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22、これは甘えて……る……のか……?
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白いシャツ越しに、セルの唇がそっと擦りつけられる。
「ん……っ」
「ルイ兄さんのここ、見た目どおりふわふわしてるんだな」
「ぅあ、っ……そこでしゃべるなって」
脳裏をよぎった鮮烈な光景は、服がびしょ濡れになるほど俺の突起を舐めまわしたニコスの煽情的な顔だった。
「てか、何してる!?」
「は? 甘えてるんだろ」
「あ……」
そうか。
甘えてるんだったな。
……いや。
いやいやいやいや!
俺は胸元から唇を離さないセルの頭をガシッと掴んで、ひっぺがして、近距離でしっかりと目を合わせる。
「セル、落ち着こう」
「オレは落ち着いてる」
「甘えてるつもりなのはわかった。ちゃんとわかった。でも──」
「心臓の音を聴きたいんだ」
「え……?」
「こうして兄さんの胸に幼子みたいにふれて、心臓の音を聴きたい」
俺を見上げるセルジオスの目には真剣さしかないようにみえる。澄んだ瞳とも表現できるくらいだ。
そうなると俺は、まるで本当に幼い頃のセルジオスを抱っこしているような感覚におちいる。
出会った時、セルジオスはまだ13歳だった。
令息としての振る舞いをわきまえた大人びた印象ではあったが、あの時のセルは母親に置いていかれた13歳の子供だったのだ。
心臓がぎゅっと収縮する感覚に、セルジオスの“甘え”を制止していた手をそっと外す。
「兄さん?」
「ごめんな、変に考えて。甘えていいって言ったのに、ごめん」
精一杯兄らしく、微笑を浮かべて謝った。
セルジオスも嬉しそうに少し笑って、俺の膝上にごろりと横たわる。
……正直、胸からセルの意識が逸れたことに安堵しつつ、今度は優しくセルジオスの頭にふれた。
心臓の音はこの体勢でも聞こえるだろうかと疑問に思いつつ、たっぷりと豊かな髪を優しく撫でる。
「兄さん」
「うん? もっと強く撫でるか? あ。お痒いところはございませんか~?」
ローラン家お抱えの理髪師の真似をして言ってみるとセルは口を開けて笑った。歯が見える。きちんと清潔に手入れしているセルの白い歯が。
(すごいな、兄弟って)
つい数時間前までは俺を睨みつけるか嘲笑するかだったセルジオスが、こんなにも無防備な体勢でリラックスして、くだらないモノマネに笑顔を見せてくれるなんて。
「兄さん、」と呼ぶ声がまた聞こえて俺は感動から自分を呼び戻し、眼差しで返事をした。
「そうやってオレの頭、撫でたままさ」
「うん」
「服をまくりあげて、胸を見せてくれ」
「うん?」
「甘えさせてくれるって言った。全部、兄さんがやってよ」
「……うぅううん??」
「オレは兄さんの心臓の音、聴くから。──ほら早く」
「………………セル、」
「早く」
もう笑っていないセルジオスにじいっと見つめられて、冷や汗がたらりとこめかみをつたう。
「しっ、心臓の音聴くなら、あれだよな? 胸に、耳あてるだけだよな?」
さっきは服越しに唇で……だったけれど、あれは『服をまくれ』という意志表示だったということだよな?
そうだと言ってくれ。
頼む、セル……!
