14 / 139
1 お転婆王女と魔獣の青年
牢を出て
しおりを挟むリィが刺客を撃ってから少しして、看守が慌てた様子でアメリー達の元へやって来た。この囚人を捕らえる監獄所から、銃弾が放たれたとの事。ここへ囚われる前に身体検査をして凶器になりそうなものは全て取り上げられる。リィも双剣と弓は没収されていた(アメリーは王女なので、身体検査は全くされていなかった)。それなのに、銃が放たれたというのは、自身の見落としによる失態になりかねないと看守は気が気では無さそうだった。
「俺が撃った」
そんな中、リィは少しも隠さずにそう白状した。
「ええ!? そんな、だって身体検査はきちんとして――!」
「この魔石を使って、殺意を撃った」
「えええ!? 何で魔石を持っている!? そして何で使える!!?」
看守はパニック状態だった。そんな彼に、アメリーが簡単に説明する。魔石は自分が隠し持っていた物で、アリソンへの殺意を感じ取ったリィが、魔石を使って刺客を撃った事を。あまりに理解しがたい真実に、看守は思わずよろけてしまう。
「そ、そんな…! では、あれはアリソン様を護る為に――!」
「…貴方が、リィスクレウムの瞳を持つ方ですか」
あわあわと騒ぐ看守の後ろから、しゃがれた声が聞こえた。アメリー達が一斉にそちらに目を向けると、そこには白髪をオールバックにし、青銅色の鎧を纏った老齢の男が立っていた。看守はその男に慌てて敬礼をする。見知った顔に、アメリーは思わず檻にしがみついた。
「マイクル!」
「おはようございます、アメルシア王女。まさか本当に囚われているとは…」
マイクルは苦笑して牢の中の王女を見た。皺が刻まれた表情には優しさが滲み出ていて、人の良い老人という雰囲気だが、ピンと伸びた背筋は元騎士隊長であった名残のように見える。彼はアリソンに剣を教えていた。その彼の隣に、弟の姿は無い。エメラルド色の瞳をせわしなく動かしながら、アメリーは焦燥の色を浮かべた。
「アリ―は!? 無事なの!?」
「アリソン様はご無事です。しかし、目の前で人が死んだ事、そしてご自身の命を狙われた事に大変ショックを受けており、今はご自分の部屋にて静養しております」
「そっか…」
無事で良かった、と同時に弟が精神的ショックを受けてしまった事に心を痛めるアメリー。アリソンは大人びているが、中身はまだ14歳の少年。ここから出たら弟に会いに行かなければと心に決めた。
「…さて、話は戻りますが、リィと言いましたかな。貴方は魔物の森に住んでいて、リィスクレウムの瞳を持っていると」
「……そう」
檻越しからマイクルを見つめながら、リィは頷いた。氷魔法で刺客を射抜いた時は金色の瞳を晒していたが、今は布を巻き直して眠そうな左目が覗いている。
「先程聞こえてきた会話によると、貴方は魔法も使えるそうですが……何故です?」
「分からない。俺には父も母もいない。でも、魔石は知っている。多分、赤ん坊の頃に見た事があるような気がする」
「マイクル! しかもリィは氷魔法を使ったんだよ!」
途中で割って入ったアメリーの言葉に、マイクルは目を見開いた。そして顎に手を添え、考える素振りを見せる。
「ふむ…。リィスクレウムの瞳を持ち、”失われた魔法”を使う男、ですか。これは予想以上にとんでもない存在ですね」
眠そうな男は不思議そうに首を傾げた。自分の存在がいかに異端である事も理解していなさそうだ。その男の隣には、がたいが良いが不安げに表情を曇らせる村人の姿。マイクルは彼らに笑みを見せてから、看守に顔を向ける。
「…昼頃に、国王が戻られる。それまで、別室で待機してもらおう」
「ま、マイクル様! しかし、この男達はアメルシア王女誘拐の罪で捕らえていて――!」
「アメルシア王女とアリソン王子のお命を救ったのは確かだ。命の恩人に、そんな真似は出来ない。責任は私が取る。だから、この方々を牢屋から出しなさい」
元騎士隊長にそう言われてしまうと、看守は反論出来なくなってしまう。牢から出す事を了承すると、看守はアメリーとリィ、オウルの牢の鍵を開けた。自由の身となった三人は一斉に牢から出る(ぼうっとしていたリィはオウルに引っ張られながら出た)。アメリーは笑顔でマイクルに抱き付いた。
「ありがとう、マイクル!」
「いいえ。礼には及びません。――しかし、アメルシア王女。彼はどうやら思っている以上に異質な存在かもしれませんな」
そう言われ、アメリーはマイクルから離れて笑みを消す。リィはリィスクレウムの生まれ変わりと言われている。その男が――この王国、スノーダウン家が継承出来なかった氷魔法を使えたという事実。『グルト王国から失われた魔法』――それが、氷魔法。
この世界から消えたはずの魔法を、魔物の森にいた青年が使えた。これは、一体どういう事なのだろうか。アメリーはリィの顔を見上げる。彼はいつも通り眠そうで、何処か他人事のようにしていた。
***
リィとオウルは別室へと案内され、アメリーは自室へと戻るよう促されたが、弟の事が心配で、彼の部屋の前へと来ていた。アリソンの部屋の前には何人もの給仕が揃っており、彼は誰とも会いたくないと言っていると言われたが、アメリーはそれを無視して無理矢理入室した。
「アリ―!」
