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2 グルト王国にて
白髪の野心
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グルト王国の出国手続きを終えた馬車は、ゆっくりと国外への門をくぐっていく。グルト王国の警備はいつも厳戒体制で、出国手続きに時間を要する。例え、隣国の王子、王女であろうともだ。
門を出るとすぐに自然が生い茂る小道になる。二頭の馬が馬車を引くのどかな風景。そんな中――馬車の中で、乾いた音が響いた。
「センカ。お前、アメルシアに何も言っていないだろうな?」
馬車の中にいる白髪の男が、相向かいに座っていたスカイブルーの髪の女の頬を叩いた音だった。女――センカは叩かれた頬に触れ、藍色の瞳を潤ませている。よく見れば、彼女の身体は小刻みに震えていた。何も言わずに首を振るだけのセンカに苛立ちを覚えた白髪の男――オトギは妹の前髪を右手で掴むと、無理矢理顔を上げさせた。
「質問に答えろセンカ」
「い、言っていません…! オトギお兄様、やめて…!」
恐怖と苦痛で顔を歪める妹の表情をしばらく間近で見つめてから――兄はセンカの前髪をぞんざいに離した。
グルト王国での上品な立ち振る舞いは消え、椅子に深く腰掛け足を組むオトギ。その顔には歪んだ笑みを浮かべている。
「フン、まあ自分の身が可愛いお前には何も出来ないだろうからなあ。――センカ。…お前も、ナツメのようにはなりたくないだろう…?」
「……ヒッ」
オトギの言葉に、センカは顔を青くして大きく身体を震わせた。妹の怯える姿を堪能した兄は、口角を上げると自身の髪を触った。以前はセンカと同じスカイブルーの髪色であった。毛先の方はまだ髪色に名残がある。
「私の計画はもう少しで完成するんだ。邪魔をしたら許さないよ。――センカ。例えお前が妹だとしてもね。それはお前が一番良く分かっているだろう?」
「…は、はい」
「――それにしても。まさかグルト城で収穫があるとは思わなかった。あのリィという男…」
黒髪に、藍色の布で右目を隠した男。瞼で半分覆われた黒い瞳は鋭く、静かに敵意を剥き出した男――彼の顔を思い出し、オトギは美しい顔を歪めて笑った。
「あれがリィスクレウムの片目を持つ男か――! フフフ、ずっと、ずっと探していたぞ。リィスクレウム…!」
オトギはリィの正体を知っていた。グルト王国では緘口令が出されていたはずの秘密の情報を。
その時ーー突然馬車が大きな音を立てて止まった。気持ちよく笑っていたオトギは、すぐに怪訝な表情に戻り、「どうしました?」と馬を引く御者がいる方向に声を掛ける。
「あっ…申し訳ありませんオトギ様。道を一人の騎士が塞いでおりまして…」
「騎士?」
御者がか細い声で答える。オトギは眉間に皺を寄せ、後ろの馬車から護衛数名が降りて道を塞ぐ騎士の方向へ行くのを小窓から確認し、警戒をしながらゆっくりと扉を開いて降りる。護衛達は剣を抜き、一人の騎士に向けていた。対する騎士は、馬から降りてはいるが、剣を構える素振りもしない。白紫色の髪に、紫色の瞳を持つ男。見覚えのある姿に、オトギは作り物の笑みを貼り付けて二度手を叩いた。
「これはこれは…グランデル騎士隊長ではありませんか。こんな所でどうされたのです? お一人なのですか?」
グルト王国騎士隊長のグランデルは何も言わず、護衛の後ろにいるオトギを真っ直ぐに見据えている。アリソンはグランデルが不在だと言っていたが、何故ここにいるのかと考えるオトギだったが、ふと騎士の紫色の鎧にこびりつく赤い液体に気が付いた。
「……おや? その鎧に付着しているのは血液ですか? 何処か怪我でも? ……それとも、誰かの返り血ですか?」
グランデルは無表情のまま、ゆっくりと口を開き、ある言葉を紡ぐ。それを聞いたオトギは目を見開いたが、すぐに邪悪な笑みを浮かべた。
