話。魔物に変わった男の話。
彼等に襲われた事のあるリグルトは驚きの表情を見せた。そして、アリソンは彼らは先日自分を襲った男と同じ組織の者の可能性が高いという事も伝え、フードの男達の素性を明らかにする為には二国の動向を探るのが必須な為、人を派遣する事、最後に本題であるアメリーと自分がエンペスト帝国へ行くメリットを小難しく話してから提案した。
しかし、今までアメリーとアリソンが外へ出る事を渋っていた父親が簡単に許すはずもなく、渋い表情を見せる。
「しかし、お前達二人が行っては――」
「父上。私達はもう十代半ばです。もう子供ではないのです。この歳から経験を学ばなければ将来立派な王になれません」
「だが、エンペスト帝国は危険だ。エンジュ殿は気難しい方だ。もし彼女の逆鱗に触れる事があったら――」
「そうならない為に、まずは女帝殿の愛娘マリアを懐柔します。幸運な事に姉上が彼女と仲が良いです。マリアを理由にして会いに行けば、娘に弱い女帝殿の疑いは薄まるでしょう。勿論、私達だけではなく、他の隊長にも同行してもらいます」
そう言ってアリソンは後ろを振り返る。そこには騎士隊長グランデル、弓兵隊長イム、銃器兵隊長ガイア、そしてマイクルが整列している。
「エンペスト帝国には私、姉上、グランデルが行き、カリバン王国にはイム、ガイアが行く。そして城にはマイクルに残って貰います。それなら文句は無いでしょう?」
「……確かに、グランデルがいれば心強いが――」
王の顔に迷いが生じる。アメリーは黙って聞いていたが、その顔を見てもう一息だと思わず拳を握り締めた時だった。
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