弟はベッドの中で怯えた様子――ではなく。アリソンは鏡台の前に立ち、身だしなみを整えていた。鏡越しで姉の姿を見て、「ああ、姉上ですか」と他人行儀にそう言った。
「まだ私は姉上を解放するよう命じていないはずですが。――ああ、マイクルの指示ですね。全く、あの人は本当に姉上に甘いですね」
「アリ―、聞いたよ。刺客に襲われたって。――怪我が無くて良かった」
その言葉に、アリソンの肩が僅かにピクリと動いたのを、アメリーは見逃さなかった。姉はゆっくりと弟に歩み寄る。今、この部屋には姉弟二人しかいないというのに、アリソンは取り繕っている。その意味が何を差しているのかは、アメリーは理解していた。
「ねえ、アリ―。無理をしなくていいんだよ。しばらく休んでいないと」
「いいえ、駄目です。今日は父上が戻られます。きちんと出迎えなければなりません。例え、命を狙われて…目の前で誰かが死んだのを見たにしても……それくらいで、王になる私が動揺してはいけないのです」
そう言う弟はエメラルドグリーンの瞳で自身の姿を鏡で真っ直ぐ見据えている。一見強く見えるが、肩は僅かに震えている。姉は知っている。姉弟しかいないのに言葉が堅いままなのは、本心を隠そうとしている時だ。アメリーはその背中を優しく抱き締めた。
「な、何をするのです姉上! いい加減子供扱いしないでと――!」
「無理しないでアリ―。私と二人の時は、強がらなくていいんだよ」
「つ、強がってなど…! 私は強くならなければいけないのです! これしきの事、私は怖くもありません!」
「私には分かる。だってアリ―のお姉ちゃんだもん。無理に背伸びしないで。私には弱さを見せても大丈夫だよ。アリ―、怖かったね」
「……」
姉の優しい言葉に、嫌がっていた弟の動きがピタリと止まる。それから少しして――アリソンの瞳から、一筋の涙が零れたのが鏡越しから見えた。
「……こ、怖かった。僕が死んでいたかもしれない、と思って……血を流す死体を見て……ぼ、僕がああなっていたかもしれないと思ったら――震えが止まらなくて」
「ごめんね、側にいてあげられなくて。無事で、本当に良かった」
途端にアリソンの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。彼はくるりと振り返ると、アメリーにしがみつくように抱き付いた。そして姉の胸の中で、声を上げて泣いた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る
伽羅
ファンタジー
三つ子で生まれた銀狐の獣人シリル。一人だけ体が小さく人型に変化しても赤ん坊のままだった。
それでも親子で仲良く暮らしていた獣人の里が人間に襲撃される。
兄達を助ける為に囮になったシリルは逃げる途中で崖から川に転落して流されてしまう。
何とか一命を取り留めたシリルは家族を探す旅に出るのだった…。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ビジネス トリップ ファンタジー[ 完結]
秋雨薫
ファンタジー
部長に命令された出張の行き先は……ミレジカという異世界だった。
玩具メーカーのDREAM MAKERに勤めて二年目の柊燈(ひいらぎあかり)
出張先は魔法使い、獣人、喋る花、妖精などが住むファンタジーな異世界。
燈は会社の為に創造力を養おうと奮闘するが、ミレジカの不可思議な事件に巻き込まれていくー
2020.2.21 完結しました!
短編更新予定です!
おこもり魔王の子守り人
曇天
ファンタジー
現代世界がわかれていた異世界と一つに戻ったことで、普通の高校生だった小森見 守《こもりみ まもる》は生活のため冒険者となる。 そして世界が一つになったとき現れた異世界の少女アディエルエと知り合い、アディエルエのオタク趣味に付き合わさせられる日常を過ごしていく。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
世界(ところ)、異(かわ)れば片魔神
緋野 真人
ファンタジー
脳出血を発症し、右半身に著しい麻痺障害を負った男、山納公太(やまのこうた)。
彼はある日――やたらと精巧なエルフのコスプレ(?)をした外国人女性(?)と出会う。
自らを異世界の人間だと称し、同時に魔法と称して不可思議な術を彼に見せたその女性――ミレーヌが言うには、その異世界は絶大な魔力を誇る魔神の蹂躙に因り、存亡の危機に瀕しており、その魔神を封印するには、依り代に適合する人間が必要……その者を探し求め、彼女は次元を超えてやって来たらしい。
そして、彼女は公太がその適合者であるとも言い、魔神をその身に宿せば――身体障害の憂き目からも解放される可能性がある事を告げ、同時にその異世界を滅亡を防いだ英雄として、彼に一国相当の領地まで与えるという、実にWinWinな誘いに彼の答えは……
※『小説家になろう』さんにて、2018年に発表した作品を再構成したモノであり、カクヨムさんで現在連載中の作品を転載したモノです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる