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第3部 歩く路は笑顔で 余裕を持って進んでいこう

11 夜市

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「みなさん、こんにちは。こちらへ、またあの焼き菓子を手に入れたので2階へどうぞ」
《クイナト》の商業ギルドマスターであり、ズィーガー商副支配人ユナイドが目の下に隈を貼り付けた笑顔で4人を出迎えてくれた。
「そちらの方は…」
「初めまして、詠斗さん達と同じ故郷から来ました、率と言います宜しくお願いします」
「これはこれは、私はユナイドと申します。こちらのギルドマスター兼ズィーガー商会の副支配人をさせて頂いています。ラインにお名前は…ああリツさんですかね?」
「はい」
ドアがノックされ2名の男性職員がカートに運ばれた茶器と茶菓子が準備され、すぐに退出していく隙のない動作で去って行く。
「どうぞ」
「ユナイドさん、また小麦粉など仕入れたいのですが」
「はい、もちろん潤沢に用意させて頂いております、後で冷蔵倉庫に行きましょう」
「ありがとうございます」
「店が出来上がってきた。定期的に仕入れたいのだが、ある程度の量は確保出来るのか?」
「勿論ですこの辺りは小麦、砂糖の特産地ですから。夜市では油や小麦粉や砂糖様々な農家も、個人で販売など行っていますよ」
「今日はその夜市にも行く」
「なら、おススメの店のあがるので後ほど紙を渡しますね」
「どうも…それとブルラド商会はかなり好き勝手しているな…」
僅かに怒気を含んだ声にチグリス以外の面々のケーキを食べる手が止まる、ユナイドの笑みは崩れないがカップをテーブルにそっと置いた。
「長いんですよ…歴史と各国との繋がりが…深く長い…」
「だろうな」
「法すら彼らが作っている国もある位ですから、《ロメンスギル》か中立地帯の《トタラナ村》にいるのが安全かと」
「それ以外は…」
「何せ、永きに渡り各国の王族や貴族、権力者達に自分の血族と婚姻させて血を広げた一族ですから」
「分かった、売って来た喧嘩は買うがそれ以外は無視だな」
「何か仕掛けてきそうな感じでしたし」
「関わらない方が良いですね」
「ケーキ…」
「はい、私の分をどうぞ」
詠斗と率が頷き合う、大河は涼しげな顔をしてチグリスはケーキのお代わりをユナイドから貰う、なんとも緊張感のない場だった。
「《トタラナ村》は《ロメンスギル》と神聖王国との中立地帯目立つ動きはしないと思いますが…用心して下さい」
「ああ、分かった」
「では、冷蔵倉庫へ行きましょうか」
腰を上げ冷蔵倉庫へ向かう、潤沢に用意された小麦粉や砂糖や油を大量購入し、差し入れにキッキ達の店で購入したパンに焼いた腸詰を挟みホットドッグにのようにした物を15本程葉に包んだもの幾つかに分けて渡した。
「これはどうもありがとうございます、職員と食べますね。こちらが夜市のおススメの店を書いた紙です。そういえば先ほどグループラインで、面白い物を見ましたよ」
『え』
4人ともスマホを出し全員が入っているグループラインをみると(皆で追加している、グループ分け検討中)、畑の側の画像に白いテントの様な家のような物が幾つも建てれ、『引っ越し完了』とメッセージが入っていた。
「うわ、肉ダンジョンクリアして引っ越しまで終わって…皆仕事早いなー」
「可愛い家ですねー」
「今外部はアンタしかいないからいいか」
「興味深い物を見せて頂きました」
「帰るのが楽しみですね!」
「夜市で沢山お土産買おう」
「行くか」
「ん…」
ユナイドと別れ王都《クナイト》の商業街に向かって歩く、夜がゆっくり訪れて来た…。

「わあ、もう賑わってますね」
「食材買いまくる!」
「大河、パティ…」
「ほら、これから食うんだろ」
「ん…」
ガヤガヤとそこら中に地面や壁に光る魔石を埋め込んでいるのか、明るく商品も見やすく工夫されていた。
「これ、いいですよね!作りたいかも」
「ガラスのランプとかにしようか」
「そうだなそれなら夜の営業も出来る」
露店や三角のテントの用な物の中で商売をしている者、統一感もなく皆バラバラで面白い。
「あ、食べ物」
「お、兄ちゃん達!食ってかねぇか?《クイナト》名物鳥の串焼きだ!」
2本の串に小さい鳥の丸焼きにタレを付けた物、一見グロい見た目だが食欲をそそる匂いに、1本ずつ購入すると頭も柔らかくとても美味だった。
「おいしい!お兄さん今焼いているのと、出来てるの全部下さい!」
「ありがとうな!兄ちゃん達、商人かい!頑張れ!オマケしとくから」
『ありがとう』
葉に包んで貰い、ショルダーバッグの中の収納袋(偽装)に入れて支払い次へ行く。

「いらっしゃい!うちは粉物屋だよー」
藁で編んだ袋に色が異なる粉が幾つも置かれている露店で、全種類の粉を10kgずつ購入する、どの粉が何の作物から作られ何料理に聞いておく、大河が交渉し安くしてもらった。
「お、商人かい!沢山買ってくれてありがとう」
収納袋を持っていれば、仕入れの為の商人だと思われ大量に購入しても何も言われないのはありがたい、詠斗達の様に大量に購入し収納袋に入れている商人らしき人々も多い。

