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1 最強の女子高生と吸血鬼
無知な吸血鬼
しおりを挟む一限目は現代文。担当の塚原は三十代後半のたくましい身体をした男性教師だ。テンションがやたらと高いので、楽しい時は楽しいのだが、ずっといるとげんなりしてくるタイプだ。
「お。お前が転校生か」
挨拶を終えた後、新入りの顔に気付いた塚原が目の上に手を当てながらミツキを物珍しげに見つめる。
「暗野ミツキです。よろしくお願いします」
「暗野か。いやー、お前は随分格好いい顔しているな!女にモテるんだろう?」
ガハハと豪快に笑いながら塚原が言うと、ミツキはそんな事ないですよ、と笑顔を張り付けたまま返す。
「じゃあ、あれだな!教科書は原田に借りてくれー!」
「はい」
そう言われてミツキはニコニコしたまま机を動かして奏の机にくっつける。奏は不機嫌さを露わにしながら机の真ん中に教科書を荒々しく置いてやる。
「ありがとう」
白々しく礼を言うミツキを無視して奏は窓の景色に目を向ける。見飽きた中庭の景色をぼんやりと見つめながら、整理がつかない気持ちを落ち着かせる。
今の状況はかなりまずいと思う。明らかにこの前の事を根に持っている吸血鬼は隣の席で、しかも家を知っている。いつでも奏を襲撃できるという事だ。
腑に落ちないのは、何故わざわざ転校してきた事。ただ家に行って襲撃すればいい話なのに、この吸血鬼は学校にまで押し掛けてきた。肉体的ではなく、精神的に追い詰めたいのだろうか。だとしたらとんでもなく執念深い。
「なぁ」
突如聞こえてきた声に、奏の思考が遮断される。隣を見てみると、ミツキが笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。
「……何」
無視しようかと思ったが、一応低い声で返事をする奏。一体何を言おうというのだろうか。
あの夜の事?今朝のふざけた猿芝居の事?少し身構えながら次の言葉を待っていると、ミツキの口から零れたのは、予想だにしないものだった。
「今、何をやっているんだ?」
へ、と間抜けな声を漏らし、奏は慌てて手で口を覆った。何を言っているのだか一瞬よく分からなかったが、多分今何の教科をやっているのかと聞いているのだろうと思い、
「何って…現代文の授業だけど…」
と塚原や周りの生徒に聞こえないくらい小さな声で、ぶっきらぼうに答える。するとミツキは感心したように何度も頷いた。
「なるほど、これがジュギョーって奴か」
そのミツキの呟きで奏はピシリと固まった。まさかと嫌な予感がして、奏はぎこちなく首を動かしてミツキの方を見た。
「あの、さ。あんた…もしかして…学校行った事ない?」
ミツキは当然と言うかのようにこくりと頷いた。
「当たり前だろ。行く必要ないし」
嫌な予感的中。確かに、吸血鬼が学校に行く必要は無い。無いけれども。それなら何で転校してきたのか。奏は頭を抱えた。
とりあえず恨みだけでどういう所か分からない学校に来るわけがない。奏は恐る恐る聞いてみる。
「……学校がどういう所か知っている?」
「知っている。朝早く起きてジュギョーをしに来る所だろ」
「授業が何か知っているの…?」
「これだろ?」
ミツキは誇らしげに真ん中に置かれた教科書を指差した。ミツキの学校の知識はほとんど今さっき得たものだった。
本気で恨みだけで転校してきたようだ。奏は思わずため息をついた。
「…何も知らないのに、私に仕返しがしたいからって転校してきたの?」
先ほどまでの怒りも消え失せ、呆れ顔で聞くと、馬鹿にされているのかと思ったのか、ミツキはムッと顔をしかめた。
「知らなくても転校はできるだろ」
「いや、そうだけどさ…」
「それに、何でお前は俺の心配をしているんだ?」
「え…」
ミツキが意地悪そうに笑っているのを見て、奏はハッとした。自分は何故吸血鬼なんかの心配をしているんだろう。吸血鬼が学校の事を知らなくても自分には関係ないはずなのに。
まんまとミツキのペースにのせられたのが悔しくて、奏は眉間に皺を刻んで顔を窓の景色へ向けた。
「単純だな」
挑発されたが、奏は身体をピクリと痙攣させただけで動じなかった。今怒ったりしても、状況は何も変わらない。吸血鬼だっていなくなるわけじゃない。悔しさを押し殺して自分に言い聞かせる。
「この前とは随分違うな。あんなに威勢が良かったのに…」
挑発で奏が怒り狂うと思ったのか、ミツキは目を丸くする。
「……当たり前でしょ。私はどっちかって言うと大人しい方なの」
「ふーん…そんな大人しい人がこんなもの貰うわけ?」
ミツキは自分の鞄の中からくしゃくしゃに潰れた紙を取り出し、奏に見せる。
「げっ」
紙に書かれている汚い字に見覚えがある奏は思わず顔をしかめた。それは佐々等がよこした果たし状だった。鍵だけではなく、果たし状まで盗んでいたとは。
奏が睨むと、ミツキは楽しそうに口を歪めて笑う。
「ラブレターとかも入っていたけど、随分モテるんだな。……女に」
「そういうのじゃないし…」
鞄の中を見たのだから、ラブレターが入っていたのも知ったのだろう。奏は面白くなさそうにそっぽをむく。
「唯一の男からのラブレターは馬鹿みたいだし」
「…それは果たし状だから」
馬鹿という所は本当の事だと思ったので否定しなかった。
「……へぇ」
ミツキは面白そうに果たし状を眺める。何か変な事考えている気がする。ミツキの顔を横目で見ながらそう思ったが、これ以上関わらない方がいいなと思い、奏は突っ込まなかった。後で後悔する事も知らずに……
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