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2 グルト王国にて
失われたはずの魔法
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謁見の間はリィがアリソンの命を救った日以来だ。リィとアメリーが中に入ると、既に国王リグルト、マイクル、グランデルの三名のみが二人を待ち受けていた。少人数だと謁見の間の広さが際立つ。リグルトは部屋の奥におり、その少し前にマイクルとグランデルが王を護るように立っていた。リグルトは二人の姿を見ると、目を細めて笑って手をひらひらと振ってみせた。
「やあ、リィ君。今日は突然呼び出してすまないね。アメルシアも来たのか。二人は本当に仲が良いな」
「別に構わない」
「久し振り、お父様。リィといると面白そうな事が尽きないから今日も付いて来ちゃった」
「はは。最近アメルシアが城を脱走しなくなったのはどうやら私の落とした雷ではなく、リィくんのお陰のようだな」
リグルトは柔和な笑みを浮かべる。彼にとってリィは娘と息子の命を救った恩人だ。表情からして、リィに対して信頼を寄せているのが分かる。しかし、国王の前に立つ騎士達はまだ彼を警戒している。騎士を引退したマイクルは口元に笑みを浮かべているものの、目はしっかりとリィを見つめている。グランデルは警戒心を隠すつもりはないらしく、口を真一文字に結んだままだ。
「それでは、リィ君。君の氷魔法を見せてもらっても良いかな? グランデル、彼に魔石を」
「はっ」
グランデルは王に一礼すると、リィの目の前に歩み寄り、彼に金色に輝く手の平サイズの魔石を手渡した。アメリーが持っている魔石より一回りは大きそうだ。受け取ったリィは眠そうな瞳でそれを見下ろした。
側にいたら危険だから離れてとグランデルに促されたアメリーは、部屋の隅へ移動する。謁見の間は水を打ったかのように静まり返る。グランデルが定位置に戻り、少ししてからリグルトは微笑んで「リィ君、始めてくれ」と言った。
リィは頷くと、手の平の魔石を握り締める。その瞬間――金色に輝いていた魔石は透明に変化する。それを見て、リグルトは目を見開かせた。そしてリィの周りには雪の結晶が舞い、辺りの温度が急激に下がる。白い息を吐きながらリィが魔石を持つ手を前に出す。すると彼の手の平の上に顔の大きさはありそうな綺麗な氷の結晶を出してみせた。
「これは見事な…!」
「…」
感嘆の声を上げるマイクルの隣で、無表情でリィを見つめるグランデル。アメリーは美しい魔法を見て、胸を高鳴らせた。そんな中、リィはその大きな結晶を軽く上へ投げる動作をすると、それはゆっくりと宙へと飛んでいき、天井に届くぐらいとところで、パッと弾けて氷が地上へと舞って行く。
「すごい、雪みたい!」
感動したアメリーは両手を上げて自分に落ちる氷を浴びながら嬉しそうに言う。グルト王国は四季があるものの、雪が降るくらいの寒さにはなかなかならない。それなので、雪を見る事自体が珍しい。人生で一度か二度くらいしか見た事の無い雪が謁見の間に舞い落ちている様を見て、アメリーは子供のようにはしゃいだ。
「…本当に君は氷魔法が使えるんだな」
リグルトは手の平で溶けて行く氷を見つめて呟く。氷魔法は五百年も前に途絶えたと言われているので、現国王もその魔法を目の当たりにするのは初めてだ。雪の結晶が全て床へ落ちると、冷気は無くなった。緑の絨毯は氷が溶けてじんわりと濡れている。
「この力で、アリソンの命を救ってくれたんだね?」
「…そう。氷の結晶で、殺意を撃った」
「ふむ。リィ君は赤ん坊の頃に魔物の森に棄てられた。…だから、両親の事も分からない」
「……そう」
リグルトは蓄えた顎髭を擦りながら眉間に皺を寄せて唸った。
「もし君の出生の秘密が分かれば、五百年前の違和感の正体に辿り着けそうなんだが――」
「…五百年前の違和感?」
部屋の隅からリィの隣へと移動している時に聞こえた父の声に、アメリーは首を傾げる。リグルトは微笑むと「気にしなくていい」とだけ言った。
「え、何それ気になる――」
「――国王陛下、そろそろ時間です」
好奇心からの問い掛けは、グランデルの言葉によって遮られた。騎士隊長の言葉に、リグルトは持っていた金色の懐中時計に目をやって「そうだな」と頷いた。
「リィ君、氷魔法を見せてくれてありがとう。それは間違いなくスノーダウン家が継承するはずだった氷魔法だ。何故魔物の森にいた君がそれを使えるのか――実に興味深い。私の方でも調べるが、リィ君も気付いた事があったら私やマイクル、グランデルにでも言ってみてくれ。…その魔石は君にあげよう。それで、アメルシアやアリソンを守ってくれ」
