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皇帝生誕九十年祭

第三十三話 カテイナの計画

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「おっと、降参、降参。君に勝てると思うほどうぬぼれてはいないよ」

 男が両手を上げて降参のポーズをとる。

「お、お前、誰だ?」
「これは失礼致しました。私はレトス・ネクストと言うものです。この皇都の住民ですよ」

 住民と言う割には洗練された動作でお辞儀をする。頭を上げるとにっこり笑う。

「私もジオール城に興味がありましてね」

 この一言で男をにらみつける。
 「私も」ってなんだ。勝手に俺の思考を読むんじゃない。

「だから何だ? さっさといけ、おまえごときに用は無いぞ」
「ふふ、残念です。では失礼します」

 ふん、と鼻を鳴らして、にらみつける。
 男はすっと離れて、俺の目の端で止まると、城壁に向かって腕を伸ばし、これ見よがしに何かを数えている。親指と人差し指を立てて片目で城壁との距離を測っているようだ。
 簡単にメモを取ると、さらに城壁に沿って歩き、同じ様に仕草を繰り返している。まるで何かを狙っているような動き……ピンときた。こいつ同じものを狙っているな?
 視界から消えそうになったので、こっそり後をつける。
 レトスはこっちには気が付かずに同じ動作を続けている。
 城壁を半周ほどしただろうか?
 突然レトスがガッツポーズをした。メモ用紙に何か書き込んで小躍りして喜んでいる。そして、勢いそのままに踵を返して通りの大衆食堂に入っていった。
 あの動きから推定して、目当てのものの場所をつかんだな? ニヤリと笑う。
 じゃあ俺がその情報をもらってしまおう。
 大衆食堂の窓にへばりついてレトスの居場所を探す。
 ……店の奥のテーブルだ。後姿が見える。いそいそと身振り手振りで正面の若そうな男に話している。机の上では白い紙が置かれていて、説明のたびに何かを書き込んでいる。
 話し相手は大仰に頷いているが笑みが隠しきれていない。
 さて、俺も店に侵入してレトスが一人になる時を狙おう。

……

「良かった。これでついてきてくれないと困るよ」
「しかし、流石です。ごくあっさり退いた時は失敗したかと思いましたよ」
「子供だからね。面白い動きには興味津々なのさ……とはいっても小躍りは恥ずかしかったなぁ」
「……さすがは元皇都守備隊隊長」
「今はただのOBさ。ま、元部下の衛兵とも連携できたし、役に立てて何よりだよ」
「おっと、例の少年が店に入って来たようです」
「手旗信号かい? じゃあ私は店を出ないと」
「こちらのことはお任せください。お気をつけて」
「ありがとう。そっちも気を付けるように」

 若い男が小さく頷く。
 レトスは立ち上がると踵を返して店を後にした。

……

 レトスが大衆食堂を出た。ふらふらと歩いている。にやけた笑顔で酒瓶を片手にしているようだ。強いアルコールの匂いが漂っている。
 あいつは郊外に向かって歩いていくが、だんだんと人通りが少なくなっていく。
 あのぐらいの男なら戦えばすぐにかたがつく。ただ人目につくのはまずい。そう思ってついてきたのだが……酒瓶に口をつけるたびに足元が怪しくなっていく。
 こいつそのまま倒れるんじゃないか?
 案の定、数十メートルも歩いたらごみの上にぶっ倒れた。
 当たりを見渡す……人通りは無い。
 近寄って顔を見てみる。寝息がアルコール臭いなぁ。
 レトスの懐をあさる。
 例のメモ用紙が出てきた。
 城内部の建屋の配置と赤でぐるぐる目印をつけられた建物、侵入ルートが黒い線で描かれている。ご丁寧に侵入日まで書いてある。
 レトスの物を借用して手の平に書き写す。
 俺の侵入日は誕生祭の三日前、レトスたちの計画の一日前だ。

「喜びすぎだな」
「ぐぅー」

 俺はレトスの懐にメモ用紙を戻すとニヤリと笑う。俺が先に建物に入って目当ての物がなくなっていたら、こいつらどんな顔をするのかなぁ?
 ぷぷっ、と笑いが殺せない。そのままジブリルの待つ大使館に戻って、これからは俺の計画を練る。

……

「彼はいたずらっ子だねぇ」
「レトスさん。何もゴミ箱に倒れなくても……芝居がかりすぎですよ?」
「まあまあ、匂いをごまかしたいってのもあったからねぇ」
「彼の襲撃する建屋とルートは特定できましたが、日付はわかりますか?」
「生誕祭の三日前だよ。メモを写してる手の軌跡がそう動いてた」
「……流石です」
「念のため、その前後の日付は対策するように、あと、彼がメモを間違って写している可能性も考えて、似た配置の建屋もね」
「了解です」

 侵入ルートの警備は近衛師団でも凄腕とされる師団長及び副師団長を配置する。彼らであればカテイナをうまく誘導し、侵入の対策も取れるだろう。
 戦うのは得策ではない。これは近衛師団の師団長が一人負けていることからもわかる。真正面から総力戦で挑むもの得策ではない。皇帝陛下の誕生祭を前にして大騒ぎを起こすわけにもいかないのだ。
 これはレトスたちにとっては苦肉の策、カテイナに満足するように侵入してもらって、穏便のうちに帰ってもらう。これが近衛師団の出した結論だ。侵入ルートを固定し、狙う建屋を限定した。日取りもわかっている。あとは彼の動向を監視するだけだ。
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