月と奏でて・2

秋雨薫

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1 騒がしい夏祭り

サクヤと皐の夏祭り

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(い、一体どうすればいいんだ……!)

 夏祭りで混雑する通りを歩きながら、サクヤは鼓動高鳴る胸を押さえていた。高鳴っている胸の理由は、サクヤの袖を掴む手だ。
 その先にいるのは、サクヤが思いを寄せる皐だ。サクヤの袖を引っ張って歩く皐のサイドで結った髪が揺れている。

(……この子と会いたかったから祭りに来たけど、いきなり二人っきりはないだろ……!)

 奏やミツキがいたから、話す事は出来なくても、そっと見つめる事を出来ればいいと思っていた。それなのに、奏が突然二組に別れようと言い出し、皐と二人きりになってしまった。
 ほとんど話した事がないので、話題も思い浮かばない。
 何を話せばいいか分からず、ゴーグルの下で視線を泳がせていると、ふと皐が振り返った。

「サクヤ君、大丈夫?」
「え、あ……だ、大丈夫!」

 突然声を掛けられ、声が上擦ってしまう。羞恥と照れで顔を赤らめると、皐はクスリと笑った。

「奏、まさかあんな事を言うなんてね。奏も案外、暗野君の事が好きなのかな?」

 話題は奏とミツキの事だった。彼らの話題のお陰か、少しだけ冷静さを取り戻す。

「……どうかな? ミツキはそうみたいだけど」
「あ、やっぱり? 暗野君、奏が好きなのすごく伝わってくるんだよね。奏には伝わっていないみたいだけど」
「……カナデはかなりの鈍感だからね。ミツキも苦労するだろうね」

 そう言うと、皐は「あはは」と声を上げて笑った。

「奏の鈍感は一筋縄じゃいかないからね~!」


(それ、多分君にも言えるよ)

 サクヤは密かに思う。自分でも分かるくらい、皐に対して態度が変わっているというのに、本人は全く気付いていない。

「あ、サクヤ君! ヨーヨーがあるよ!」

 サクヤの気持ちに気付かない皐は、サクヤの袖を引っ張りながらヨーヨーの屋台へ近付いた。
 しゃがみ込んで水に浮かぶ様々なヨーヨーを見つめ、皐は目を輝かせた。

「私ね、小さい頃からお祭りのヨーヨーが大好きなの! 奏には子供っぽいって言われちゃうんだけど、お祭りだと絶対やるの!」

 そう言いながら皐は屋台のおじさんにお金を渡す。紙の紐に吊るされた釣り針を貰い、皐は「よし!」と意気込んで腕まくりをした。

「……」

 意外と子供らしい所があるんだと、真剣な表情でヨーヨーを見定めている皐の顔を見つめながら、サクヤは隣にしゃがみ込む。
 皐はいつもふわふわ笑っていて、奏をなだめる彼女はどちらかと言うとお姉さんのような雰囲気を持っていると思っていた。だが、隣にいる皐はお祭りにはしゃぐ子供のようで、皐の新たな一面を見る事が出来た気がした。

(…子供っぽい所も、何か可愛い……って何を考えているんだオレはっ!!)

 自分の思考に、勝手に赤面して首を思い切り振る。
 その時、皐の残念そうな声が隣から聞こえた。
 どうやら紐が千切れてしまったらしい。釣り針のない紙の紐が皐の手に握られていた。

「私、いつも取れないんだよね。なかなか難しくって……」

 皐は千切れた紙をおじさんに渡しながら、残念そうに眉を下げた。


「取れなかったのは残念だけど、仕方ないや」

 サクヤはヨーヨーが水に浮かんでいる様を眺める。そして何を思ったか、突然皮の手袋を懐から出し、それをはめた。

「どれ? 欲しい色」

 小銭をおじさんに手渡し、紐についた釣り針を受け取る。

「え……」
「オレが取る。欲しい色は何?」

 ヨーヨーに目を向けたまま、もう一度尋ねる。

「えーと、オレンジ」
「……分かった」

 皐が答えると、サクヤは数個あるオレンジ色のヨーヨーに目をやった。オレンジ色のヨーヨーを、目を凝らして観察する。

(あれは輪ゴムが水の深くまで浸っているから止めた方がいいな。あそこのは他のヨーヨーが邪魔して取りづらい。……それなら)

 サクヤは目の前に浮かぶヨーヨーを睨んだ。一つだけ孤立しており、輪ゴムもプカプカと水面に浮いている。サクヤは一つ深呼吸をして釣り針を輪ゴムに近付けた。
 釣り針が輪ゴムの中に入った瞬間、サクヤは素早く引き上げた。オレンジ色の水風船が、水面から離れる。

「わぁ……!」

 皐から感嘆の声が漏れる。サクヤは自分の胸くらいまでの高さまで上げると、そのままおじさんに渡した。

「これでいいよね?」
「おう! 兄ちゃん上手いねぇ!」

 威勢のいいおじさんが、豪快に笑いながらヨーヨーに付いた釣り針と取ると、サクヤに返した。

「ほら、彼女さんに渡してやんな!」
「かっ、かの……!?」

 サクヤの顔が林檎のように真っ赤になる。皐は彼女ではない。だが、否定をするには言葉が喉に引っかかって出てこない。

「……っ」

 赤い顔を片手で覆いながら、サクヤは皐にヨーヨーを渡した。

「本当にいいの?」

 目の前に突き出されたヨーヨーを見ながら、皐はおずおずと尋ねる。

「……いいよ。オレには必要ないから」

 ほら、とヨーヨーを皐の手のひらの上に乗せると、彼女は満面の笑顔を見せた。

「ありがとう、サクヤ君!」
「!!」

 自分の心臓が激しく脈打っているのが分かる。心臓がいくつあっても足りない、とサクヤは真っ赤になっている顔を手で覆って隠した。
 ヨーヨーを手に入れた皐とサクヤは、また祭りの通りを歩く事にする。ヨーヨーの輪ゴムを中指に通し、皐は嬉しそうに鼻歌を歌っている。

