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第一部 不毛の大地開拓 頑張ろう編
29 魔王もきました
しおりを挟むひらりひらり真っ黒な蝶々が詠斗達から離れた場所でやりとりを見ている、どこまでも黒く美しい蝶々。
禍々しさと神秘的な美を備えたそれは、詠斗を見る、調べる、伺う、識る…。
「まずは…神様達からもらった鍋を出してと」
「この容れ物は何使うんだ?」
「火の上に載せて煮るんだよ」
「あ、かまどにしよう、安定するし。よし魔法で…」
土魔法と水魔法を使い簡易的な外枠を作り、中に火を興せるように工夫して上に鍋を載せて、釜戸の中に火を出す。
「よし、案外簡単」
「芋全て切りましたー」
「ありがとう」
キノコや芋の串はチグリスに準備して貰い、ナイルには皮を剥いた芋を適当な大きさに切って貰っていた。
「次は魚や芋を葉に包めば良いのか?」
「そうそう、蒸し焼きね。あ、燻製とかもいいかもなぁ」
万能ハサミをチグリスに渡し捌き方を教えると瞬く間に捌いていく、その足元にはタータイルクッガがギョロリの内臓を貰い食べている。
「でも、まずは…煮物!」
袖をまくり鍋に水を入れる、寸胴鍋という大きさと深さ、
これなら沢山作れる。
「だし汁…んー、貝とギョロリの骨を入れてみようかな。物は試し!」
骨と貝を2、3入れ一煮立ちするのを待つ、容量の大きい鍋だがすぐ煮える。
「はや、流石は神様達からのプレゼント!よし、貝と骨を出そう」
タータイルクッガがトコトコ詠斗の足元にやって来て口を開ける、熱いからと少し冷ましてから食べさせる。
『きゅっ!きゅー!』
貝は殻毎バキバリ、骨も美味しそうに食べている。
「あ、魚使ったけどナイルさんはどうかな」
ナイルを呼んで肉や魚を食さないけれど、だし汁の確認をする。
「身ではないので、私はあの生臭さが苦手なだけですから…何ですか!?これ!深みがあってそれでいてあっさりして…美味しい!」
「俺にも…美味い!」
「良かったなら、このだし汁を使って芋ににしよう。明日はキノコのスープとかに使ってみよう」
チグリスもやってきてわいわいと料理が進む、芋を入れてしばらく煮込み、醤油と砂糖の代わりの水飴と香辛料を入れて後は自動かき混ぜお玉に任せた。
「パンも用意しよう、うわ、固い…少し焼いてみようかな、割り箸削らないと…」
露店のパン屋で購入したパンはどれも、時間停止の収納に入れてたにも関わらずコチコチに固い。
「これを削れば良いんですか?」
「そう、この位に…」
「魚全部捌きおわったぞ、骨と鱗…」
「あ、カメが…」
タータイルクッガが地面に落ちた鱗をゴリゴリ食べていた、慌てて詠斗が救い上げ、チグリスが鱗を風魔法で集めてくれた。
「ありがと、本当に食いしん坊だ」
「こいつ、カメって名前にするのか?」
『きゅ?』
「あー、カメって俺のいた世界の呼び名なんだよねー。名前かあ」
『きゅ?』
「よし、コイツはきゅうにする」
「単純な名前だな」
「良いですね!」
『きゅ!』
「きゅう、よろしく!」
「よろしくお願いします、きゅう」
「大食いなヤツが増えたな」
「後はパンを刺して食べよう」
芋煮も出来上がり、
木皿に4人分並べ、焼いている串はそれぞれ好きなように取っていくようにし、残った芋の煮物は神々への供え物にする。
「神様達から貰った鍋で作った煮物です、召し上がって下さい」
割り箸と木皿に盛りに盛った湯気立つ芋の煮物を丸太のテーブルに置き、祈ればすぐに皿は消える。
「神々も喜んでくれますよ!」
「なんか、揉めそうだな」
『きゅ!』
「よし、ご飯にしよう」
「このパンに蜂蜜を塗るととても美味しいです」
「魚美味いな、塩が合う」
「煮物も美味くできたな」
『きゅ!』
和気あいあいと食事が進む、芋の煮物はあっという間に無くなり、デザートに甘いお茶と果物が並び、話しはドラゴンの婚礼の話しになる。
「え!伴侶ってネズミなの!?」
「そうです、最強のネズミ様ですよ」
「アゲイル様が勝負に負けてそこからゾッコン、長い間時間をかけて口説き落としてたな」
「とっても綺麗なネズミ様ですよ!真っ白い毛並みが所々黄金に輝き、瞳も黄金なんです」
「確かに綺麗だな」
「へぇ」
強いネズミ…ピンと来ないが、岩みたいに固くて大きいのだろうか詠斗の想像力では姿が浮かんでこない。
「婚礼…お祝いだからご馳走の他に花とかあればいいけど、《トタラナ村》で買おうか。やっぱり、お祝い事に花は必要だよね」
「花…詠斗さん、あの…婚礼までに咲くか分からないですけど…この種をここに植えてくれませんか?」
ナイルが懐から丁寧に刺繍が施された白い布に包まれた、白い種を詠斗に見せた。
「それは…」
チグリスが何かを言い掛けて口を閉じ黙る、目を反らしてお茶を啜る。
「真っ白な綺麗な種だね」
受け取り鑑定を一応念のためしてみる、千華の種:咲けば奇跡が起こる…かも…? 咲くとも咲かないとも表示せず、咲けば…とあるそれはつまり努力次第で咲くという事だろうか。
「ナイルさん…植えてみよう、婚礼には間に合わなくてもきっと綺麗な花が咲くよ」
「詠斗さん…はい!この花はずっとずっと前に失われた花なんです、とても真っ白で綺麗な花が咲くんです。種もこれしかなくて、これを託してくれた方も…」
種を見つめ懐かしむ表情には、深い悲しみが見える。
「うん、またその綺麗な花が咲くようにしよう。そんな場所にしてみせるから!」
『成る程…それが貴方の覚悟か…魅せてもらった…』
「この気配まさか!?」
「そんな!何故ここに!?」
『きゅっ!きゅ!』
神々から貰っていたペンダントに黒い星の様な輝きが浮かび、それと共に抑揚のない声が全員の耳に届く。
「ちっ、きゅう!俺の足元に!」
詠斗とナイルを両腕でチグリスが抱き寄せ、きゅうも足元に呼び寄せる、嫌な汗がチグリスの背中に流れた。
「ど、どうしたの!?誰の声?」
『魔王…』
チグリスとナイルの声が重なる、正面を睨んだまま詠斗とナイルを抱き寄せている腕に力が入る。
『ふふ…それ程怯えなくても良い…私は異界人に願いがあって来た…」
何処からともなく大量の漆黒の蝶が舞いながら人の型を形成していく、現れたのは…夜空を切り取ったかのような衣装に身を包み、膝丈よりも長い紫と夜の色を混ぜた髪色と星が瞬く暗い蒼の瞳、新雪の肌をした佳人だった。
「まずは《不毛の地》の主に挨拶を…私は序列第3位千眼魔王…お見知りおきを」
雪に血を垂らした様な唇が歪む、詠斗が魔王という存在に抱いた最初の感想は、人の形を成した全く違う生き物…だった。
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