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ひねくれ姫様

VS ドS眼鏡様

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 そして今日最後の休み時間になった。あと一限で授業は終わるので、皆もう放課後の事について話していたりしている。そんな中、一人溜め息を吐き続ける男がいた。


「あー……はー……ふー…」
「………」
「うー……むー……ぬー…」
「………」
「へー……ほー……ぐー…」
「………」
「……っておい如月!親友の俺がこんなにもため息をついているっていうのに完全スルーかよ!!」

 まあ、溜め息を吐いていたのは勿論俺である。俺が目の前に座る如月の肩を持つと、如月は面倒くさそうに振り返った。

「……ああ、ため息だったの?てっきり発声練習でもしているのかと思った」
「何でここで発声練習をおっ始めるよ!?ここは音楽室じゃねぇんだよ!ここは教室!!アーユーオーケー!?」
「ノーセンキュー」

 棒読みで返すと、如月は前を向いた。

「ぎ…ぎゃあああ!ごめんっ!俺が悪かったから俺の話を聞いておくれよ如月様―!!」

 俺が必死に如月の制服を掴むと、如月はまたこっちを振り返ってくれた。

「……何?どうせ日暮の事だろ?」
「そう!さすが親友!」

 俺は格好よく指を鳴らした。

「俺に任せりょって言った後、恥ずかしくて教室を出たけどすぐにチャイムがなって戻ってきたという恥をかきまくった笑君が、俺に何を相談したいんだ?」
「ぐはっ!何暴露しているんだ如月!そこら辺はあんまり触れなくてもいいじゃないかっ!言わなきゃ誰にもバレないっていうのに……!」

 これじゃあ格好よく指を鳴らした俺が滑稽に見えちゃうじゃないかっ!

「笑は最初から滑稽に見られているから気にしなくてもいいよ。それと別にこんな事暴露しても誰も何とも思わないよ。笑はもう既に数を数えられない程やらかしているから、これくらいの事、誰も何とも思わないだろうし」

 俺の失態をあっさりとバラした挙げ句、また思考を読みやがって……!え?俺達の言っている誰かって誰だって?……それは暗黙の了解だぜ!

「とりあえず相談させてくれ如月!」
「はいはい」

 如月はダルそうに頷いた。先程まですごく勢いのあった俺だったが、相談になった瞬間、あの事を思い出してしまい、テンションを下げて落ち込んだ。

「俺ってさ……日暮に対して、かなり喧嘩腰だったよね?」
「まぁ、ふざけんなとか言っていたしね。日暮も十中八九喧嘩を売られたと思っただろうね」
「…だよなぁ」

 俺はへなへなと机に突っ伏した。仲良くなろうとしているのに、喧嘩を売るなんて……何処のツンデレだよ俺は!!
 後悔しても時は戻らない。それならば考える事は一つ。

「ここからどう巻き返したらいいと思う?」

 こうなったら日暮の喜ぶ事をしてマイナスになりまくりの俺の印象を爆上げしなければならない。しかし、今まで空回りしまくっている俺の案では絶対に日暮に不快な思いをさせる未来しか浮かばない。機転のきく如月にまた意見をしてもらいたいと思って期待を込めて眼鏡を見つめる。
 如月は遠くを見てから視線を俺に戻した。

「二人で何処かに出掛ければいいんじゃないか?」
「えっ!」

 冷静な如月の考えた案とは思えないぶっ飛んだ提案に、俺は目を剥いた。
 出掛ける!?二人で!?

「そ、そんな急にステップを飛び越えてしまうなんて…!無理だろ!」
「逆にいいと思う。『さっきは怒ってごめん、お詫びと言っちゃなんだけどよかったらこの後ご飯行かない?もちろん俺のおごりで』って言ってみたら?成功したら和解も出来るし距離も縮まるしで一石二鳥だし」
「いやいやいや!日暮がオッケーするわけがないじゃん!即断られるよ!」

 “一石二鳥”じゃなくて“二兎を追う者は一兎をも得ぬ”になるに決まっている!俺が首を思いきり振ると、如月は顔をしかめた。

「…お前さ、本気で日暮と仲良くなりたいと思っている?行動しないといつまで経っても日暮と仲良くなんてなれないよ?」
「分かっているんだけどさぁ…」

 あんなに日暮に拒絶されると、さすがの俺も保守的になってしまう。俺のガラスのハートはもう粉々になって吹き飛んでしまったよ……
 うじうじしている俺を見ていた如月は、大きくため息を吐くといきなり立ち上がった。

「……如月?」

 如月は眼鏡を人差し指で押し上げながら言った。

「…お前が行かないなら俺が行く」
「え?俺が行くってどういう…!?」

 俺の言葉を全く聞かずに、如月は席を移動し始めた。一瞬教室を出るのかと思ったが、如月は反対方向に歩を進める。
 まさか。俺の嫌な予感は的中する。如月が向かっているのは……このクラスの姫の席。日暮の席だ。

「き、如月ぃ!」

 俺の制止の声虚しく、如月の足は日暮の席の前で止まった。日暮は如月の姿を見た後、すぐに視線を逸らした。そんな話し掛けるなオーラに、如月は動じない。

「日暮」
「……何」

 鬱陶しげに見上げるその顔は如月が嫌いだという事を証明している。しかし如月は特に気にした様子もなく、いつもの冷めた表情で日暮を見下ろした。

「最初に言っておくけど、俺は別に用はない」
「…じゃあ来ないでよ」

 話して数秒で険悪な雰囲気になる。
 あああ…!如月…!いきなりそれはないだろう…!言わなくてもいい事を言っちゃうのが如月の悪い癖だ。

「用があるのは笑なんだけどね…あいつ、いかんせん小心者だから。代わりに俺が来たってわけ」

 俺の名を聞いた瞬間、日暮の眉がピクリと動いた……ような気がした。

「……で、何?」
「あいつ、日暮に怒鳴った事後悔しているみたいなんだ。もう俺が手に負えない程面倒くさい状態になっているわけ」

 如月は俺の気持ちを代弁……とちゃっかり毒もプラスする。
 もう慣れっこだよ!如月の毒舌なんて!二人の側に行く勇気のない俺は机に突っ伏しながら必死に盗み聞きしていた。

「……そんなの私には関係ない」

 日暮は速攻バッサリと言い切る。
 そうだよね!喧嘩を売った男に誰が手を差し伸べるかっていうの!完全にマイナス思考に陥った俺は、一人悶える。
 如月!これ以上俺の傷をえぐるのは止めてクレッ!……と言えたらいいのだが、今の俺にそんな事を言う余力は残っていない。

「俺にだって関係ない」

 如月はご期待通り、俺の心の傷をほじくりかえしてきた。
 だよね!もうむしろそう言うだろうなって期待していたよ!!俺は半分やけくそになっていた。しかし、今日の如月は一味違った。

「……と言いたい所だけど、一応俺の親友だからね。だからここに来ている」

 予想外の言葉に、俺は思わず顔を上げた。如月の顔は、俺からは丁度見えない。日暮はその顔を無表情で見上げていた。

「あいつは本当にお前と友達になりたいんだ。…その気持ち、伝わっただろう?」
「……」

 日暮は何も言わない。言わないのに何でだろう、俺にはそれが肯定をしたように見えた。

「試しに一回笑と出掛けてやってよ。……それで気に食わない奴だと思ったら、もう二度と関わらないでいい」
「…何で私が」
「ここで断ると笑は諦めずにお前に話し掛けてくると思うけど?…もし一緒に行って、うざいと思ったら俺に言って。そうしたら笑に“日暮に二度と話し掛けるな”って脅してあげるから」

 そう言うと如月は日暮だけに向けて微笑んでみせた。

「………」

 多々気になる部分があったが、さすが如月。あの日暮が眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
 如月、交換条件が上手いな。親友ながら、感心してしまう。油汚れのようにしつこい俺を、ジョ〇ョイのジョ〇で綺麗にさっぱりに諦めさせる事が出来るのは如月くらいだ。……って誰が油汚れだ!!自分で突っ込んで何だか悲しくなった

「……」

 日暮は眉間に皺を寄せていたが、やがて低い声ではっきりと言った。

「……やだ」

 その瞬間、俺は机の上に思い切り頭を打ち付けた。
 うわ―――!!完全に嫌われている!!これで俺の日暮と仲良くなろう計画は終わった――!!
 一ヶ月もやっていないけど、長かった俺の日暮と仲良くなろう大作戦。結果日暮に嫌われてしまい、皆塚笑はその後暗い学園生活をエンジョイする事になった……。


―うちのクラスのひねくれ姫・完―


「……何であんたがそんなお願いをしてくるわけ?」

 日暮が、俺のナレーションをガン無視して如月に問い掛ける。……あれ、この物語終わったんじゃないの?俺が日暮に相手にされず、バッドエンディングを迎えたんじゃないの?
 俺が恐る恐る顔を上げ、日暮の方を見る。

「!」

 目が、合ってしまった。日暮は如月では無く、俺の方を真っ直ぐに見つめていた。

「こういうのは、本人が頼みに来るものじゃないの?」

 それは確実に、俺に言っているようなものだった。

「……!!」

 俺はハッとした。
 そうだ……。俺は日暮と仲良くなろうと決めたじゃないか。笑顔を見るんだって決心したじゃないか。どんなに邪険に扱われても、俺は諦めなかったじゃないか。それを……今諦めてどうする?如月ばかりに頼ってどうする?
 皆塚笑!!お前は男だろう!?

「……日暮!!」

 俺は強い決心を抱き、立ち上がった。

「……何」

 返って来たのは聞き慣れた無愛想な声。俺は歯を食いしばりながら日暮の机の前まで足を進めた。

「……」

 如月は何も言わず、その場から離れた。

「それは俺が言うべきだよな!ごめん!チキンな俺は今捨ててきた!!」
「……で、何?」

 用件は如月から聞いたはずなのに、また聞き返してくる。
 日暮……。少しは俺を認めてくれたと思っていいんだよな?俺は、お前が本当に笑顔が嫌だと思っているとは思えないんだよ。だから、今こうして馬鹿ばっかりやっている俺に声を掛けてきてくれている。俺に、笑顔を取り戻させて欲しいと願っているように見えて仕方がないんだ。
 ごくりと唾を飲む。目の前の日暮は、無表情の仮面を被っている。
 俺が取るべき仮面。取らなくちゃいけない仮面。その表情に向けて、俺は声を張り上げた。

「俺のおごりでご飯食べに行ってくだひゃい!!!」

 思いっきり舌を噛んでしまった。
 ここで噛む!?俺って何でこういう時駄目なの!?初めて俺の舌を酷く憎んだ。あああ……日暮もこんな俺に幻滅して即効拒否をしてくるはず……

「いいよ」
「……え?」

 思わず聞き逃してしまいそうになってしまった。これは、聞き間違いなんかじゃない。
 日暮は確かに今……
 日暮は俺を真っ直ぐ見詰めて、もう一度言った。

「いいよ、行っても」


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