金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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1 お転婆王女と魔獣の青年

村の異変

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 事の顛末を全て聞きだしたグランデルは片手で顔を覆った。

「――つまり、夜にアリソン様の部屋に忍び込み、睡眠薬を飲ませて、アリソン様に変装をした、と」
「あ、あはは。まさかこんなにうまくいくとは思わなかったけど…」

 アメリーの外へ行きたいという思いはグランデルもよく知っていた。しかし、まさか王子に成り代わってまで外出をしようとは、さすがの騎士隊長も思わなかった。同行している騎士達もざわめいている。王子では無い人を連れて来てしまったのは、不測の事態だ。あと数分でググ村へ着くが、彼のするべき行動は決まっている。グランデルは手綱を引くと、馬に来た道を引き返すよう促す。

「…戻りましょう」
「だ、駄目だよグランデル! もう少しでググ村に着くんでしょ? 今から戻ったらググ村に加護石渡せる日が伸びちゃうよ?」

 アメリーが焦った様子でグランデルを振り返る。しかし、彼の気持ちは変わらない。グランデルは表情を険しくさせて首を左右に振った。

「致し方ありません。ここにはアリソン様が来るべきです」
「で、でも――!」

 せっかくここまで来たのに。――もう少しで、ググ村に行けたというのに。そんな思いからアメリーが反論しようとした時だった。

「ああ! あんたらグルト王国の遣いか!?」

 突然林の中から一人の男が現れた。グランデルは瞬時に王女を庇うように彼女の身体を引き寄せたが、男の身なりを見て、すぐに警戒を解いた。
 歳はグランデルと同じくらいだろうか。藍色の短髪に無精ひげの目立つ男だ。藍色で染められた服は、行き先の村人達が好む染色。――つまり、彼はググ村の男だった。男は汗だくで、身体のあちこちに切り傷があるところを見ると、焦って道無き道を進み、その途中で葉によって切れてしまったのだろう。男の様子は尋常では無かった。

「あなたは――ググ村の方ですね。何度かお会いした事が――」
「た、助けてくれ! 魔物が村に入り込んでしまったんだ!」

 そして、彼の告げた言葉は、その場にいた者たちを驚愕させるのに充分だった。

「! …すぐに行きましょう。アメルシア王女はここで待機していてください。君、王女の護衛を頼む」
「はっ」

 グランデルはアメリーを自分の馬から降ろすと、一人に王女の護衛を、残りの三人は共に村へ行くよう迅速に命令する。

「私も――!」
「いけません。魔物は危険なのです。村人が心配なのは分かりますが、私が魔物を殲滅してきます。それまでここでお待ちください」

 ここ近辺に発生している魔物は、何故かあの魔物の森にしか寄りつかない。この林道から距離は遠くないのだが、ここで魔物が出現したという情報は無い。それを見越してのグランデルの判断だ。このままググ村へ行くより、ここで待機している方が安全だ。さすがのアメリーも理解したのか、唇を噛み締めてから軽く頷いた。

「…グランデル、皆、気を付けて」

 アメリーがそう言うと、グランデルは微笑んでから馬を走らせた。その背中を、アメリーと騎士、村人は見えなくなるまで見送る。アメリーは妙な胸騒ぎを覚えていた。加護石の効力は、まだ消えていないはずだ。まさか、加護石の力が効かない魔物がいるのだろうか、と鞄を持つ手に力が入る。
 アメリーは城下町の外へ出た事が無かったので、魔物がどういう姿をしているのかは、書物の挿絵でしか見た事がない。獣のような四足歩行もいれば、鳥のような姿の魔物もいる。全てにおいて共通しているのはおぞましい姿だという事。
 グランデル騎士隊長の力量を疑っているわけではないが、魔物の生態は現段階で謎に包まれている。そんな相手と闘って無事でいられるのかと酷く不安だった。しかし、このまま黙ってグランデルの帰りを待っていられない。何故加護石の効力が消えてしまったのか、少しでも情報を得なければ。そう思い、アメリーが村人に視線を送り――目を疑った。
 何故なら、村人は下馬していた騎士の目を盗み、馬に飛び乗っていたからだ。突然飛び乗られた馬は驚いた様子で嘶き、前足を高く上げた。馬を盗まれた事に気が付いた騎士が慌てて奪い返そうと手綱に手を伸ばしたが、村人に足蹴りされてしまい、その場に尻餅をついてしまう。
 村人はそのまま馬を走らせ、呆然と突っ立っているアメリーの腰をすれ違い様に片腕で掴んだ。その勢いで一瞬息が詰まったが、視界がぐるりと変わり、馬の立派な足が地を蹴っているのが見えた。どうやらアメリーはうつ伏せに馬に乗せられたようだ。村人が彼女の背中を片手で押えこんでいる。アメリーを支えるのは村人の片手だけなので、頭と両腕、両脚は宙ぶらりんの状態だった。

