シンヴレス皇子はサクリウス姫が大好き。

Lance

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「謎の女」

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 筋肉を休める傍ら、父である皇帝から町の巡察に出る様にと言われた。
 シンヴレスは鬼だけを共に連れ、貴族街を馬で駆け抜け、平民地区に入るとそこで王侯貴族御用達の厩舎に馬を預け、自らの足で歩んだ。
 今回は平服を纏い、兜もかぶっていない。ただし、腰にはグレイグバッソが下がっているが、そこまで目を向ける者がいるかどうかは疑わしい。鬼もまた平民に倣った服装だが、いかんせん、筋骨が逞しく、服は長袖が通らず、袖無しにした。鬼は伸び放題の雑草の根のようなボウボウとした腋毛を晒していた。シンヴレスはそれを見て、これもまた大人の証なのだなと羨ましく思った。
 いつか、私も腋毛をボウボウと生やして衆目に驚かれる漢になりたいものだ。
 民衆らはどうやらシンヴレスだと気付いていない様子で、こちらに優しい視線を向ける者が時々いるぐらいであった。馬も鎧兜も無い。挙句、平民に溶け込むための格好を選んでいるのだ、当然と言えば当然だ。
 賑わう午前の市場を通り過ぎ、木剣を掲げて裏通りに入って行く小さな子供達を見たり、シンヴレスは新鮮だった。
 門まで行くと、相変わらずの人の列で番兵達は大忙しだった。その中に兜をかぶり可愛らしく美しい桃色の髪を隠したアーニャもいるはずだったが、怒号が聴こえ、鬼にその場を離れるように進言された。
「怒ってる人に何故怒ってるのか理由を聴かなきゃ」
 シンヴレスが見上げると鬼はかぶりを振った。そして細い目を向けて言った。
「これは門番達の仕事です。御曹司がその仕事を取り上げるのはいかがなものかと思います」
「でも」
「今後、入城してくる者達が、イルスデンの門番を侮るきっかけになるやもしれませぬ」
 シンヴレスは少し思案した。毎日、私が番兵を務めるわけにもいかない。そう答えを出した。
「アーニャ達なら大丈夫」
「その通りでございます」
 怒号は尚も続くが鬼と共にシンヴレスはその場を後にした。
 町の通りは整備され、裏通りこそ存在はするが、スラム街も無く、入り組んだ道も無ければ、通りも単純で、治安は行き届いていた。二度ほど、巡回の兵らが通り過ぎたが、シンヴレスには目もくれず鬼を見て、会釈をしていた。
「城の兵だというのに御曹司の顔も分からぬとは」
 失望したように鬼が言うと、今度はシンヴレスが諭した。
「私は殆ど王城と竜舎と演習場を行き来するぐらいだから仕方が無いよ。ダンハロウさんに勝って、サクリウス姫と結婚出来ればみんな私の顔を覚えてくれるよ。それまではただの肩書のある少年でしかないよ」
 鬼は困ったような顔をしたが、シンヴレスが微笑むと気を取り直したようだった。
 その時だった。
 前方から一人の女性が歩いてきた。
 それが長い両手持ちの剣を腰にしっかり差しているところがシンヴレスの興味を引いた。黒く長い髪を後ろで一つに結い上げている。最近、流行りのポニーテールという位置に髪は上げられていた。
 脇目も振らず歩んで来るその女性とすれ違おうとした時だった。
 風を孕む音と激しい斬撃が木霊した。シンヴレスにはどちらとも見えなかった。女性と鬼が剣で競り合っていた。
「女、何をする」
 鬼が低い威圧するような声で問うと、女は顔を微笑ませた。
「なるほど、見た目の逞しさと厳めしさは飾りでは無かったようだな」
 女はまるで狂喜するように口の端まで歪めた。
「手を引け、子供がいる」
「可愛い子だね。あたしが勝ったらその子をいただくよ」
 そのまま両者は剣越しに睨み合い、競り合い、鬼が押した。女は軽くよろめくが体勢を素早く立て直し、鬼に備えた。
「追撃して来なかったね。あたしも甘く見られたものだ。それとも子供の手前、血など見せたくなかったのかい?」