「サクヤ君、ヨーヨー取るの上手いんだね!私なんて全然ダメでさ」
「……紐が紙だからね。あんまり水に付けないようにすれば簡単だよ」
「そうなんだね! よし、来年からはそうするね!」

 ニコリと微笑みかける皐はサクヤの目にはとても輝いているように見えた。まさか、自分がこんなにも皐に夢中になるとは、自分でも驚きだった。
 恋に無縁の日々を過ごしていた為に、もし誰かに惚れても平静は保っていられると思っていた。
 皐が喫茶店に現れた時、なんて綺麗に笑う子なんだと一瞬で心を奪われてしまった。話してみても、この子の印象が汚れる事はなく、むしろどんどん惹かれてしまっている。

(……一生の不覚だ。ミツキにはからかわれるし、遥さんには温かい目で見守られるし……)

 でも、悪くないと考えているサクヤがいる。サクヤは隣にいる皐の顔を盗み見た。いつかこの子も同じ想いになってくれるだろうか。そう思っていると、皐とばっちり目が合ってしまった。

「!!」

 サクヤは慌てて目を逸らす。見ていたのがバレたかと焦ったが、皐は特に気にしていない様子だった。

「ねぇ、サクヤ君は高校何処に行っているの?」
「え? ああ、高校は行ってないよ」

 吸血鬼だし、と内心で付け足す。

「そうなの? じゃあ何処かで働いているとか?」
「一応、オレの作った薬を売っているよ。特定の人にだけど」

 特定の人、というのは勿論吸血鬼の事。サクヤは自分の血で作った薬を、吸血鬼達に売って稼いでいる。報酬は誰かの血液だったり、金だったりと様々だが、人間の生活に潜り込んでいる吸血鬼もいるので、人間の通貨だったりする。

「へぇ、何だかすごいんだね?」
「そう? オレはただ好きな事をやっているだけだから、仕事をやっていると思った事はないけど……」
「好きな事をやれて、それで過ごせるなんて素敵な事じゃない? 私は尊敬しちゃうな」
「尊敬……?」
「私も、好きな事をやって生活をしてみたいんだ。そうしたら、毎日とても楽しいでしょ?」

 皐の笑顔に、サクヤの胸が高鳴る。そんな事を言われたのは初めてだった。闘いに特化した吸血鬼なのに、隅でこっそりと実験をしているといつも後ろ指を差された。

『何て弱々しい。あいつは自分で吸血せず、薬を売って血を貰っているそうじゃないか』
『しかも何だ、あの格好。吸血鬼なら吸血鬼らしく黒衣を羽織り、夜に人間を襲って吸血をしろというんだ』

 悔しくてたまらなかった。ただ好きな事をしているだけなのに、侮蔑の眼差しを向けられ、誰も自分の事を理解しようとしてくれなかった。
 だが、人間の女の子にそう言われ。サクヤの心の奥にあったわだかまりが、少し溶けたような気がした。

「……ありがとう」

 サクヤがぼそりと呟くと、皐は優しく微笑んだ。

「ふふ、後で私にも何か薬を売ってね?」
「うん……。オレのお勧めの薬をあげるよ」
「お勧めね? 楽しみにしてる!」

 皐の笑顔を見ていると、こちらまで笑顔になってしまう。サクヤは、自分の頬が緩んでいる事に気付いた。

 しばらく屋台を見て回っていると、皐は腕時計を見ながら少々焦った表情を見せた。

「あ、サクヤ君!そろそろ花火の時間かも!」

 花火は八時。時計は七時五十分を指していた。

「早くしないと始まっちゃう! サクヤ君、行こう!」

 皐は言いながらサクヤの手を掴んでそのまま走りだした。

「!!」

 手袋は外してしまったので、皐の手の温もりを直に感じ、サクヤの顔に熱が集中する。皐は無意識のようで、サクヤの手をしっかりと握って小走りで人混みの中を走っていく。

「……っ」

 サクヤは皐の手をしっかりと握り返した。自分の意識が、全て右手に注がれる。皐の手は温かく、彼女の心を反映させているように思えた。自分にない、皐の体温。
 姿形はほぼ同じなのに、冷たい自分の手のひらが、前を走る子とは違う生物なんだと思い知らされる。手を繋いでいるのに、サクヤには皐が酷く遠く感じた。

 その時、人にぶつかって肩を強打し、サクヤはよろけてしまう。

(ったく、前見ろよな……)

 いつもなら声に出すのだが、皐がいるので何とか自重する。次の瞬間、甘い薔薇のような香りがサクヤの鼻孔をくすぐった。

「……? この匂い……」

 嗅いだ事のある匂いに、サクヤは思わず振り返る。しかし、サクヤの視界に見覚えのある人物は見当たらなかった。

「確かにあいつの匂いがしたんだけど……」

目を凝らしても、やはりその人は何処にもいない。サクヤはフ、と鼻で笑った。

(……あの女がこんな騒がしい場所にいるわけがないよな。気のせいか)

「サクヤ君、もう少しスピードを上げるよ!」

 前を走る皐が振り返らずに言う。

「分かった」

 サクヤは前を向くと皐と一緒に駆けて行った。


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