「甘え方を、甘やかすほうが決めるのはおかしいだろ」
「えっ」
「なに。心臓の音、聴かせてくれないのか? 兄さんもオレを甘えさせてくれないってこと?」
「違う! 絶対そんなことない!」
焦って強めの語気で否定していた。
だって。また数時間前のセルに戻ってほしくない。
「じゃあ、やって」
拒否すればセルジオスを傷つける。
拒否したい理由が情けないのが、苦しい。
昨晩ニコスに散々いじられたとき、俺は知らなかった自分を知ってしまったのだ。
ルイ・ローランは、胸を刺激されることにとことん耐性がない。
心臓は左胸にある。命の鼓動を聴くためには胸にセルジオスが接近して、接触する。弟が童心でただ甘えているつもりでも、俺の気持ちには不純物が混ざる。肉親としてありえない、気持ちの悪い反応をしてしまうに違いない。
「兄さん……?」
ああ、駄目だ。無言でフリーズした俺を呼ぶセルの声が悲しそうなトーンになってしまった。
(くそ……俺、自分のことばっかりだな。こんなんじゃ駄目だろ)
──ちゃんと、セルに言おう。
覚悟を決める。自分が恥をかくよりも弟が悲しむことが嫌だった。
セルの髪を撫でていた手を、皮膚の薄い頬へと移動して、ひたりとふれる。
セルは一瞬目を見開いたけれど、すぐにふれることを許可するとでもいうようにゆっくりと瞬きをした。
頬なんて、滅多に人にさわられない箇所をさわらせてくれるほどの信頼を寄せてくれる弟に、俺はみっともない真実を告げなければならない……。
胃がキリキリするのを感じながら口を開く。
「セル、ごめん。セルが甘えてるだけのつもりでも、俺は、昨日ニコスとの鍛錬でむっ、胸にさわられると、自分がめちゃくちゃ過剰な反応しちゃうってわかってるんだ」
手のひらの中でセルの頬がヒクリと痙攣した。
当然だ。ついさっき、鍛錬には協力的な姿勢を見せてくれたけれど実際に兄の腑抜けた生態を聞けば気持ち悪く思うのは仕方がない。
過剰な反応という言葉でぼかしたが、本当は、失禁までしたのだ。胸を刺激され、漏らした。さすがにそこまでストレートに言えない。しかも失禁は鍛錬どころか神聖力を使った“治療”の最中だった。せっかくの11年越しの雪解けに、ふたたび吹雪が吹き荒れるのは嫌だ。
「だから、その、胸に耳あてるだけならぜんぜんいい……けど、さっきみたいに口でとかは、駄目だ」
弟相手に、いったい何を言ってるんだろうと羞恥で顔が熱くなる。
そんな俺の情けない様を、セルは一瞬も目を逸らさずに見つめていて。
「──わかった」
「セル! よかった……」
「うん。じゃあ、服をまくって兄さんの胸だしてくれ」
(う……わかってくれたとはいえ、やっぱりなんか……)
胸は性的快楽を得ることができる部位だが、今からやる行為は性的なことではなく、弟が心臓の音を聴くために“胸筋“を露出するのだ。ただそれだけだ。ああ今日まで鍛えてきてよかった。父さんにはまだまだ敵わなくとも弟に見せて恥ずかしくない良質な筋肉は育っているはず。うん。大丈夫。大丈夫だ!
緩慢な動作でやると変な空気になりそうな気がしたから。
俺はすうっと息を深く吸い込み、えいやと一気に服をまくりあげた。
胸筋の下部でやや服が引っかかり「ん、」と声が出てしまったが動作を止めず勢いよく両胸の筋肉を露出する。
「ほら、甘えていいぞ!」
セルとの距離感では必要のない声量だ。
「兄さん」
「うん!?」
それなりにこの状況に混乱があり、妙に大声での返しになってしまうのは許してほしい。セルジオスはそんな俺に合わせて笑うでもなく、胸筋をみせる前よりもなんだか表情が硬い。けれど目だけはどことなく爛々としている。獅子が得物を前に気配を消して、じっと草むらに身を潜めるときにこんな表情だったのをサバイバル訓練の教材映像で見た記憶がある。……甘える前の幼い子の顔なんだろうか、このセルの顔は。
「服、まくってないほうの手で俺の頭支えて。このまま寝転がったまま、兄さんの胸元に、耳をあてやすい位置で」
「わ、わかった!」
すぐに空いていたほうの手で弟の頭を支えた。セルも腹筋に力を入れて不安定な体勢を支えてはいるだろうが、なかなか重たい。家族を持つ者しかわからない重みだと幸福を感じながら、もう片方の手は胸を露出する服がずり落ちないよう支えていて……今、人生初の謎すぎる態勢だ。
「うん、いい感じ。ありがとう。これでちゃんと甘えられる」
「そうか。良か──ッ」
力をこめた胸筋に、ぱふんっとセルの頬が埋もれた。
左胸の内側あたりに耳を擦りつけて拍動を聴いている。
トクン、トクン……。
肌にこすれる髪の毛が、少しくすぐったい。
ドクン、ドクン……。
セルの耳はひんやりとした体温で、それを心地よいと思うということは、俺の胸筋は少し熱いのかもしれない。
ドッ、ドッ、ドッ──……。
「兄さん、心臓すごい音してる」
「しっ、仕方ないだろ。甘えられるのなんて、初めてだし」
「初めてじゃなかったらおぞましい気持ちになっただろうな」
少し低い声で言ったセルジオスの手が、耳をあてていないほうの胸筋を下から持ち上げるようにしてさわった。ぞくっと肌が粟立つ。
「っ、セル……?」
「なに」
「いや手、……えっと、さわるのか?」
「駄目なのか? 乳首にはさわってない。それとも、乳首以外の箇所も過剰反応するのか?」
(乳首以外の箇所……)
昨日のニコスとの鍛錬では、乳首ばかり責められた。
「……多分、そのあたりさわるだけなら大丈夫だ」
「そうか。手のひらごしに、心臓の音を感じてるだけだしな」
胸にふれているセルの手に力がはいり、もにゅっと揉まれる。
「んっ」
(うわあああああ変な声出た!!)
