金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫

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1 お転婆王女と魔獣の青年

ググ村へ

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 翌日。アリソンがグルト王国代表としてググ村へ出発する日。天気は雲一つ無い快晴だ。王子に同行する騎士達は、既に城前に集合し、グランデルの指示を聞いている。今回は少人数で行動する為、グランデル合わせて五人の騎士が同行する。
そして、迎えを任された一人の従者がアリソンの自室の扉を叩いた。

「アリソン様、そろそろご出発の時刻です」

 しかし、アリソンが出てくる気配は無い。不思議に思った従者がもう一度扉を叩こうとした時だった。ゆっくりと扉が開かれて、アリソンが姿を現した。
 まだ成長期の来ていないアリソンは、歳の割にはまだ小柄だ。いつも小奇麗な服を着ているのだが、今日は何故か白いローブを羽織っており、頭がすっぽりと覆われている。意外な姿で出て来たので、従者は思わず彼の顔を覗き込んでしまったのだが、雪のように白い肌に、チラリと見えるエメラルドの瞳は間違いなくアリソンそのものである。

「どうかしたか」
「あ、いえ…」

 違和感を覚えたものの、王子の顔を凝視する事は出来ず、従者はアリソンを騎士の待つ城前へと案内した。
 現れたアリソンにいち早く気付いたグランデルは、直ぐ様彼に近付き、背筋を伸ばして一礼をする。

「アリソン様。本日ご同行させて頂きます、騎士隊長グランデルです。アリソン様の御身は私が護らせて頂きます」

 その後にグランデルの部下である騎士達が揃って一礼をすると、ローブの奥でアリソンのエメラルド色の瞳が輝く。

「あ、ありがとう、グランデル」
「アリソン様、こちらが加護石です。道中はアリソン様がお持ちください」

 そう言って、グランデルは上質な皮で作られた肩掛け鞄を差し出した。アリソンが中を覗いてみれば、そこには手の平サイズの小箱が一つだけ入っている。この中に、加護石が入っている。石だけでは効力が無いのだが、それぞれの町や村に台座が設置されており、それに乗せると加護の力を発揮する事が出来る。アリソンは鞄を肩に掛けた。

「それではアリソン様。私の馬へ。私が手綱を引かせて頂きます」
「馬!! …あ、ああ。ありがとう。助かるよ」
「……?」

 一瞬、アリソンが子供のようにはしゃいだので、グランデルは怪訝な表情を見せた。彼は十四歳で多感な時期だが、自分の立場を理解しており、子供のような振る舞いは滅多にしない。それに、アリソンは馬術を習っているので、乗馬は珍しくないはず。

「な、何だよグランデル。早く行くぞ」

 白いローブで身体を覆った王子は、グランデルの補助無しで馬に乗った。その鮮やかな所作はアリソンそのものだったので、騎士隊長は疑念を振り払って彼の後ろに跨った。

**

 城門を出ると、そこは広大な草原が広がっていた。グルト王国は緑豊かな国で、城下町を一歩出ると自然が生い茂っている。草原の中の小道を通り、ゆっくりと進んでいく。アリソンは馬の上で物珍しそうに辺りを見回した。
  馬の休憩の為に何度か村を訪れた。村長に事情を話し、馬の飲み水と食糧を分けてもらった。馬の食事を近くで見ながら、アリソンは近くの切り株に腰掛けた。

「ここの村に加護石はいらないの?」
「この村に加護石はありますよ。ググ村は魔物の森が近く、より強固な加護が必要なので、ここ近辺の村よりは定期的に行かなくてはならないのですよ」
「ふうん…」

 白いローブの下で、アリソンは足をブラブラと動かした。その行動に、グランデルは眉を潜めた。

 馬の休憩を終え、再びググ村を目指す一行。グランデルは目の前にいるアリソンの背中に目を向ける。白いローブを一切外そうとしない彼は、素直に騎士隊長の馬に乗っている。一度振り払った疑念が、アリソンと会話をする度に、行動を見る度に増えて行く。それを確かめる為に、グランデルは口を開いた。

「珍しいですね。アリソン様でしたら手綱は自分で引くと仰るかと思いましたが」
「外は危険だからな。グランデルに護ってもらいたいし」
「……」
「そろそろ着くか?」
「ええ。そろそろ村が見えてくる頃です」

 やはりおかしい、とグランデルは思う。次期国王の自覚を持つ彼は、騎士隊長にとっては護らなければならない存在なのだが、果たして彼がそんな事を口にした日はあったか。グランデルから剣術を学んだアリソンは、自身の身は自分で護る、そして部下である君達も護りたいと言っていた。

(そのアリソン様が、私に護ってもらいたいなどと――)

 決して脱がないローブ。たまに見せる子供のような姿。その様子はアリソンでは無く、むしろ――
 一つの仮説に辿り着いたグランデルは、林道に入ったところでわざとらしく声を上げた。

「あ。アリソン様、ローブに大きな虫が」
「えええええ!? 何処何処何処!!」

 その瞬間、アリソンは馬上でうろたえてローブの上から叩くように全身を触る。そしてその拍子に――フードが脱げ、アリソンの頭が露わになる。そこにあったのは鮮やかな金の髪。アリソンの髪色と違わない。しかし、彼には無いはずの長い髪が一つに束ねてある。
フードが取れて慌てて戻そうとしたアリソンではない者の手が自分の頬に掠り、白い肌から健康的な色が覗く。グランデルはその者の手首を掴んだ。王子とそっくりの顔をした誰かは、気まずそうに振り返る。
腰まである金の髪を一つに束ね、小麦色の肌をした、アリソンに似た顔立ちをした人物は一人しかいない。

「…アメルシア王女」

 グランデルは呆れた様子で、アリソン――ではなく、王女アメリーの名を呼んだ。もう誤魔化せないと悟ったアメリーは白粉が塗られた顔を白いローブで乱暴に拭い、気まずそうに笑った。アリソンが突然アメリーになったので、同行していた騎士達は動揺の声を上げる。

「何故ここに。本物のアリソン様はどうしたのです?」

背丈や顔、声色が似ているとはいえ、全く気が付かなかった自分に憤りを覚えながらも、グランデルは怒りを押し殺して王女に尋ねる。

「えっと…あはは」

 アメリーは乾いた笑みを見せてグランデルから視線を逸らした。

***

所変わってグルト城。出掛けたアリソンの自室をしようと、一人の給仕が入室する。彼女の名前はエマ。まだ仕えてから日が浅いのだが、今日は王子の部屋の掃除を任されてやる気に満ち溢れている。
王女アメリーと違い、弟アリソンは真面目が取り柄で礼儀の正しい少年だ。部屋も小奇麗にしており、それ程掃除する箇所も無い。だが、それでもきちんと綺麗にしなくては、とエマは掃除に取りかかろうとした。

「――あら?」

 雑巾に手を掛けたところで、ふとベッドに違和感がある事に気が付いた。王子にしてはそれ程大きくないベッドの上には、白い羽毛布団が掛けられたままなのだが、変に膨らみがある。下に毛布でも丸まってしまっているのだろうか、と何気なくエマが羽毛布団を捲った――その瞬間。

「キャ―――!あ、アリソン様―――!!!」

 エマは絶叫した。何故なら、そこには全身をロープでぐるぐる巻きにされたまま、健やかな表情で眠るアリソンの姿があったからだった――

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