「きゃ―――!!」
「あ、アメルシア王女!」

 自分が連れ去られたのだと気が付いたアメリーは絶叫した。そんな中、騎士のうろたえた声が微かに聞こえた。
 乗馬している時とは全く違う、激しい揺れがアメリーを襲う。胃の中が逆流するような感覚を必死に耐え、アメリーは顔を上げた。

「ちょ、ちょっと下ろしてよ!」
「あんた、王族だな? 今日は王子が来ると聞いていたが…まあいい。黙って連れ去られろ」
「そんな事、出来るわけないじゃない!」

 村人は林道では無く、林の中を無理矢理突っ切っていた。いつもの露出の多い服装だったら、木の葉や枝によって健康的な肌に切り傷が付いてしまっただろう。しかし、今回は白いローブを羽織り、アリソンの服を拝借している為、その心配はいらなかった。
 連れ去られた後、どうなるか分からない状態だが、アメリーは冷静だった。自由奔放な彼女ではあるが、れっきとした王族の一人。アリソンの服の下に隠されていた金色の宝石の付いたブレスレットの感触を確かめる。きちんと装着されている事を確認して、アメリーの口元は弧を描いた。

「ねえ! 私を攫ってどうするつもり!?」
「…着けば分かる」

 念の為、要求を聞いてみたが、村人は理由を話さず馬を走らせる。何か理由はありそうだが、そう易々と誘拐されるわけにはいかない。そろそろ止まらないと胃の中身が放出されそうな事もあり、アメリーはブレスレットの宝石を掴むと、馬に跨る男の太股にそれを押し付けた。
 その瞬間――バチンッという電流の走る音が辺りに響く。

「!?」

 その音と共に男の全身に電流が駆け巡った。男の目が上を向き、意識を失う。そのまま身体が大きく揺れ、力無く落馬してしまった。男によって押えられていたアメリーも一緒に落馬してしまったのだが、運良く男がクッションになってくれた為、怪我は無かった。
 電流は馬にも届いたようで、その刺激に驚き、大きく嘶くと森の奥まで走り去ってしまった。

「いたたた…。護身用に持ってきておいて良かった」

 白目を剥いて気絶する男の上で、頭を押えながらゆっくりと起き上がるアメリー。その手には金色の宝石が握られている。
 彼女の持っている宝石は魔石。つまり、加護石と同じで魔力が込められた石である。王族により、使用出来る魔法が限られているのだが、スノーダウン家が継承している魔法は雷。王女であるアメリーも雷魔法が使える。
 しかし、彼女の魔力はさほど強くないので、魔石を使って自分の魔力を増強する事が出来る。念の為と持ってきておいて正解だった。アメリーは胸を撫で下ろす。――しかし。

「……ここ何処?」

 馬に振り落とされた場所は、先程まで通っていた林道とは雰囲気が違った。木々が鬱蒼としており、薄暗い。時折獣のような鳴き声が聞こえる。木をよく見れば、何かに切り裂かれたような傷跡が生々しく残っている。外なのに、息苦しい。木の葉がざわざわと揺れる様が生物のようで気味が悪い。アメリーは身震いをした。

「もしかして――魔物の、森?」

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