月と奏でて・1

秋雨薫

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1 最強の女子高生と吸血鬼

吸血鬼の嘘

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「いやー、人気だね」

 皐が眩しそうに奏の隣の席を見つめる。奏は笑顔を見せているミツキに鋭い視線を送っていた。
 ホームルームが終わり、早速ミツキに問い詰めようとしたのだが、転校生恒例の質問タイムが始まってしまい、生徒達がわらわらとミツキの周りに集まっている。それなので、奏はミツキに声を掛ける事も出来ずにいた。

「暗野君は何処から来たの?」
「東京だよ」
「東京かあ。いいなあ、都会じゃん」

 よくもまあそんな嘘がつけるな、と奏は人差し指で机を定期的に叩きながら不機嫌なオーラを全開にしている。いつもならそんな奏を見て怯えて大人しくなる生徒達だったが、皆ミツキに夢中で気が付いていない。

「暗野君ってすごく格好いいよね」
「何処が!」

 皐の言葉に、奏は吐き捨てるように否定する。

「奏、やっぱり暗野君と知り合いなの?」

 まさか、と否定をしようとしたが、皐に嘘はつきたくない。だからといってあの夜の事を言えるわけがない。どうしようかと言い淀んでいると、

「俺と奏は知り合いじゃないよ」

 隣から少し低い声が聞こえてきて、奏はゆっくりとそちらを睨んだ。座って質問を受けていたミツキはいつの間にか奏の隣に立っていた。生徒達もつられて奏の方を見ている。

「ええ、そうなの?だって訳ありって感じだったよ」

 黙って睨む奏の代わりに皐が尋ねると、ミツキは怪しげに微笑む。

「知り合い、じゃないんだよ」
「じゃあ何で知っているような感じだったの?」

 納得できない皐は不服そうに口をへの字に曲げた。

「当たり前でしょ、こんな奴と知り合いなんかじゃない」

 奏は皐にそう言うが、視線はミツキを捉えたまま。そんな彼女を見下ろしながら、ミツキは挑戦的な笑みを見せた。

「そう、俺はただ落し物を拾っただけだから」

 ミツキは自分のブレザーのポケットを漁りだし、ある物を取り出して奏に見せびらかせた。ミツキの手中にあるものについているキーホルダーを見て奏は凍りついた。ひよこのキャラクターのキーホルダー。奏が気に入っているキャラクターだ。それが付いた銀色に光る物は―鍵。自分の家の鍵だという事はすぐに気が付いた。

「それ私の―!」

 取り返そうと手を伸ばしたが、ミツキが少し腕を上げた為、奪う事が出来ずに空を切った。悔しそうに見上げる奏を楽しそうに見つめるミツキ。
 あの夜は動揺していて違和感に気が付かなかった。今バッグの中に入っているのは…ポストにあった合い鍵だ。つまり、ミツキにバッグの中にあった鍵を盗まれていたのだ。

「返してよ!」
「はい」

 奏が噛みつくように言うと、ミツキはわざとらしく困ったように笑い、素直に鍵を奏の手の上に置く。まさかそんなに簡単に返してくれるとは思わなかった奏は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。絶対に返してくれないと思ったのに。そう思った瞬間、ミツキは笑いながら言った。

「この前忘れていたよ。駄目じゃないか、大切な物だろう?」

 ミツキはあやすように言いながら奏の頭に手を乗せる。奏は瞬時にその手を払いのけた。

「それはあんたが私のバッグから…!」
「ええ⁉」

 奏の言葉は、皐によってかき消された。何事かと皐を見やれば、彼女は驚いた表情で奏とミツキを見比べている。そして、皐は有り得ない事を聞いてきた。

「奏と暗野君って…付き合っているの?」

 一瞬時が止まったような気がした。しんと周りも静まり返る。奏は皐が何を言ったか意味が分からなかった。付き合っている?吸血鬼と、自分が?

