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1 騒がしい夏祭り
通話
しおりを挟むまだ陽が昇っている時刻。森の奥に存在している古びた屋敷には全ての窓にカーテンが引かれ、一切の光が遮断されている。人間社会から離れたその屋敷は、人が一人もいないのではないか、というくらい静まり返っている室内。――だが、とある一室で男の話し声が微かに聞こえていた。
「……うん、うん…なるほどね」
闇が広がる空間の中に、ぼんやりと浮かぶ青白い顔。携帯電話の液晶の光により、顔だけが浮かんでいるように見える。男は誰かと通話中のようだった。男のいる部屋も窓には分厚く黒いカーテンが引かれており、灯りは何処にもない。必要最低限の家具しかない部屋で、真ん中に鎮座している漆黒の棺桶の上に座っている男は、腰まである長い髪を一つに結い、血のように赤い瞳でカーテンを見つめている。
「うん…うん……分かった。じゃあまた何かあったら教えて。……じゃあ」
通話を切って携帯電話をしまうと、部屋から光が完全に消えて暗闇が広がる。男――ミナトはしばらく棺桶の上に座っていたが、突然クッと喉の奥で笑った。
「盗み聞きとは……悪い子だね、カンナ」
ミナトが振り返らずにそう言うと、扉から愛らしい少女が入ってきた。毛先に癖のある黒い髪を下ろし、薄い桃色のスカートのパジャマを着ている。瞳はミナトと同じ、赤。いつもならば髪をサイドテールにしているのだが、吸血鬼である彼女は就寝をしている時刻。少女――カンナは兄のミナトに疑いの眼差しを向けていた。
「……ミナト君、携帯電話なんて持っていたの? ……いつから持っているの? 誰に貰ったの?」
「貰ったんだよ。人間も便利な物を作るね。もしかしてカンナも欲しくなっちゃった?」
「話をはぐらかさないで。いつから? 誰に?」
「これは俺の為にあるものだ。カンナには関係ないよ」
ミナトは話してくれそうにない。カンナは可愛らしい顔に似合わない焦燥を浮かべているのだが、対して兄は口元に笑みを貼り付けたまま。人間に興味を持たないミナトが、電子機器を持とうなんて考えるはずもない。電話口の相手も恐らく人間だ。彼をここまで動かす理由は一つしかない。
「……それはもしかして、ミツキ君に関係しているんじゃないの?」
カンナは核心を突く。だが、ミナトはそれでも表情を崩さず、喉の奥で笑うだけだった。
「フフ…ミツキミツキって……カンナは本当にミツキの事ばかりだね。妬けちゃうな」
ミナトは立ち上がり、カンナに近付く。そして身体を屈めると、カンナと視線を合わせた。
「お前が何を言っても俺は変わらないよ。邪魔をするなら……お前も」
「……っ!」
赤い瞳がギラリと殺気の満ちた色になる。カンナは恐怖で身体を強張らせた。
一体どれくらいの時間が経ったのだろう。カンナには数時間のように感じられた。まるで蛇に睨まれた蛙のようになっていた時――ミナトがフ、と微笑んだ。
「冗談だよ。俺がカンナにそんな事をするわけがないだろう? まだ陽は出ている。沈むまで眠っていなよ」
カンナの髪をくしゃりと撫でるミナトは一見優しそうな表情だが、カンナには「これ以上詮索するな」と言っているように感じた。これ以上何を言っても駄目だと思い、カンナは「おやすみ」と言うとミナトの部屋から出た。
真っ暗な廊下。カンナは自分の部屋に向かいながら、ミナトに撫でられた頭を触る。やはり、ミナトは弟のミツキを探している。――既に見つけているのかもしれない。一度ミツキの捜索はカンナに任せると言ってくれたのだが、どうやら嘘だったようだ。
心の何処かで分かっていた。でも、信じようとしている自分がいた。カンナの瞳にじんわりと涙が滲む。
ミナトは恐らく人間と協力関係にある。“自由に動ける”人間を使って、ミツキの事を調べている。――このままでは。カンナは焦燥感からスカートの裾をギュッと握った。
“四人”で暮らすのはカンナの夢。だが、今ミナトがミツキを連れ戻したとしても――それは自分の望む暮らしではない。ミツキは絶対に苦しむ事になる。そんなミツキを見て幸せなんて感じられるのだろうか。
カンナは強く目を瞑る。脳裏に浮かぶのはミツキと――人間の女。吸血鬼の自分に果敢に立ち向かい、弟を虜にした人間。ミナト君ミツキと接触するならば、奏と出会う事は避けられない。
「……会うしか、ないかな」
ミナトの駒が近くに潜んでいるなら危険な賭け。でもそれしか方法がない。
(私がミツキ君に接触しても不自然に思われない日、か……)
カンナは頭をフル回転させながら天を仰いだ。
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