「いらっしゃい、どうぞみとっておくれ!」
ふくよかな女性がニコニコとパン屋を開いている、主に干した果物を練り込んだ大きめの硬いパンを何個か買って、隣の腸詰の串焼き屋でも購入しチグリスがパンと腸詰の串焼きを交互に食べ歩きする。
「やっぱり首都の食べ物も美味しい」
「ああ」
「このフランクフルトみたいなの美味しいですね、あ、雑貨屋さんかな見てもいいですか?」
「面白そう」
「ユナイドから貰った紙に書いてある店の1つだな」
「いらっちゃい」
小さい露店で茣蓙にちょこんと座る背の小さな女性、茣蓙に出せれているのは本や道具の様な物たちだった。
「こんばんは、ここは何屋さんですか?」
「ここは魔法道具屋でしゅ、時計や量り、初心者向けの魔法書から上級者向けの魔法書に図鑑…」
「量り下さい!お菓子作りとか!量りあるだけ!」
「本全部」
「食い物ない…」
「この壺は?」
「これは時間経過が進む壺…これは失敗作…でしゅ…本当は時間停止の壺を作るつもりだったんでしゅ…」
「え、時間経過!?この壺下さい!漬け込んだりするのに良いかも!」
「え、良いんでしゅか?」
「はい」
大きめの木時計と懐中時計魔石が蓄積型の物であり一度魔石に魔力を込めれば正確な時刻が分かる物、木の量りは上皿部分が魔石になっていて量りたい物を乗せ魔力を込めると数字が側面に出る物、魔法書全部と魔石に魔力を込め変化する色によって進む時間が異なる壺を5個を購入占めて、600,000ログ(オマケしてもらった)で購入した。
「ま、また来て下さいでしゅ!」
「はい!ありがとうございました!」
懸命に手を振る小さな女性に見送られ次のおススメの店に向かう、チグリスがふと後ろを振り返るがやがやと沢山の人が行きかう、一見すると何もないように見えるがチグリスの眼が一瞬鈍く輝くが、向き直り詠斗達の後に付いて行く。

「ここも紙に書いてある…」
「干し果物屋?駄菓子屋さんみたいな感じですね」
「ファンタジーのお菓子屋さんみたいですね」
「食べたい」
「いらっしゃい、ゆっくりしていって。お茶をあげよう」
おじいさんが奥から茶器と茶を運んで迎えてくれる、小さい店の中には親子1組がお茶を貰って飲んでいる、率達もお茶を貰いながら周辺を見る種類は少ないが安くて量が多い干した果物と、少し高めの大きい果物を干した物の店だがとても丁寧に作らているのが伝わってくる。
「おじいさん、全種類を10個ずつ良いですか?」
「あいよ、用意するから茶を飲んでておくれ。何個かまとめて包んでいいかい?」
「お任せします」
4人で濃いめのお茶と干し柿に似た食感の干し果物を食べてゆっくりのんびり待つ、良い時間だった。
「あいよ待たせたね。オマケしといたからね。沢山お食べ」
『ありがとうございます』
支払いをすませ、店の外に出るとスマホのラインから向こうは今日は焼き肉にしたと来た皆の写真が送られて来た。
「美味しそうですねー」
「肉ダンジョンラスボスすごい周回したって」
「しばらく肉には…いやまたすぐ行くだろうな」
「畑も広げていきたいし!やる事は沢山ありますね」
「そうだな」
「ん、あれは、金魚かな」
ふと薄暗い路地でキラリと光った物が目に入り、率が惹かれるようにその店に足を向けるとガラス鉢に入った金魚1匹だけ茣蓙に置かれた露店があった。
「店か?」
「おや、おきゃくさんか?」
大河が商売っ気の無い佇まいにそう呟くと、壁に背を預けパイプのような物を吸っているマントを目深に被った年齢不明の男が気だるげにこちらを向いた。
「こんばんわ、魚を売っているんですか?」
「魚?ああ、こいつか?こいつはもう弱っていてダメだからガラスの鉢を売っているのさ、買ってくれたらコイツがオマケで付くのさ。綺麗な柄だろう?貴族の愛玩品で本来は100,000ログするんだがコイツはもうダメだ…」
「元気が確かにない」
率が鑑定をしみる、小さい魚:かなり弱っている 水が合わない 水を変えればもしかしたら…と出る、率は子供の頃に飼っていた金魚を思い出し購入を決めた。
「この魚を僕に売って下さい」
「魚かい?ガラスの鉢は20,000ログさ。エサは水草が好物であとはパンの屑でいい…毎度」
率が20,000ログを渡しガラス鉢を引きとる、金魚は底のほうでじっとしている、頭から尾に掛けて深紅が薄くグラデーションになっていて、目は薄い宝石のような紅で綺麗な金魚だった。
「綺麗な金魚みたいな魚だな」
「千眼さんとかに聞けば…チグリス?」
「魔力で水の流れを作って、少し魔力を与えればいい…後は水が合っていない」
チグリスがガラス鉢に手を翳し魔力を注ぐと、ポコポコと泡が発生し水に流れが生まれる、底にいた金魚が少し動く。
「良かった!ありがとうございます!チグリス」
「ん…」
「もっと大きい物を作ってやって、水を変えてみるか…今日はもう帰るか」
「そうですね」
「詠斗、干したヤツ」
「はい」
「また来ればいいし…あ、最後にあそこで魚の串焼き売ってるのでそれを買って、野菜も…」
ガラス鉢を大事そうに抱える率と、後は軽い買い物をして戻る事にした。
チグリスがまた後ろを振り返える、何の違和感もない光景に目を細めて皆に続いた…。
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