「分かった」
迷いなく頷いたリィに、リグルトは優しく微笑んだ。グルト王国の王は体格が良く目付きが鋭い為、初見だと怖い人だと認定されがちなのだが、見ず知らずで得体の知れない男にも慈悲を見せてしまうほど、心の優しい男だ。それは娘のアメリーもよく分かっていた。
リグルトはマイクルとグランデルを引き連れて謁見の間を出ようとする。――が、グランデルは途中で足を止めてアメリー達の方へ視線を向けた。
「…?」
グランデルの表情はいつもの凛々しいものだったが、何処となく顔色が悪いように見えた。彼は何か言いたげに口を開いたが、すぐに噤んでしまう。結局何も言わずにリグルトの後を追い、謁見の間を後にした。
「…何だったんだろうね、グランデル」
「……分からないけれど、何かに迷っていた」
観察力が鈍いアメリーでも、グランデルの様子がおかしい事に気が付いていた。いつも迷いの無い眼差しを持つ彼だというのに、最近は眉間に皺を寄せ難しい表情をしている事が多くなった。
「――確か、ググ村へ行ってからだよね」
数日前、グランデルはググ村へ訪問した。一晩泊まってから戻って来てから、グランデルは考え込んでいる場面が多くなった。ググ村の予言者であるシーラとは会えたのか聞きたかったのだが、彼は騎士隊長なので忙しい身。なかなか会話をする機会が無かった。
「何かが分かったのかな。リィも気になるよね」
「……うん」
「何だか分からない事だらけだね。リィが何で魔物の森にいたのか、右目の事とか、氷魔法の事とか…アリ―を殺そうとした人の正体も分かっていないし…」
考えれば考える程、分からない事は山積みで、アメリーは思わず頭を抱える。リィと一緒にいてもますます謎は深まるばかり。考えるのが苦手なアメリーが悩んでいるというのに、当の本人はぼうっと自分の手の平の魔石を眺めている。そんな姿を見ると、何だかこちらも力が抜けてしまう。彼は明らかに重要な秘密を抱えているというのに、それがどうでも良く思えてしまう。それくらい、彼の隣は居心地が良い。リィはまるで草原のようだ。淀みの無い風が吹き、穏やかな気候の下でさわさわと揺れる草原。
(リィはずっとここにいてくれるのかな)
ふと、考える。しばらくここにいていいと言われて城にいるが、もし彼に秘められた謎が解かれ、ここ以外の居場所が出来たとしたら――リィはきっとここを出て行くだろう。この城では時間に縛られ、窮屈に感じているだろうから。
リィがこの城から去る光景を思い浮かべ、アメリーの胸はなぜかチクリと痛んだ。
「やあ、リィ君。今日は突然呼び出してすまないね。アメルシアも来たのか。二人は本当に仲が良いな」
「別に構わない」
「久し振り、お父様。リィといると面白そうな事が尽きないから今日も付いて来ちゃった」
「はは。最近アメルシアが城を脱走しなくなったのはどうやら私の落とした雷ではなく、リィくんのお陰のようだな」
リグルトは柔和な笑みを浮かべる。彼にとってリィは娘と息子の命を救った恩人だ。表情からして、リィに対して信頼を寄せているのが分かる。しかし、国王の前に立つ騎士達はまだ彼を警戒している。騎士を引退したマイクルは口元に笑みを浮かべているものの、目はしっかりとリィを見つめている。グランデルは警戒心を隠すつもりはないらしく、口を真一文字に結んだままだ。
「それでは、リィ君。君の氷魔法を見せてもらっても良いかな? グランデル、彼に魔石を」
「はっ」
グランデルは王に一礼すると、リィの目の前に歩み寄り、彼に金色に輝く手の平サイズの魔石を手渡した。アメリーが持っている魔石より一回りは大きそうだ。受け取ったリィは眠そうな瞳でそれを見下ろした。
側にいたら危険だから離れてとグランデルに促されたアメリーは、部屋の隅へ移動する。謁見の間は水を打ったかのように静まり返る。グランデルが定位置に戻り、少ししてからリグルトは微笑んで「リィ君、始めてくれ」と言った。
リィは頷くと、手の平の魔石を握り締める。その瞬間――金色に輝いていた魔石は透明に変化する。それを見て、リグルトは目を見開かせた。そしてリィの周りには雪の結晶が舞い、辺りの温度が急激に下がる。白い息を吐きながらリィが魔石を持つ手を前に出す。すると彼の手の平の上に顔の大きさはありそうな綺麗な氷の結晶を出してみせた。
「これは見事な…!」
「…」
感嘆の声を上げるマイクルの隣で、無表情でリィを見つめるグランデル。アメリーは美しい魔法を見て、胸を高鳴らせた。そんな中、リィはその大きな結晶を軽く上へ投げる動作をすると、それはゆっくりと宙へと飛んでいき、天井に届くぐらいとところで、パッと弾けて氷が地上へと舞って行く。
