上 下
302 / 807
第8部 晴れた空の下手を繋いで…

STAGE.3-1返事

しおりを挟む
《アタラクシア号》の船内は静かだ、千眼と千華とベルン達が眠り戻った舵達が島船の住民達を見てくれている。
ラジカは誰もいないプールサイドで回遊する船から夜の海を見ている、父親に久方ぶりに会ったせいか過去を思い返す時が増えた。
いつも会えば自信無さげな父、冒険や探求心と誰かに求められたいと思う気持ちだけは異常な熱量を持ち、《アタラクシア》を探求し続ける古代種…。
産まれた時から成体として存在するラジカには子供時代は無い、何度も子供に還る父親を理解出来ない。
「やあ、ラジカさん」
「千歳さん」 
「どうかな、1杯」
「良いですね、是非」
いつの間にか背後にいた千歳に名前を呼ばれ振り向けば、手にはワイングラス2つとカウン酒の瓶を手に笑顔を浮かべ立っていた。
ラジカは頷きプールサイドの椅子に座り、濃い琥珀色のカウン酒を千歳が注いでくれるのを待つ。
「100年時間を進めた物をトイ君がくれだから、ラジカさんと飲もうと思ってね」
「芳しい薫りですね」 
「うん、出来たばかりの物とはまた違って深みがあるね。つまみはチーズと木の実でいいかな?」
「ええ、ありがとうございます」
「では、乾杯」
「乾杯」
千歳が収納からチーズと木の実を出してくれ、グラスを傾けチリンと軽くグラスを傾ける、千歳が此処に来たのは返事を聞きに来たのかただ飲みに付き合えというだけなのか、ラジカは千歳の様子を伺いつつまだ先延ばしにして貰うか、断るかで思考していた。
ラジカには古い約束がある、いつか訪れるかもしれないし訪れないかもしれないその時…恋人という存在を悲しませる結果になるのはラジカも望んでいない。
「少しは僕の事を考えてくれたかな?」
「ええ」
「それは嬉しいな」
チーズを摘みながらニコリと笑う魅力的な笑み、大抵の者なら蕩けてしまいそうになる蠱惑的なものだが、ラジカには底知れぬ深淵を覗き込んでいる気分になる。
「返事はお断りします」
「そう?好きな人がいるのかな?」
今目の前にいるのはいつも詠斗達の前にいる千歳とは違う、
序列第4位 禍喰の魔王としているのだろう。
「いえ、いません」
「なら、どうしてかな?」
「私は数千年生きている鳥です、遥か昔に交わした古い約束があります」
「約束を交わした相手は今も生きているのかな?」
「いえ、私が殺しました。いつか必ず転生してくるでしょう」
「そのいつかの為に君は待ち続けるのかな?」
「そうなりますね」
「それほど大事な約束なのかな?」
「大事ではないですが、向こうはそれを全てとし死んでくれました。果たさなければならないものです」
「ラジカさんは一途なんだね」
「面白い表現ですね」
「でも、君を諦めきれないなあ」
「それは困りましたね」
少しも困ったような感じもせず優雅に足を組んだラジカが、ほんの少しだけ首を傾ける、さらりと溢れる青灰の神が夜と船の明かりで妖しい輝きを洩らした…。

初めてラジカに逢った時こちらの世界の有能なビジネスマンとい印象を千歳は受けた、鑑定してみたが対した情報は引き出せない上に、進むと相手に鑑定が伝わると表示され諦めた。
用心深い大河にも確認した所同じだが、気に入って誘った所の今現在と言うことだ。
「その約束の時が来たら君の意思を最優先する、死なれるのは困るし傍にいて欲しいし、いたいと思っている」
「私が死ぬと?」
「だから僕を拒否すると、僕は思っているよ」
「ふ、それだと私が貴方を好きだけれど約束があるから恋人にはならないと言っているようなものでしょう」
「好きでしょう、僕の事」
「そこは否定も肯定もしません、千歳さんはこういう駆け引きはもっと長引かせるものだと思ってました」
「そんな事はないよ?こういう感情は初めてで、他にこんな感情を抱いた事がないからどうすればいいのかは分からないから…素直に伝えようと思ってね」
「私は貴方が私に対して向けるその感情を喜べばいいのでしょうか?」
「喜んでくれると嬉しいよ」
「千歳さんは時々私を見る眼の瞳孔が縦に長くなっているのに気遣いていますか?」
「え?そうなの?」
「ええ、その視線は魔王として私を見ているのでしょう。千歳さんが私に抱いた感情は恋愛感情ではないと思います。事実貴方が付き合わないかと言った時に今も恋はしていないと言っていましたし」
千歳は暫し沈黙する、自分が制御出来ない感情をラジカは知っている。
ラジカにしか向けていない自分の知らない部分、この世界でラジカが最初に逢う異界の人間が自分であれば良かったと思う程の感情はある。
「眼、瞳孔縦長になっている」
時々敬語を使わないラジカも自分に気を許している、それも可愛いと思う、自分が思っているより自分の感情は複雑だなと千歳は思った。
「ラジカ、君がした古い約束を果たす時に僕は何も言わないが、君がもし死にそう目に合えばその時は手を出す、それは恋人でなくてもだ。僕達が生きる歳月は途方も無く長い、これから先どう変わっていくか分からないけれど、この世界で君以上に僕の感情を動かせる者はいない、僕の恋人になって欲しい」
今出せる千歳の気持ちを全て乗せた言葉をラジカに贈る、ラジカは縦に長くなった瞳孔の千歳の眼を真っ直ぐ見つめた。
「貴方の傍にいて欲しい、いたいという気持ちが嬉しかった。千歳、お付き合いしましょう。約束の日が来たその時は最後の最後の瞬間までは私達を見ていて下さい。それが私が望む事です」
ラジカが薄く笑う綺麗な笑みで千歳に手を差し出す、千歳も笑ってそのひんやりとした手を握った。
「分かった、君の望むままに…」
「はい」
千歳とラジカがこの瞬間恋人同士になり、魔王と《不滅の鳥》が結ばれた瞬間だった…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

処理中です...