大丈夫だと言ったばかりなのに。
セルは甘えているだけなのに。
奥歯をかみしめ、唇をぎゅっと引き結ぶ。
「ルイ兄さん、べつに声を出していい」
「はぇっ!?」
何を言ってるんだ俺の弟は。
セルジオスは俺の胸筋をもにもにと揉みながら言葉を続ける。
「思ったんだが、兄さんに最低な行いをする敵軍の中にも、こうして甘える行為を“プレイ”として要求するクズがいるかもしれない」
「え……?」
「兄さんはどう思う?」
俺の露出した胸筋にぴったりと頬をくっつけたセルジオスの上目遣いと目が合う。視界の端に、さわられてもいないのにつんと尖る自分の乳首が見えた。悲鳴をあげそうだ。セルジオスがさっきと同じく軍事会議してますみたいな真剣な表情なのも相まっていたたまれなさがすごい。自分の視界に映る画に脳の処理が追いつかず眩暈がしてきた。
己の惨状から意識を逸らすためにもセルジオスとの会話に集中する。
「まあ、……そうかもな」
「じゃあやっぱり、オレとこのまま鍛錬をするべきだ」
「え゛っ!?」
「冷静に考えろよ、兄さん。メス堕ちまでするってことは、暴力的なセックスよりも快楽を与えるセックスをされるんだ。穴に、棒を突っ込むだけじゃない。敵は兄さんの心にまで巧妙に入り込んで、すべてを犯し尽くす。身体だけじゃないから、堕ちてしまうんだろ。敵が兄さんの心まで犯すために、何をすると思う。敵は兄さんが近衛騎士団長の息子だと知って拉致した。つまり、兄さんの境遇、求めているものを正確に把握している可能性が高い。兄さんはこうしてオレと和解せず、敵にひとり拉致されて、犯されて、絶望して、もう駄目だと思った時に『自分を弟だと思えばいい』とほざく奴に『兄として甘やかしてくれ』って迫られたら、どうする?」
「え……っと、」
「ほだされるだろ?」
「…………うーん……」
「言い切れる。兄さんは、ほだされる。ほいほいと甘えさせてやるんだ。今みたいに。自分で胸をみせて、簡単にさわらせて、……こんなふうに」
セルジオスの指が、ぴんっと軽く突起をはじいた。
「んぁっ」
「そういう声を出して、どんどんつけ込まれる」
まだ弾かれた刺激に動揺しているのに、つんと尖った突起をすりすりと撫でられてまぎれもない快感に鼻からぬけるような甘い吐息がもれてしまう。ニコスより、セルジオスの指は硬い気がした。でもさわりかたは優しい。どんどん芯をもってセルの指に対抗しようとする俺の突起を、指先を左右に揺らすようにして丹念にこする。
「ぅ……ゃっ、セル……っ」
「聞けよ、兄さん。ニコスにはそういうタイプの、ルイ兄さんの兄としての渇望につけ込んでくるタイプの敵に対処するための鍛錬は無理だ。だから、オレに協力させてくれ」
「ぁ……っ」
優しく弾かれるように刺激された突起をきゅっとつままれて、ごまかしようのない甘い声がこぼれてしまった。
「ん……っ」
「ルイ兄さんのここ、見た目どおりふわふわしてるんだな」
「ぅあ、っ……そこでしゃべるなって」
脳裏をよぎった鮮烈な光景は、服がびしょ濡れになるほど俺の突起を舐めまわしたニコスの煽情的な顔だった。
「てか、何してる!?」
「は? 甘えてるんだろ」
「あ……」
そうか。
甘えてるんだったな。
……いや。
いやいやいやいや!
俺は胸元から唇を離さないセルの頭をガシッと掴んで、ひっぺがして、近距離でしっかりと目を合わせる。
「セル、落ち着こう」
「オレは落ち着いてる」
「甘えてるつもりなのはわかった。ちゃんとわかった。でも──」
「心臓の音を聴きたいんだ」
「え……?」
「こうして兄さんの胸に幼子みたいにふれて、心臓の音を聴きたい」
俺を見上げるセルジオスの目には真剣さしかないようにみえる。澄んだ瞳とも表現できるくらいだ。
そうなると俺は、まるで本当に幼い頃のセルジオスを抱っこしているような感覚におちいる。
出会った時、セルジオスはまだ13歳だった。
令息としての振る舞いをわきまえた大人びた印象ではあったが、あの時のセルは母親に置いていかれた13歳の子供だったのだ。
心臓がぎゅっと収縮する感覚に、セルジオスの“甘え”を制止していた手をそっと外す。
「兄さん?」
「ごめんな、変に考えて。甘えていいって言ったのに、ごめん」
精一杯兄らしく、微笑を浮かべて謝った。
セルジオスも嬉しそうに少し笑って、俺の膝上にごろりと横たわる。
……正直、胸からセルの意識が逸れたことに安堵しつつ、今度は優しくセルジオスの頭にふれた。
心臓の音はこの体勢でも聞こえるだろうかと疑問に思いつつ、たっぷりと豊かな髪を優しく撫でる。
「兄さん」
「うん? もっと強く撫でるか? あ。お痒いところはございませんか~?」
ローラン家お抱えの理髪師の真似をして言ってみるとセルは口を開けて笑った。歯が見える。きちんと清潔に手入れしているセルの白い歯が。
(すごいな、兄弟って)
つい数時間前までは俺を睨みつけるか嘲笑するかだったセルジオスが、こんなにも無防備な体勢でリラックスして、くだらないモノマネに笑顔を見せてくれるなんて。
「兄さん、」と呼ぶ声がまた聞こえて俺は感動から自分を呼び戻し、眼差しで返事をした。
「そうやってオレの頭、撫でたままさ」
「うん」
「服をまくりあげて、胸を見せてくれ」
「うん?」
「甘えさせてくれるって言った。全部、兄さんがやってよ」
「……うぅううん??」
「オレは兄さんの心臓の音、聴くから。──ほら早く」
「………………セル、」
「早く」
もう笑っていないセルジオスにじいっと見つめられて、冷や汗がたらりとこめかみをつたう。
「しっ、心臓の音聴くなら、あれだよな? 胸に、耳あてるだけだよな?」
さっきは服越しに唇で……だったけれど、あれは『服をまくれ』という意志表示だったということだよな?
そうだと言ってくれ。
頼む、セル……!
「甘え方を、甘やかすほうが決めるのはおかしいだろ」
「えっ」
「なに。心臓の音、聴かせてくれないのか? 兄さんもオレを甘えさせてくれないってこと?」
「違う! 絶対そんなことない!」
焦って強めの語気で否定していた。
だって。また数時間前のセルに戻ってほしくない。
「じゃあ、やって」
拒否すればセルジオスを傷つける。
拒否したい理由が情けないのが、苦しい。
昨晩ニコスに散々いじられたとき、俺は知らなかった自分を知ってしまったのだ。
ルイ・ローランは、胸を刺激されることにとことん耐性がない。
心臓は左胸にある。命の鼓動を聴くためには胸にセルジオスが接近して、接触する。弟が童心でただ甘えているつもりでも、俺の気持ちには不純物が混ざる。肉親としてありえない、気持ちの悪い反応をしてしまうに違いない。
「兄さん……?」
ああ、駄目だ。無言でフリーズした俺を呼ぶセルの声が悲しそうなトーンになってしまった。
(くそ……俺、自分のことばっかりだな。こんなんじゃ駄目だろ)
──ちゃんと、セルに言おう。
覚悟を決める。自分が恥をかくよりも弟が悲しむことが嫌だった。
セルの髪を撫でていた手を、皮膚の薄い頬へと移動して、ひたりとふれる。
セルは一瞬目を見開いたけれど、すぐにふれることを許可するとでもいうようにゆっくりと瞬きをした。
頬なんて、滅多に人にさわられない箇所をさわらせてくれるほどの信頼を寄せてくれる弟に、俺はみっともない真実を告げなければならない……。
胃がキリキリするのを感じながら口を開く。
「セル、ごめん。セルが甘えてるだけのつもりでも、俺は、昨日ニコスとの鍛錬でむっ、胸にさわられると、自分がめちゃくちゃ過剰な反応しちゃうってわかってるんだ」
手のひらの中でセルの頬がヒクリと痙攣した。
当然だ。ついさっき、鍛錬には協力的な姿勢を見せてくれたけれど実際に兄の腑抜けた生態を聞けば気持ち悪く思うのは仕方がない。
過剰な反応という言葉でぼかしたが、本当は、失禁までしたのだ。胸を刺激され、漏らした。さすがにそこまでストレートに言えない。しかも失禁は鍛錬どころか神聖力を使った“治療”の最中だった。せっかくの11年越しの雪解けに、ふたたび吹雪が吹き荒れるのは嫌だ。
「だから、その、胸に耳あてるだけならぜんぜんいい……けど、さっきみたいに口でとかは、駄目だ」
弟相手に、いったい何を言ってるんだろうと羞恥で顔が熱くなる。
そんな俺の情けない様を、セルは一瞬も目を逸らさずに見つめていて。
「──わかった」
「セル! よかった……」
「うん。じゃあ、服をまくって兄さんの胸だしてくれ」
(う……わかってくれたとはいえ、やっぱりなんか……)
胸は性的快楽を得ることができる部位だが、今からやる行為は性的なことではなく、弟が心臓の音を聴くために“胸筋“を露出するのだ。ただそれだけだ。ああ今日まで鍛えてきてよかった。父さんにはまだまだ敵わなくとも弟に見せて恥ずかしくない良質な筋肉は育っているはず。うん。大丈夫。大丈夫だ!
緩慢な動作でやると変な空気になりそうな気がしたから。
俺はすうっと息を深く吸い込み、えいやと一気に服をまくりあげた。
胸筋の下部でやや服が引っかかり「ん、」と声が出てしまったが動作を止めず勢いよく両胸の筋肉を露出する。
「ほら、甘えていいぞ!」
セルとの距離感では必要のない声量だ。
「兄さん」
「うん!?」
それなりにこの状況に混乱があり、妙に大声での返しになってしまうのは許してほしい。セルジオスはそんな俺に合わせて笑うでもなく、胸筋をみせる前よりもなんだか表情が硬い。けれど目だけはどことなく爛々としている。獅子が得物を前に気配を消して、じっと草むらに身を潜めるときにこんな表情だったのをサバイバル訓練の教材映像で見た記憶がある。……甘える前の幼い子の顔なんだろうか、このセルの顔は。
「服、まくってないほうの手で俺の頭支えて。このまま寝転がったまま、兄さんの胸元に、耳をあてやすい位置で」
「わ、わかった!」
すぐに空いていたほうの手で弟の頭を支えた。セルも腹筋に力を入れて不安定な体勢を支えてはいるだろうが、なかなか重たい。家族を持つ者しかわからない重みだと幸福を感じながら、もう片方の手は胸を露出する服がずり落ちないよう支えていて……今、人生初の謎すぎる態勢だ。
「うん、いい感じ。ありがとう。これでちゃんと甘えられる」
「そうか。良か──ッ」
力をこめた胸筋に、ぱふんっとセルの頬が埋もれた。
左胸の内側あたりに耳を擦りつけて拍動を聴いている。
トクン、トクン……。
肌にこすれる髪の毛が、少しくすぐったい。
ドクン、ドクン……。
セルの耳はひんやりとした体温で、それを心地よいと思うということは、俺の胸筋は少し熱いのかもしれない。
ドッ、ドッ、ドッ──……。
「兄さん、心臓すごい音してる」
「しっ、仕方ないだろ。甘えられるのなんて、初めてだし」
「初めてじゃなかったらおぞましい気持ちになっただろうな」
少し低い声で言ったセルジオスの手が、耳をあてていないほうの胸筋を下から持ち上げるようにしてさわった。ぞくっと肌が粟立つ。
「っ、セル……?」
「なに」
「いや手、……えっと、さわるのか?」
「駄目なのか? 乳首にはさわってない。それとも、乳首以外の箇所も過剰反応するのか?」
(乳首以外の箇所……)
昨日のニコスとの鍛錬では、乳首ばかり責められた。
「……多分、そのあたりさわるだけなら大丈夫だ」
「そうか。手のひらごしに、心臓の音を感じてるだけだしな」
胸にふれているセルの手に力がはいり、もにゅっと揉まれる。
「んっ」
(うわあああああ変な声出た!!)
大丈夫だと言ったばかりなのに。
セルは甘えているだけなのに。
奥歯をかみしめ、唇をぎゅっと引き結ぶ。
「ルイ兄さん、べつに声を出していい」
「はぇっ!?」
何を言ってるんだ俺の弟は。
セルジオスは俺の胸筋をもにもにと揉みながら言葉を続ける。
「思ったんだが、兄さんに最低な行いをする敵軍の中にも、こうして甘える行為を“プレイ”として要求するクズがいるかもしれない」
「え……?」
「兄さんはどう思う?」
俺の露出した胸筋にぴったりと頬をくっつけたセルジオスの上目遣いと目が合う。視界の端に、さわられてもいないのにつんと尖る自分の乳首が見えた。悲鳴をあげそうだ。セルジオスがさっきと同じく軍事会議してますみたいな真剣な表情なのも相まっていたたまれなさがすごい。自分の視界に映る画に脳の処理が追いつかず眩暈がしてきた。
己の惨状から意識を逸らすためにもセルジオスとの会話に集中する。
「まあ、……そうかもな」
「じゃあやっぱり、オレとこのまま鍛錬をするべきだ」
「え゛っ!?」
「冷静に考えろよ、兄さん。メス堕ちまでするってことは、暴力的なセックスよりも快楽を与えるセックスをされるんだ。穴に、棒を突っ込むだけじゃない。敵は兄さんの心にまで巧妙に入り込んで、すべてを犯し尽くす。身体だけじゃないから、堕ちてしまうんだろ。敵が兄さんの心まで犯すために、何をすると思う。敵は兄さんが近衛騎士団長の息子だと知って拉致した。つまり、兄さんの境遇、求めているものを正確に把握している可能性が高い。兄さんはこうしてオレと和解せず、敵にひとり拉致されて、犯されて、絶望して、もう駄目だと思った時に『自分を弟だと思えばいい』とほざく奴に『兄として甘やかしてくれ』って迫られたら、どうする?」
「え……っと、」
「ほだされるだろ?」
「…………うーん……」
「言い切れる。兄さんは、ほだされる。ほいほいと甘えさせてやるんだ。今みたいに。自分で胸をみせて、簡単にさわらせて、……こんなふうに」
セルジオスの指が、ぴんっと軽く突起をはじいた。
「んぁっ」
「そういう声を出して、どんどんつけ込まれる」
まだ弾かれた刺激に動揺しているのに、つんと尖った突起をすりすりと撫でられてまぎれもない快感に鼻からぬけるような甘い吐息がもれてしまう。ニコスより、セルジオスの指は硬い気がした。でもさわりかたは優しい。どんどん芯をもってセルの指に対抗しようとする俺の突起を、指先を左右に揺らすようにして丹念にこする。
「ぅ……ゃっ、セル……っ」
「聞けよ、兄さん。ニコスにはそういうタイプの、ルイ兄さんの兄としての渇望につけ込んでくるタイプの敵に対処するための鍛錬は無理だ。だから、オレに協力させてくれ」
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