「フフフ…。貴方、それ本気で言っています?」
グランデルは何も答えなかったが、紫色の瞳は冷たく、陰りを見せていた。
門を出るとすぐに自然が生い茂る小道になる。二頭の馬が馬車を引くのどかな風景。そんな中――馬車の中で、乾いた音が響いた。
「センカ。お前、アメルシアに何も言っていないだろうな?」
馬車の中にいる白髪の男が、相向かいに座っていたスカイブルーの髪の女の頬を叩いた音だった。女――センカは叩かれた頬に触れ、藍色の瞳を潤ませている。よく見れば、彼女の身体は小刻みに震えていた。何も言わずに首を振るだけのセンカに苛立ちを覚えた白髪の男――オトギは妹の前髪を右手で掴むと、無理矢理顔を上げさせた。
「質問に答えろセンカ」
「い、言っていません…! オトギお兄様、やめて…!」
恐怖と苦痛で顔を歪める妹の表情をしばらく間近で見つめてから――兄はセンカの前髪をぞんざいに離した。
グルト王国での上品な立ち振る舞いは消え、椅子に深く腰掛け足を組むオトギ。その顔には歪んだ笑みを浮かべている。
「フン、まあ自分の身が可愛いお前には何も出来ないだろうからなあ。――センカ。…お前も、ナツメのようにはなりたくないだろう…?」
「……ヒッ」
オトギの言葉に、センカは顔を青くして大きく身体を震わせた。妹の怯える姿を堪能した兄は、口角を上げると自身の髪を触った。以前はセンカと同じスカイブルーの髪色であった。毛先の方はまだ髪色に名残がある。
「私の計画はもう少しで完成するんだ。邪魔をしたら許さないよ。――センカ。例えお前が妹だとしてもね。それはお前が一番良く分かっているだろう?」
「…は、はい」
「――それにしても。まさかグルト城で収穫があるとは思わなかった。あのリィという男…」
黒髪に、藍色の布で右目を隠した男。瞼で半分覆われた黒い瞳は鋭く、静かに敵意を剥き出した男――彼の顔を思い出し、オトギは美しい顔を歪めて笑った。
「あれがリィスクレウムの片目を持つ男か――! フフフ、ずっと、ずっと探していたぞ。リィスクレウム…!」
オトギはリィの正体を知っていた。グルト王国では緘口令が出されていたはずの秘密の情報を。
その時ーー突然馬車が大きな音を立てて止まった。気持ちよく笑っていたオトギは、すぐに怪訝な表情に戻り、「どうしました?」と馬を引く御者がいる方向に声を掛ける。
「あっ…申し訳ありませんオトギ様。道を一人の騎士が塞いでおりまして…」
「騎士?」
御者がか細い声で答える。オトギは眉間に皺を寄せ、後ろの馬車から護衛数名が降りて道を塞ぐ騎士の方向へ行くのを小窓から確認し、警戒をしながらゆっくりと扉を開いて降りる。護衛達は剣を抜き、一人の騎士に向けていた。対する騎士は、馬から降りてはいるが、剣を構える素振りもしない。白紫色の髪に、紫色の瞳を持つ男。見覚えのある姿に、オトギは作り物の笑みを貼り付けて二度手を叩いた。
「これはこれは…グランデル騎士隊長ではありませんか。こんな所でどうされたのです? お一人なのですか?」
グルト王国騎士隊長のグランデルは何も言わず、護衛の後ろにいるオトギを真っ直ぐに見据えている。アリソンはグランデルが不在だと言っていたが、何故ここにいるのかと考えるオトギだったが、ふと騎士の紫色の鎧にこびりつく赤い液体に気が付いた。
「……おや? その鎧に付着しているのは血液ですか? 何処か怪我でも? ……それとも、誰かの返り血ですか?」
グランデルは無表情のまま、ゆっくりと口を開き、ある言葉を紡ぐ。それを聞いたオトギは目を見開いたが、すぐに邪悪な笑みを浮かべた。
「フフフ…。貴方、それ本気で言っています?」
グランデルは何も答えなかったが、紫色の瞳は冷たく、陰りを見せていた。
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