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9、プティとニコスの後悔
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泣きつかれて辛そうな主をベッドに誘導したら、数分も経たないうちに深い眠りについた。
プティはルイの寝顔を見て吐きそうなほどの罪悪感に襲われ、少しえずく。
(ボクは、なんてことを……っ)
ニコスが提示した『傍観者』の可能性をしっくりくると言っておきながら、ルイのことを、どこか小説の登場人物だと認識していたから『鍛錬をすべき』なんてことが言えたのだ。
ルイは二次元のキャラクターじゃない。
生身の人間で、プティの主だ。
彼に心があることを誰よりも傍で見てきたはずなのに、己の失態が情けなくて口の中の肉を強めにギリッと噛んだ。血の味がじわりとひろがる。自分の生命を、確かに感じた。
前世を思い出して、どうにもハイになっていた。
悲鳴のような声でルイに名を呼ばれ慌ててドアを開けた先に彼の泣き顔を見た時、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、やっと正気に戻った。
ルイも、自分も、ニコスも誰ひとりとして二次元のキャラクターじゃない。
ここローズ・アントス国に生きる人間なのだ。
「ルイ様、今はゆっくり眠ってください」
泣きはらして赤くなったルイの瞼に胸を痛めながら、プティは物音を立てず廊下に出た。
「おい、どうなったんです」
「ッ、ニコス様!? まだいらしたんですか……っ」
廊下の壁に背を預ける姿勢で待っていたニコスに心底驚く。
泣いているルイに対して最後まで自分の正当性を主張していたから、気分を害してとっくに帰ったと思っていたのに。
(いや、文句を言うために待っていたのかも)
「このまま帰れるわけがないでしょう」
そう言ったニコスはすごく難しい顔をしている。
怒っているようにも見えるし、動揺しているようにも見えた。
どちらにしろ今日はもうルイには会わせたくない。帰ってもらわなければ。
「ルイ様は今、泣き疲れて眠っています」
まるで子供のように泣いていた姿を思い出すと胸がズキズキと痛む。
悪い夢を見ていなければいいと願いながらも、目の前の人にも自分は酷いことをしたのだとプティは頭を下げる。
「ニコス様、あらためて謝罪させてください。申し訳ありませんでした。ボクは自分が『傍観者』であること、つまり特別な存在なのかもしれないと舞い上がり、ルイ様とニコス様の心を軽視した提案をしてしまいました」
「鍛錬のことであれば、……理にかなった提案でした」
プティはバッと素早く顔をあげ、食い入るようにニコスを見つめる。
(やっぱり、ルイ様に文句を言うために残っていたのかも……)
この謝罪が、ルイの我儘のように思わせてはいけない。
自分の馬鹿げた提案の正当性なんかより、ルイが人間であると、ニコスにも伝えるべきだ。
「ニコス様は、ルイ様の涙を見てもまだ、ボクの突飛な提案を実行すべきだと思いましたか?」
美しい金髪の主は少しだけ唇を開いたが結局閉じて、何も答えない。
その反応で、十分だった。
彼も目が覚めている。
肯定が返ってきていたらこの先を話しても無駄だっただろう。
プティは涙するルイを前にして深く思案したことの確証を得るため、知るべきことをニコスに問う。
「失礼ながらニコス様、さっきルイ様とふたりきりの時間に、何があったのか教えてください」
「私は──、……ただ、肩にふれた」
「肩に? ふれただけですか?」
「ふれただけだ。……性的なことができるか確かめると、告げて」
(ニコス様が本当のことを言っているのであれば──…やっぱり、)
「ルイ様はボクから見ても、普段から何かに執着することなく寛容なお方です。だからこそ性的なこととも距離を置いていたのでしょう。ご自分で自覚があるのかはわかりませんが、おそらく普通の殿方よりも、興味も薄いのかと」
ニコスはプティ相手に視線を泳がせる。
この反応──。
おそらく、肩にふれただけではないのだ。
性的なことをしていなくともルイを泣くほど追い詰めることを……きっと、言ったりしたのだろう。
でも普段のルイであれば何を言われても聞き流していた。
本当に、執着しない人だから。彼らから理不尽に向けられる嫌悪にも、傷ついているであろう自分の心にも。
(でも、……ショックを受けたんだ。泣くほど)
それはきっと、性的な行為がその先にあるかもしれないという恐怖心から。
ルイの心は普段よりずっと不安定になっていた。
「だから未来で敵兵に蹂躙された時、ルイ様はご自分で思うよりもずっと深く、強く、大きなショックを受けた。敵兵に性的に虐げられ、酷い言葉でも蹂躙された。快楽に堕ちて正気を失ったほうが楽だったのでしょう」
ニコスは自らの視界を塞ぐように片方の手のひらを目元に押しあてる。
まるで今、ルイが『くっ殺』に堕ちた未来を見たかのように。
「ニコス様、鍛錬の提案はどうか忘れてください。ルイ様には目が覚めたらボクが伝えておきます。やっぱり何としても、ルイ様を拉致されないための対策を考えましょう」
「……それがよさそうだ。私も尽力します」
「心強いお言葉です。どうか力を貸してください。よろしくお願いします」
さあ、もう帰ってくれと声色に気持ちをこめた。
願いが通じたのかニコスは別れの挨拶すらなくふらりと廊下を歩き出す。遠ざかる背中には消沈がにじみ、この部屋に入る前の優雅さと傲慢さはほとんど消えていた。
セルジオス付きの従者からたまに話を聞くがニコスも思い込みが激しいだけで悪人ではない。直接対峙した自分だけがルイを追い詰め、泣かせたのだと責任を感じているのかもしれない。
(何やってるんだボクは……。全方面に申し訳ないことをした。せめてルイ様が目覚めた時お傍に…──いや、ボクの顔なんか見たくないかも。でも、できることはしておこう)
決意したプティはこの時、まだ知らなかった。
ルイが今、どんな夢を見ているのかを。
そして目を覚ましたルイの、決意を──。
プティはルイの寝顔を見て吐きそうなほどの罪悪感に襲われ、少しえずく。
(ボクは、なんてことを……っ)
ニコスが提示した『傍観者』の可能性をしっくりくると言っておきながら、ルイのことを、どこか小説の登場人物だと認識していたから『鍛錬をすべき』なんてことが言えたのだ。
ルイは二次元のキャラクターじゃない。
生身の人間で、プティの主だ。
彼に心があることを誰よりも傍で見てきたはずなのに、己の失態が情けなくて口の中の肉を強めにギリッと噛んだ。血の味がじわりとひろがる。自分の生命を、確かに感じた。
前世を思い出して、どうにもハイになっていた。
悲鳴のような声でルイに名を呼ばれ慌ててドアを開けた先に彼の泣き顔を見た時、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、やっと正気に戻った。
ルイも、自分も、ニコスも誰ひとりとして二次元のキャラクターじゃない。
ここローズ・アントス国に生きる人間なのだ。
「ルイ様、今はゆっくり眠ってください」
泣きはらして赤くなったルイの瞼に胸を痛めながら、プティは物音を立てず廊下に出た。
「おい、どうなったんです」
「ッ、ニコス様!? まだいらしたんですか……っ」
廊下の壁に背を預ける姿勢で待っていたニコスに心底驚く。
泣いているルイに対して最後まで自分の正当性を主張していたから、気分を害してとっくに帰ったと思っていたのに。
(いや、文句を言うために待っていたのかも)
「このまま帰れるわけがないでしょう」
そう言ったニコスはすごく難しい顔をしている。
怒っているようにも見えるし、動揺しているようにも見えた。
どちらにしろ今日はもうルイには会わせたくない。帰ってもらわなければ。
「ルイ様は今、泣き疲れて眠っています」
まるで子供のように泣いていた姿を思い出すと胸がズキズキと痛む。
悪い夢を見ていなければいいと願いながらも、目の前の人にも自分は酷いことをしたのだとプティは頭を下げる。
「ニコス様、あらためて謝罪させてください。申し訳ありませんでした。ボクは自分が『傍観者』であること、つまり特別な存在なのかもしれないと舞い上がり、ルイ様とニコス様の心を軽視した提案をしてしまいました」
「鍛錬のことであれば、……理にかなった提案でした」
プティはバッと素早く顔をあげ、食い入るようにニコスを見つめる。
(やっぱり、ルイ様に文句を言うために残っていたのかも……)
この謝罪が、ルイの我儘のように思わせてはいけない。
自分の馬鹿げた提案の正当性なんかより、ルイが人間であると、ニコスにも伝えるべきだ。
「ニコス様は、ルイ様の涙を見てもまだ、ボクの突飛な提案を実行すべきだと思いましたか?」
美しい金髪の主は少しだけ唇を開いたが結局閉じて、何も答えない。
その反応で、十分だった。
彼も目が覚めている。
肯定が返ってきていたらこの先を話しても無駄だっただろう。
プティは涙するルイを前にして深く思案したことの確証を得るため、知るべきことをニコスに問う。
「失礼ながらニコス様、さっきルイ様とふたりきりの時間に、何があったのか教えてください」
「私は──、……ただ、肩にふれた」
「肩に? ふれただけですか?」
「ふれただけだ。……性的なことができるか確かめると、告げて」
(ニコス様が本当のことを言っているのであれば──…やっぱり、)
「ルイ様はボクから見ても、普段から何かに執着することなく寛容なお方です。だからこそ性的なこととも距離を置いていたのでしょう。ご自分で自覚があるのかはわかりませんが、おそらく普通の殿方よりも、興味も薄いのかと」
ニコスはプティ相手に視線を泳がせる。
この反応──。
おそらく、肩にふれただけではないのだ。
性的なことをしていなくともルイを泣くほど追い詰めることを……きっと、言ったりしたのだろう。
でも普段のルイであれば何を言われても聞き流していた。
本当に、執着しない人だから。彼らから理不尽に向けられる嫌悪にも、傷ついているであろう自分の心にも。
(でも、……ショックを受けたんだ。泣くほど)
それはきっと、性的な行為がその先にあるかもしれないという恐怖心から。
ルイの心は普段よりずっと不安定になっていた。
「だから未来で敵兵に蹂躙された時、ルイ様はご自分で思うよりもずっと深く、強く、大きなショックを受けた。敵兵に性的に虐げられ、酷い言葉でも蹂躙された。快楽に堕ちて正気を失ったほうが楽だったのでしょう」
ニコスは自らの視界を塞ぐように片方の手のひらを目元に押しあてる。
まるで今、ルイが『くっ殺』に堕ちた未来を見たかのように。
「ニコス様、鍛錬の提案はどうか忘れてください。ルイ様には目が覚めたらボクが伝えておきます。やっぱり何としても、ルイ様を拉致されないための対策を考えましょう」
「……それがよさそうだ。私も尽力します」
「心強いお言葉です。どうか力を貸してください。よろしくお願いします」
さあ、もう帰ってくれと声色に気持ちをこめた。
願いが通じたのかニコスは別れの挨拶すらなくふらりと廊下を歩き出す。遠ざかる背中には消沈がにじみ、この部屋に入る前の優雅さと傲慢さはほとんど消えていた。
セルジオス付きの従者からたまに話を聞くがニコスも思い込みが激しいだけで悪人ではない。直接対峙した自分だけがルイを追い詰め、泣かせたのだと責任を感じているのかもしれない。
(何やってるんだボクは……。全方面に申し訳ないことをした。せめてルイ様が目覚めた時お傍に…──いや、ボクの顔なんか見たくないかも。でも、できることはしておこう)
決意したプティはこの時、まだ知らなかった。
ルイが今、どんな夢を見ているのかを。
そして目を覚ましたルイの、決意を──。
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