上 下
5 / 7

「アーニャの性教育」

しおりを挟む
 シンヴレスは無様に敗北した。ダンハロウが軽く笑って言った。
「迷いの無い太刀筋はお見事。しかし、まだまだ膂力が足りませぬな」
「分かりました、また挑戦させていただきます」
 兵士達が互いに向き合って刃を鳴らしている。彼らだって努力を重ねて来てここまでなれたのだから、自分はまだまだ努力不足だ。
 そう、真摯にシンヴレスは現実を受け止めた。
 しかし、同じ城にいるのにサクリウス姫に会えなくなるほど悲しく辛いことは無かった。会えるのは夢の中だけで、たまたま竜舎で会うこともあるが、サクリウス姫は離れた場所で竜の世話をしているのであった。そしてダンハロウが目を光らせている。シンヴレスはダンハロウ老人を憎々し気に思うようになってきた。
「素振りが粗雑過ぎます」
 鬼が言った。
「分かっている!」
 シンヴレスは中庭で素振りを続けた。あの兵士達も訓練を積んであそこまでなれたのに、サクリウス姫とダンハロウの激突ほどの鋼の響きは聴こえて来ない。私は二度とサクリウス姫に会えないのかもしれない。
 シンヴレスは肩を落としそうになったが、我武者羅に素振りを続けた。鬼は特に口を挟まなかった。
 部屋へ戻る前にサクリウス姫の寝室を過ぎる。いつもこの扉をノックしたい衝動に駆られたが、今回はまた別の異変が起きた。サクリウス姫の香水のにおいが微かにしたのだ。
 サクリウス姫! サクリウスに抱き締めてもらいたい。言葉を掛けてもらいたい。シンヴレスの身がまるで何者かに乗っ取られたかという様にゾクゾクとし始め、下腹部が熱くなっていた。
 サクリウス姫、サクリウス姫!
 ふと、シンヴレスはこの香水が再び欲しくなった。身近にサクリウス姫を感じたいならこの香水が大いに助けになるだろう。
「鬼、城下まで馬で出る」
「はっ、御曹司」
 外に出て厩舎の白馬に鞍をつけると、馬を飛ばす。シンヴレスは、香水の名前を思い出そうと努力した。確か、キュアロス、違う、キュイッスだ。
 城下まで来ると、シンヴレスはさすがに馬の速度を緩めた。民にケガでもさせたら大変だ。
 シンヴレスは人を探していた。自分にとって姉のような人物。兵士のアーニャだ。彼女の桃色の髪は兜にしまわれているだろう。なので、シンヴレスは兵士達に聴いて回った。
「アーニャは門の守りに詰めているはずです」
 一人の兵士がそう言い、シンヴレスは礼を言って、門まで馬を少しだけ駆けさせた。
 ズラリと並ぶ入城者達の対応を四人の兵士がしている。
「アーニャ、いるかい?」
 シンヴレス皇子は抑え気味の声で問うと、兵士らが振り返った。
「これは皇子殿下、外出ですか?」
 兵士の一人が問う。
「いえ、違います。アーニャに用があって」
 すると鉄兜をかぶったままアーニャが駆け付けて来た。
「私に用ですか?」
「う、うん」
 シンヴレスはどことなく歯切れ悪く言った。皇子という特別な傘を差して自分の要望を頼む。アーニャにだって仕事が終わった後は楽しみだってあるだろう。だが、シンヴレスはどうしてもゾクゾクした熱から覚めることができなかった。
「アーニャ、御仕事が終わってからで良いんだけれど、お使いをお願いできるかい?」
「承りました皇子殿下、それで何をお望みですか?」
「こ、香水なんだ」
「香水」
 アーニャが合点がいかないように問い返した。シンヴレスは自棄になって言った。
「キュイッスという香水なんだけど」
「贈り物ですか?」
 シンヴレスはアーニャに嘘はつきたくなかった。
「自分用」
「皇子殿下は香水など使わなくてもよろしいのでは?」
「そ、そうだよね」
 香水屋が分からないからアーニャを当てにしたのが間違いだったとシンヴレスは思った。
「あ、やっぱり良いや。ごめんね仕事の邪魔をして」
 シンヴレス皇子は馬首を巡らせて護衛の鬼と共にその場を去った。


 2


 夕方、寝室で悶々としていると、扉を叩かれた。
「皇子殿下、アーニャです。香水を買って参りました」
 シンヴレスはドキリとし、それで、全身が緊張を駆け巡るのを感じた。
 サクリウス姫のにおい、サクリウス姫のにおい。皇子は下腹部のものが隆起するのを感じた。最近、こうなのだ。何故かサクリウス姫のことを考えると大きくなる。
「入って」
「失礼します」
 アーニャはそう言うと、手に皮袋を提げて入って来た。
「キュイッスです」
「ありがとう」
 皇子の心臓が早鐘を打つ。さぁ、アーニャ、香水だけ渡してそこから出て行って。
 アーニャは少しだけ真面目な顔で皇子を見詰めた。
「皇子にはまだ早いと思います。恐れながら、何故、これを欲したのか理由をお聞かせ願えませんでしょうか」
 その言葉にシンヴレスはアーニャを突き放したいのを抑えて、嘘を言うべきか迷った。だが、アーニャとは常に真摯に向き合ってきた仲で姉のような存在だ。嘘はつきたくなかったし、この謎の現象の答えを知っているかもしれない。
「その香水は、サクリウス姫も使っているんだ。だけど、ダンハロウさんを負かさないと、サクリウス姫に会えないことになったんだ。サクリウス姫を忘れたことはないし、サクリウス姫のことを思うと、身体が変な感じなんだ。興奮するというか」
 アーニャは頷いて、言った。
「おめでとうございます。皇子殿下は大人になられたのです。だから、赤ちゃんを作る素が身体で生成できるようになったのですよ」
 アーニャは少しだけ表情を和らげて言った。
「赤ちゃんを?」
「そうです。でも、赤ちゃんの素は外に出たがっているのです。皇子殿下はそれを我慢している状態なのです。だから辛いのです」
「じゃあ、赤ちゃんの素を出せばこの嫌な興奮をどうにかできるの?」
「そうです」
「どこから赤ちゃんの素は出るの?」
「それはですね。お耳を貸してください」
 アーニャはこそこそと喋り始め、皇子は頷いた。
「香水は置いておきます。ですからお教え通りにしてください。驚かせてしまうので誰とも会わないときに行ってください」
「分かった、アーニャ」
「アーニャはお手を貸したいですが、それでは皇子殿下のためにならないので、手を貸せません。でも、皇子殿下お約束してください」
「何だい?」
「そういう行為をするのはお年頃なので仕方が無いですが、必ずサクリウス姫を取り戻すために今まで以上に鍛練に励むと」
「うん、約束する」
 シンヴレスが答えると、アーニャは笑顔を浮かべて頷いた。
「不動の鬼さんには私から言って置きます」
「分かった。アーニャが出て行ったら、教えてもらったこと試してみるよ」
「はい。それでは失礼します」
 アーニャが出て行くと、シンヴレスは恐る恐る深呼吸し、瓶の中に揺れている紫色の香水と向かい合ったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

処理中です...