「すごい、雪みたい!」
感動したアメリーは両手を上げて自分に落ちる氷を浴びながら嬉しそうに言う。グルト王国は四季があるものの、雪が降るくらいの寒さにはなかなかならない。それなので、雪を見る事自体が珍しい。人生で一度か二度くらいしか見た事の無い雪が謁見の間に舞い落ちている様を見て、アメリーは子供のようにはしゃいだ。
「…本当に君は氷魔法が使えるんだな」
リグルトは手の平で溶けて行く氷を見つめて呟く。氷魔法は五百年も前に途絶えたと言われているので、現国王もその魔法を目の当たりにするのは初めてだ。雪の結晶が全て床へ落ちると、冷気は無くなった。緑の絨毯は氷が溶けてじんわりと濡れている。
「この力で、アリソンの命を救ってくれたんだね?」
「…そう。氷の結晶で、殺意を撃った」
「ふむ。リィ君は赤ん坊の頃に魔物の森に棄てられた。…だから、両親の事も分からない」
「……そう」
リグルトは蓄えた顎髭を擦りながら眉間に皺を寄せて唸った。
「もし君の出生の秘密が分かれば、五百年前の違和感の正体に辿り着けそうなんだが――」
「…五百年前の違和感?」
部屋の隅からリィの隣へと移動している時に聞こえた父の声に、アメリーは首を傾げる。リグルトは微笑むと「気にしなくていい」とだけ言った。
「え、何それ気になる――」
「――国王陛下、そろそろ時間です」
好奇心からの問い掛けは、グランデルの言葉によって遮られた。騎士隊長の言葉に、リグルトは持っていた金色の懐中時計に目をやって「そうだな」と頷いた。
「リィ君、氷魔法を見せてくれてありがとう。それは間違いなくスノーダウン家が継承するはずだった氷魔法だ。何故魔物の森にいた君がそれを使えるのか――実に興味深い。私の方でも調べるが、リィ君も気付いた事があったら私やマイクル、グランデルにでも言ってみてくれ。…その魔石は君にあげよう。それで、アメルシアやアリソンを守ってくれ」
「分かった」
迷いなく頷いたリィに、リグルトは優しく微笑んだ。グルト王国の王は体格が良く目付きが鋭い為、初見だと怖い人だと認定されがちなのだが、見ず知らずで得体の知れない男にも慈悲を見せてしまうほど、心の優しい男だ。それは娘のアメリーもよく分かっていた。
リグルトはマイクルとグランデルを引き連れて謁見の間を出ようとする。――が、グランデルは途中で足を止めてアメリー達の方へ視線を向けた。
「…?」
グランデルの表情はいつもの凛々しいものだったが、何処となく顔色が悪いように見えた。彼は何か言いたげに口を開いたが、すぐに噤んでしまう。結局何も言わずにリグルトの後を追い、謁見の間を後にした。
「…何だったんだろうね、グランデル」
「……分からないけれど、何かに迷っていた」
観察力が鈍いアメリーでも、グランデルの様子がおかしい事に気が付いていた。いつも迷いの無い眼差しを持つ彼だというのに、最近は眉間に皺を寄せ難しい表情をしている事が多くなった。
「――確か、ググ村へ行ってからだよね」
数日前、グランデルはググ村へ訪問した。一晩泊まってから戻って来てから、グランデルは考え込んでいる場面が多くなった。ググ村の予言者であるシーラとは会えたのか聞きたかったのだが、彼は騎士隊長なので忙しい身。なかなか会話をする機会が無かった。
「何かが分かったのかな。リィも気になるよね」
「……うん」
「何だか分からない事だらけだね。リィが何で魔物の森にいたのか、右目の事とか、氷魔法の事とか…アリ―を殺そうとした人の正体も分かっていないし…」
考えれば考える程、分からない事は山積みで、アメリーは思わず頭を抱える。リィと一緒にいてもますます謎は深まるばかり。考えるのが苦手なアメリーが悩んでいるというのに、当の本人はぼうっと自分の手の平の魔石を眺めている。そんな姿を見ると、何だかこちらも力が抜けてしまう。彼は明らかに重要な秘密を抱えているというのに、それがどうでも良く思えてしまう。それくらい、彼の隣は居心地が良い。リィはまるで草原のようだ。淀みの無い風が吹き、穏やかな気候の下でさわさわと揺れる草原。
(リィはずっとここにいてくれるのかな)
ふと、考える。しばらくここにいていいと言われて城にいるが、もし彼に秘められた謎が解かれ、ここ以外の居場所が出来たとしたら――リィはきっとここを出て行くだろう。この城では時間に縛られ、窮屈に感じているだろうから。
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