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「サクリウス姫と一緒」

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 シンヴレスは良い夢を見ていたようだが飛び起きた。
 朝陽の光りがカーテンの向こうからぼんやり部屋を照らしている。武器に書物に竜の人形。それがシンヴレスの寝室だった。シンヴレスは寝ぼけ眼を擦りつつ、大事なことを忘れていたような気がした。それが何だか思い出せない。
 シンヴレスは寝室の扉を開けた。
 不動の鬼と呼ばれる寡黙な護衛の猛者が一礼する。
「ねぇ、鬼。昨日何か特別なことってあった?」
 鬼は厳めしい面構えでシンヴレス皇子に向かって頷いた。
「べリエル王国より」
「待って分かった! 思い出したよ!」
 シンヴレスは合点すると駆け出そうとした。だが、鬼が正面に回って足止めした。
「寝間着のままです、御曹司」
「あ、いけない」
 すると不動の鬼は隣の部屋にある侍女の待機部屋を軽くノックした。
「御曹司が御起床なされた」
 その言葉が終わるや否や、部屋の扉はパッと開き、待機していた夜勤の侍女が慌てた様子で飛び出してきた。
「おはようございます、皇子殿下。御着替えをなさいましょう」
「大丈夫、一人で出来るよ」
「そうは参りません」
 侍女に代わって不動の鬼が言った。
「その通りです。サクリウス姫を御失望成される服装ではいけません」
 侍女が同意する。
「ごめんなさい。いつも通り、よろしくね」
 シンヴレスは己がサクリウス姫に会いたいばかりに逸り過ぎたことを反省した。
 侍女は嫌な顔一つせずにシンヴレスの寝室へ入ると慣れた動作で着替えさせた。
「終わりました」
「ありがとう。早起きしてごめんね」
「滅相もございません」
 侍女はそう答えた。
 サクリウス姫の部屋は侍女の待機室を挟んで隣だ。胸を張って歩んで行くとシンヴレスは木彫のある扉をノックした。
 だが、返事がない。サクリウス姫は御寝坊さんなのかな。そこで自分が普段侍女に起こされるよりも早く起きたことを思い出した。まだ城内は朝の気配がない。サクリウス姫を起こすわけにもいかない。
「サクリウス姫様ならば先にお起きになられましたよ」
 侍女が言った。
「そうだったんだ。ありがとう。探してくる!」
 シンヴレスは人気の無い回廊を駆け抜けた。


 食堂にはいなかった。謁見の間にも、書庫にもいない。皇子は「うーん」と、考えた。シンヴレスは後を密やかに追い駆けて来た猛者に尋ねた。
「ねぇ、鬼、サクリウス姫はどこに行ったと思う?」
 すると不動の鬼は打てば響くように応じた。
「竜のお世話をしてるのだと思われます」
「あ! そうか! そうだよね、いきなり独りぼっちにはできないよね。行こう」
 シンヴレス皇子は再び動き、階段を下り、見張りと護衛の兵らに挨拶をして、外に出た。
 柔らかい日差しが本物の朝の到来を告げるところであった。
 竜舎は西側にあり少し離れている。不動の鬼が二頭の馬を兵士から借りた。
 乗馬が得意なシンヴレス皇子はそれで改めて力が漲り、馬を走らせた。
 西側の石畳の通りを馬は軽快に足を鳴らして駆けて行く。
 大きな施設が見えてきた。
「シンヴレス皇子、おはようございます」
 竜舎の警備兵が敬礼した。
「おはよう。サクリウス姫はいる?」
「ええ、御自分の竜に食事を与えて御出でです」
「ありがとう」
 シンヴレスは開け放たれた施設の中へと飛び込んだ。竜のゴロゴロ喉を鳴らす声と、干し草のにおいがする。竜舎は至って平和な様子であった。職員達や竜乗りらがそれぞれの竜に応対している中、シンヴレスはまずは自分の竜に会いに行った。
「おはようバジス」
 シンヴレスの声に四メートルのフロストドラゴンは小さく鳴いた。シンヴレスは頭を撫でた。バジスはシンヴレスの肩に首を置いた。
「飛びたいんだ? でも、待ってね、グランエシュードさんが来てからだね」
 シンヴレス皇子が言うと、隣で不動の鬼が敬礼した。
「おはようございます、シンヴレス皇子」
「あ!」
 そこには甲冑姿のサクリウス姫が立っていた。
「あ、あの……」
「どうしましたか?」
 サクリウス姫が怪訝そうに尋ね、シンヴレスはようやく声を出すことができた。
「おはようございます、サクリウス姫!」
 シンヴレスはサクリウス姫が本当に昨日からこの城に住むことになったという事実が、まるで本当だったというように、驚き、挨拶が出て来ず気まずい思いをしていた。だが、サクリウス姫は微笑んだ。
「可愛い竜ですね」
「バジスです」
「強そうな名前ですね。こうやって朝の御世話まで自分でされているとは驚きました」
 そう言われ、シンヴレスはこれからはそうしようと決め、正直にサクリウス姫に伝えた。
「いいえ、今までは職員さん達に任せてました。で、でも! 今日から私が朝から晩までお世話をします!」
「私に配慮することは無いのですよ? シンヴレス様はまだまだ成長期、しっかり眠ることも皇子の役目の内です」
「は、はい……」
 サクリウス姫の笑顔が見たいがために言った言葉はこれで打ち消されてしまった。
「そんな顔をなさらないで。恥ずかしいことではありません。私もいずれは朝のお世話はこちらの職員の方に任せようと思っています」
「そうなのですね!」
 シンヴレスはホッと息を吐いた。
 サクリウス姫が微笑む。美しい笑顔だった。シンヴレスも自然と笑みを浮かべていた。
「サクリウス姫の竜はどんな御様子でした?」
「アルバーンは、もう大人の竜ですから慣れぬ環境でも、人々が甲斐甲斐しく世話をしてくれているのを見て安心しているようです」
「それは良かったです!」
 シンヴレスが言うと、サクリウス姫が小声で呟いた。
「可愛い」
 その言葉にシンヴレスは全身が熱くなった。嬉しかったのだ。
「いつか、可愛いからカッコいいになって見せます」
「シンヴレス皇子ならなれますよ、きっと」
 サクリウス姫が言った。
 こうして一度、皇帝陛下と食事をするためにシンヴレスはサクリウス姫と不動の鬼を連れて城へと戻ったのであった。
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