「何でそういう事になるの⁉」

 ようやく意味を理解した奏は勢いよく立ち上がった。その置き追いに周りにいた生徒数人が後退りをする。

「え、だって奏は暗野君の家に行っていたって事でしょ?暗野君の家に鍵を忘れたから今日届けてくれたって事じゃないの…?二人とも顔見知りみたいだし…」

 皐は勘違いをしているようだった。確かにこの前鍵を忘れた、と言われて『吸血鬼のミツキが女性を襲っていたので彼を殴って彼女を救出したが、逆に自分が襲われそうになってしまったので、女性と協力して何とか逃げだせたと思ったらバッグを忘れてしまい、吸血鬼によってバッグは自宅に届けられたが鍵だけは奪われてしまった』と考える人なんて地球上に一人もいないだろう。

「違…」

 説明は出来ないが、何とかその嘘を否定しようとした時、突然誰かに肩を掴まれて、その人の胸に奏の顔が押し付けられる。言葉の続きは胸の中にかき消されてしまい、くぐもった声が漏れるだけだった。奏が逃れようともがく中、誰か―ミツキは笑顔で言った。

「そう、実は俺達…付き合っているんだ」

 その告白は誰もが衝撃を覚えるものだった。周りを取り囲む生徒達、そして皐はあんぐりと口を開けて停止してしまっている。そしてこの中で一番驚愕をしているのは―

「有り得ない‼」

 彼女の方の奏だった。奏はミツキの胸を思い切り突き飛ばした。

「おっと」
「もう我慢出来ない!一発殴る!」

 よろけたミツキの顎に向けて拳を突き出すが、ひょいと軽くかわされて逆に奏がよろけてしまう。皐の制止する声が聞こえたが、構っていられない。生徒達は恐れてその場から数歩離れていく。それを横目で確認してから、体勢を整えて振り向きざまに肘鉄を喰らわせようとしたが、ミツキは大して焦った様子も無くそれを受け流す。奏は顔を歪めて舌打ちをした。

「本当に頭がイカれている‼何であんたと私が付き合っているっていう事になるの!?」
「全く、奏は乱暴なんだから」
「さっきから呼び捨てにするな!」

 拳を振り上げたが、パシリと小気味の良い音が聞こえ、ミツキの手によって勢いを消される。ひんやりとするミツキの手のひらの温度はあの夜の襲撃を思い起こされて、奏の肌は粟立った。慌てて手を引っ込めようとしたが、ミツキがそのまま手首を掴んで自分の方へと引き寄せる。意表を突かれた奏は抵抗も出来ずそのまま再度ミツキの胸へとダイブしてしまう。
 それをいちゃついていると勘違いした生徒数人が黄色い歓声を上げた。それを聞いた奏は心中で憤慨した。今まで殴ろうとしていた女が突然いちゃつくわけがないだろう、と。それよりもミツキから逃れなくては、と掴まれた腕を引こうとするが、彼の手はびくともしない。

「この…!」

 顔を真っ赤にして思い切り後ろに体重を乗せようとした時、

「俺を殴っておいて、ただで済むと思うなよ…?」
「‼」

 耳元で聞こえたミツキの小声に、ぞわりと鳥肌が立つ。顔を上げてみれば、そこには怪しく微笑む吸血鬼の顔。誰にも聞こえないくらい小さな声で、ミツキは続ける。

「後悔させてやるよ。俺を二度も殴った事」
「…」
「じゃあ、続きは後でね」

 先程とは一転して明るい声でそう言うと、あれほど抵抗しても解けなかったミツキの呪縛からあっさりと解放された。しかし、楽しそうな顔で自分の席へ戻るミツキに反撃する事は出来ず、苦い顔をして素直に着席する。
 二人の恋愛を聞きたいが、奏が怖くて聞けない生徒達。そして何故だか残念そうに肩を落とす女子数名。この前手紙をくれた女子もその中に入っていた。

「奏?」

 その中で、ただ一人様子がおかしい事に気が付いた皐が奏に声を掛けようとした時、タイミング悪く一時間目の担当教師が教室に入って来た。皐は休み時間ね、と言って前を向いた。
 奏はミツキの横顔をチラリと見て溜め息を吐く。もう充分後悔していると心中で声を掛ける。隣の席の吸血鬼の執念深さに、奏は痛む頭を押さえた。
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