仮面の裏の虚像

Ms.ward 19

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第1章

川上隼斗1

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 正義感とはなんだろうか。偽善、本能、仲間意識、契約。物事には意思がある。もちろん人間の行動も同じように意思がある。本能的に行動しているようであっても、そのの実、周りに感化されているだとか、自分がよく見られたいだとか、そういった不純が隠れていることが多い。純粋な意味での正義感を振りかざしているものは居ないのだろうか。そもそも、純粋な正義感とはなんだろうか。
 川上隼斗かわかみはやとあきれた様子で右手で掬った砂を地面に少しずつこぼしていた。目先にあるのは小さな穴、蟻の巣だった。
 蟻の世界には人間と同じように社会がある。女王蟻、兵隊蟻、働き蟻。正にイギリスの絶対王政がここには残っている。働き蟻は果たして自分の生涯が働き蟻で終わることを予知しているのだろうか。そして蟻よりも遥かに大きな人間という生き物にその人生さえも握りつぶされるものはどのような感覚だろうか。
 川上隼斗は手に握られた砂がなくなった頃、目を落とすと、もがきながら地中から出てくる蟻の姿が見えた。蟻の巣は細長い紐状でなく、縦穴と横穴で形成されており、複雑な形をしている。だから砂が行き渡らない。川上隼斗はその事は知っていた。だから落胆はしなかった。次はそこらにあった石ころを這い上がってきた蟻の上に置いた。今度は出てこなかった。川上隼斗は表情一つ変えなかった。
 そろそろ時間だ。約束の時間。
 川上隼斗は立ち上がると体育館の裏の方へ歩みを進めた。体育館の裏は人通りが少なく、後ろめたいことは大抵ここで行われる。
 体育館の裏を覗くと、男が2人いる。1人は大柄で鋭い目つきの安倍あべという3学年の男だ。彼は威嚇するようにその鋭い目をこちらに気づいたかのように振り向ける。
「やめろよ、可哀想だろ」
「なんだお前、同じようにされたいか」
 彼は問答無用で拳を振るってきたが、実はその拳が緩く、軽いものであることは奥の男は気付いていない。その拳を軽やかに避けると左手でその手首を握る。関節が動かない方へひねると彼はわざとらしく悲鳴をあげる。いずれも本気ではない。
 阿部は毒づくとグラウンドの方へ立ち去った。ここまでが台本である。台本に描かれていないのはゲストだけ、そこに横たわっている男だ。
 もう1人の男は腹を抑えながら体育館の壁を頼りに立とうとしている。しかし崩れ落ちる。弱々しいその姿はまるで、使い古したボロ雑巾のように無様だ。激しくせているところを見ると、腹を幾度となく殴られたのだろう、足元には泥が付いている。男は一言礼を言うと体を引きずるが、やがて力尽きその場で動かなくなった。どうでもいいことだった。
 川上隼斗はその場を立ち去った。
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