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1 お転婆王女と魔獣の青年
憤怒のアリソン
しおりを挟む城に辿り着くと、給仕達が一斉に現れ、アメリーの無事を涙ながらに喜んだ。いつも城から脱出して帰って来るよりも、熱烈な歓迎だ。恐らく、彼女らにもアメリーが誘拐された事が知られたのだろう。流石のアメリーも罪悪感を抱いた。
血まみれの服装だったので、入浴して着替えようと給仕達に促される。アメリーはされるがまま連れられたのだが、リィとオウルは乱暴に扱われ、何処かへ連れられてしまった。城の牢に繋がれてしまうのだろうか、と彼らの無事を祈りながら、アメリーは複雑な気持ちで入浴し、用意されていたゆったりとした白いワンピースに着替えた。
少ししたらアリソンが来ると告げられ、アメリーは渋々自室へと戻った。給仕達の働きのお陰で、がさつなアメリーの部屋は今日も綺麗だ。皺一つないベッドの上にダイブする。
軽い気持ちで出掛けたはずなのに、気が付けば大事になっていた。魔獣の眼を持つ青年リィを魔物の森から出し、グルト王国に彼の存在を知らせる為に王族誘拐計画を企てたオウル。その結果、リィとオウルは城へ囚われる事となってしまった。オウルはリィをアメリーに託してそのまま連れて行ってもらう予定だったが、グランデルにいち早く気付かれてしまい、計画は失敗となって終わってしまった。
「…リィは森から出られたわけだけど、囚われたんじゃ意味無いよね…?」
村人に殺され続け、魔物の森に棄てられたリィ。その将来を哀れんだオウルがグルト王国に保護される為に望んだ行動だったが、城の牢に囚われたのでは意味が無い。どうにかして彼らを救えないか、と誘拐された張本人アメリーは考える。リィはぼんやりとした青年だが、見ず知らずのアメリーを、身を呈して助けてくれた。オウルだって悪い人には見えない。
どうすればいいのだろう、とベッドの上で悩んでいると、自室の扉がノック無しに開け放たれた。アメリーは何事かと身体を起こす。扉の前に立っていたのは、肩を大きく上下させ、怒りの表情を浮かべた弟、アリソンだった。
「アメリー…!!」
「アリ―…」
ご立腹の様子の弟に、アメリーはベッドから降りて苦笑しながら出迎えた。アリソンは大股で近寄ると、姉の顔前に人差し指を突き付けた。
「全くアメリーは何て事をしてくれたんだ!! 僕を眠らせて拘束するなんて、姉でもやってはならない事だぞ!!」
「ごめん、アリ―。今回は軽率だったよ」
「誘拐されたそうじゃないか! 馬鹿な事をしなければアメリーがそんな危険な目に遭う事なかったのに!」
この部屋の中には姉弟二人なので、アリソンの口調は普段のものになっている。今回のアリソンの怒りは城から脱走した時とは比べ物にならないくらいに大きかった。アメリーも反論する気にはなれなかった。もし、アメリーがググ村へ行く事を企てなければ、攫われて魔物の森に行くのはアリソンだったはずだから――そこまで考えて、はたと気づく。
「あ、やっぱり私が行って良かったかも。もし、アリ―がそのまま行っていたら、誘拐されていたのはアリ―だったもんね」
アメリーは運良くリィに会えて助けてもらったが、アリソンだった場合もそうなったとは確信出来ない。下手すれば弟の命が危ぶまれていたかもしれない。そう思ったアメリーはストレートに言葉にする。
姉の心からの言葉に、アリソンはピタリと動きを止め、唇を震わせて俯いた。もしや軽率な言い方だったかと思ったアメリーだったが、顔を上げた弟の表情にギョッとする。
アリソンはエメラルドグリーンの瞳から、大粒の涙を零していた。
「…アメリーの馬鹿ああ!! こっちの心配も知らないでええ!!」
反対を言えば、アメリーも下手すれば命を失っていたかもしれない。リィが助けに来るのが一瞬でも遅れていたら、魔物の餌になっていた。その心配を、弟にかけてしまったのだ。涙を手で乱暴に拭う姿は、まだ幼さの抜け切れていない少年そのものだ。アメリーは慌てて弟をあやすように頭を撫でた。
「ごめん、アリ―」
「もう、無茶をしないでよ。お願いだから」
小言の多いアリソンだが、それはアメリーの身を案じての事。端から見れば仲の悪い姉弟に見えるが、本当はお互いを思い合っている。睡眠薬を盛られたとしても、その気持ちは変わらない。アメリーは頭を撫でて弟が泣き止むのを待った。
しばらくして、泣き止んだアリソンの目と鼻は真っ赤で、白い肌では余計に目立って見えた。弟が落ち着いた事を確認したアメリーは、ベッドに腰掛けて話を切り出す。
「私リィに助けてもらったんだよ。彼には会った?」
「…会ったよ。びっくりした。本当に伝承通りの金色の瞳だ。まるで蛇のようだ。でも、リィがとてもマイペースで、とてもリィスクレウムの生まれ変わりだとは思えないけれど…」
鼻をかみながら、アリソンが答える。どうやらリィと言葉を交わしたようだ。彼と放せば、あまりの緩さに脱力してしまった事だろう。
「ググ村の者達が彼を魔物の森に閉じ込めていたようだが――何故彼の存在を隠していたか、一緒にいた村人に尋ねたが、顔を青くするだけで何も言わない。それにしても、秘密にしていたとはいえ、ここまで情報が来ないのも不思議だ。…誰かが裏で情報を揉み消していたとしか思えない――」
傍目で見れば、リィは普通の青年だ。本当にリィスクレウムの生まれ変わりであるとしたら、ググ村の者達はグルト王国に報告をするはず。彼には、何か秘密が隠されているのだろうか。彼の存在を外の者に知られたら大騒動になるだろう。ここは慎重に行動しないと、と聡明なアリソンは考えた。
「リィ達は今何処に?」
「城の牢に閉じ込めている。王女の誘拐教唆は大罪だ。僕はあのリィって男の素性が気になっているが、父上に判断は任せる。父上がどういう判断をするかは分からないけれど、下手したら死罪かもね」
「そ、そんな! ねえアリ―! リィは私を魔物から守ってくれたんだよ! 誘拐だって言われているけど、それにはちゃんとした理由があって――!」
アメリーはベッドから腰を離してアリソンに詰め寄る。正直アリソンには、父親がリィを簡単に死罪にするとは思えなかった。そして、自分を誘拐した者達だというのに、彼らを庇っている事はグランデルから聞いた。なので、今の言葉はアメリーの注意を引きつける為に言ったもの。アリソンはにこりと微笑むと、姉の右手を手に取り――その手首に、手錠を掛けた。
「な、何これアリ―」
「姉上、今回の事は流石に小言だけでは済まされません。あなたには一晩牢に泊まって反省してもらいます」
「え! 何それ!」
反対の手首にも手錠を掛け、アリソンは突然他人行儀になり説明する。弟がそんな事をするとは思ってもいなかったアメリーはギョッと目を見張った。手錠が両手首に掛かったと同時に、ドアの向こうから数人の従者が現れ、アメリーの周りに立つ。その者達全員が申し訳無さそうな表情をしている。
「私を拘束した罪は、例え姉上といえど、軽くはありません。一晩で罪を帳消しにするのです。悪くない話でしょう?」
「そ、そんなアリ―!」
「冷たい牢屋の中で頭を冷やせ、アメリー!」
こうしてアメリーは王子アリソンを拘束した罪として、一晩牢屋で過ごす事を告げられたのだった。
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