「白亜の王都を血で汚すわけにはいかぬ」
「あたしには関係無い話だ。武者修行の果てに、じい様の居るここへ辿り着いた。帝国の都にはどのぐらいの剣士がいるだろうかと見て回ったばかりだが、兵士はウスノロで、動きも鈍い。そう失望していたところにあんたが来た」
「帝都の兵を小馬鹿にするとは許せん」
 鬼が険しい顔を向けて言い、シンヴレスに向かって頷いたため、彼は少し離れた。
「そうそう、勝負の仕切り直しと行こうじゃない」
 女は厚い唇を強気に歪ませた。切れ長の目が鬼を睨み、一瞬だがシンヴレスを見た。
「そういうこと」
 女はそう言うと地を蹴り、咆哮を上げて斬りかかって来た。
 両手剣同士がぶつかり合うが、鬼は片手で握って受け止め、薙ぎ払った。
「舐めた真似してくれるね」
「口数が多い!」
 鬼はシンヴレスですら聴いたことの無い大音声を上げると、剣を上段から振るった。
 女は避けずに受け止めたが、鬼の片腕だけの膂力にジリジリ剣が下がって行く。
 鬼は素早くもう一度剣を振り上げた。女が距離を詰めて来るが、真下に剣先を向ける様にしてこれを受け止める。片手でだ。女は舌打ちし、剣を幾度も打ち込む羽目になった。
「くそっ、ええい、何で攻勢に出ない!」
 だが、鬼が動いた。剣を真横から振り抜き、縦に振られる直前の女の剣と衝突し、刃を圧し折った。
「あ」
 女は柄本から溶けたように失われた刃を見て愕然としていた。
「きゃっ、何をする!」
 女が声を上げる。鬼が女の背中に回り手を縛り上げていた。
「貴様は刃を抜いてはならない場所でそうした。番兵に引き渡す」
「何だって!? ちょっと、皇子殿下、このあたしはダンハロウの孫の」
 サクリウス姫より年上の三十代程の女は流麗だった印象を自分で壊すようにして、シンヴレスに助けを求めた。
「ダンハロウさんの?」
「御曹司、出まかせを信じてはなりませぬ」
 女は両手を後ろで縛られ、バタつく脚を鬼の右腕で固く挟まれ、担ぎ上げられた。
 その頃になって、密かに湧いていた見物人達もようやくシンヴレスの正体を知ることとなった。
 女は疲れたのか恥ずかしいのか、脚をバタつかせるのを止めた。そして鬼に連行されるままシンヴレスに縋るように目を向けた。
 シンヴレスは彼女が嘘を言っていないのかもしれないと思い、ダンハロウの孫ならば非礼に当たると思って、鬼に言った。
「その人を放してあげよう」
「そうだ、放せ!」
「そうなった場合、女、覚悟はできているのか? 貴様がダンハロウ殿の孫で無いと分かれば、牢獄へ入れられる」
「たぶん、ダンハロウさんのお孫さんで間違い無いよ」
 シンヴレスは言った。あの太刀筋、鬼には負けるが両手剣を軽々操る膂力。只者では無い。
「そうだよ、皇子の言う通り! あたしは、カーラ! ダンハロウの孫娘だよ!」
「牢に入る覚悟が出来ていると見た」
 鬼はそう言うとカーラを下ろしていた。
「手の縄も解いとくれよ」
「甘えるな。市井で蛮行を働いた者に自由を与える程、我が帝国は」
 と言った瞬間、女は怪力で、自ら荒縄を破った。
「すごい」
 シンヴレスは思わず瞠目した。
 カーラは得意気に笑む。
「逃げないよ。じい様に会わせてくれればあたしが嘘を言っていないって分かるさ。それに武器だって無いし」
「その怪力と、男を誘惑する胸があるでは無いか」
 鬼が鋭く指摘すると、女は衣服越しのたわわな胸を両手で抱き締めるようにして、鬼を睨んだ。
「エッチ!」
「エッチ?」
「御曹司は知らなくて良い言葉です。こいつを城まで連行しますので、申し訳ありませんが、今日の巡察はこれまでになります」
「うん、分かった」
 女は鬼に背中を小突かれて歩き出す。そんな二人の後ろで、シンヴレスは、仮にダンハロウの孫で無くても、彼女の実力を買い、城に留めて置きたいと考えていたのだった。
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