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第C膜 ナロー世界とクラスメイト外伝(番外編)
百六十七射目「クラスメイト外伝⑥」
しおりを挟む「"巫女"のリリィとユリィ、と言えば分かりますか?」
「なっ……!」
彼女たちが名乗った瞬間、ザザンは見たことがないほど動揺していた。
「な、なぜお前たちが……いったい何処に……」
「あたしとユリィの事情はあとで話しましょう。岡野大吾さんの公開処刑を偽装する良い案があるんです」
「なんだと?」
赤髪のザザンは、得意げに語る金髪少女に聞き返した。
「はい。……公国の国民は別に、公開処刑が見たい訳ではありません。
大罪人が拷問され苦しんでいる刺激的なシーンが見たいだけなんです。
正義感を振りかざし、人が泣き叫ぶのを楽しむ残虐なエンターテイメントを正当化したいだけなんですよ。"世界の真理"に本当に興味があるのは、事情をしる者だけでしょうから……」
「……それは、そうかもしれない……
だが……まさかお前は……いや……なんでもない……」
ザザンは明らかの動揺した様子で、金髪少女と会話していた。
「……だから演技でも良いんです。映像でも構いません。
気が乗りませんが、目のこえた老人方でも楽しめる残酷なエンターテイメントを作りましょう。
それを映像で配布すれば、このデモも収まってくれるはずです」
「なるほどな。死刑を偽装すれば誰も殺すことなく国民の不満を解消できるということか」
「はい。しかし偽装する以上。岡野大吾さん。あなたには迫真の演技をしてもらう必要があります。
……場合によっては、半分拷問に近い苦痛を与える必要もあるかもしれません。よろしいでしょうか?」
金髪少女が、今度は俺の方を見て訊いてきた。
「だ、大吾……?」
隣で五十嵐真中が、不安そうに瞳を揺らしている。
「……構わねぇさ。死ぬよりはマシだろう」
「ありがとうございます。……このアキバハラ公国には、【痛覚を麻痺させるスキル】を持つ者も居ますし、世界最高クラスの回復魔法や医療技術が揃っていますから……
……ザザンさん。この案でいかがでしょうか?」
金髪少女は、赤髪のザザンへ問い返した。
「納得はした。しかし可能なのか? そんな事が。
……偽装だとバレたら、アキバハラ公国の信用が大きく失われることになるぞ?」
「そんなヘマはしませんよ。上には事情を話せば理解してもらえるはずです。
それに……さらに大きな事件で上書きすればいいじゃないですか? 例えば魔導停止とか?
というのは冗談ですが」
「……リリィ、お前は……どこまで……」
「姉さま?」
隣の白髪の少女が、金髪少女の顔を覗いて不思議そうな顔をしていた。
どうやら二人の少女は姉妹らしい。
「良かったぁ……大吾……」
ふぁぁ、というため息をついて、五十嵐真中が心底安心したように俺の左肩に頭を預けた。
途端に俺も緊張から解放されて、身体の力が一気に抜けた。
「……とにかく、その提案には感謝する。リリィ」
赤髪のザザンは、金髪少女に向かって深々と頭を下げた。
「いえいえ、あたしの脳みそではこのアイデアが限界でしたから…… ザザンさんも良く殺さずに彼らを保護してくれました。この世界では【特殊スキル】や【召喚勇者】は貴重ですからね」
リリィという金髪少女が、年相応の可愛らしい笑みを見せて、俺はハッとなった。
目の前にいる少女が少女であることを忘れるほど、彼女の言葉は理路整然で、引き込まれてしまっていた。
「……ねぇ…… 聞きたいんだけどさ。この世界から元の世界に帰る方法を、知っている人はいないの?」
俺の後ろの方から、水島彩がすがるような声でそんな質問をした。
「今の所は分かりません。文献を調べてみようと思います。
……実は別の方々からも同じことを頼まれているので。
まずは公国の図書館で、ネラー世界へと行く方法を調べてみようと思います」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
リリィの愛想ある笑顔に、水島彩はかしこまってお礼を口にした。
「その代わり、しばらくは皆様に不自由を強いることになるかもしれません。少しだけスキルを用いて働いてもらうこともあるかもしれません。
ですができる限り早く、元の世界へ帰れるように尽力しようと思います」
そう言って、金髪少女リリィは俺達に向かって頭を下げた。
「さて、ザザンさん。お昼ご飯も届けて話も済んだみだいですし、一度ここを出ましょう。話たいことがあるんです」
「あ、あぁ、俺もだ」
リリィの言葉に、赤髪のザザンは慌てて立ち上がった。
そして三人は、牢屋の前から姿を消した。
どうやらあの金髪少女のアイデアで、俺たちはみんな。公開処刑を逃れる希望ができたらしい。
「とにかく、首の皮一枚って奴か……」
いずれにせよ。世界中のヘイトがいまこの俺に向いているには変わりないだろう。
本当に助かったかどうかは分からない。すべて嘘になるかもしれない。でも……
「良かったぁ、岡野ぉぉ……」
「うぉぉぉん、大吾ぉぉぉ」
俺にすがりつき泣き崩れる女の子とチームメイトの二人がいて、俺は今まで感じたことのない種類の安心感に包まれていた。
その後ザザンが再び戻ってきて、クラスメイトの名前を問われた時は、本名ではなく適当な偽名を教えてやった。
これは五十嵐真中の考えた偽装作戦だ。
ザザンは、俺をいちおうは信頼しているらしく、俺の教えるクラスメイトの偽名を何の疑問も持たずに信じ込み、「協力感謝する」と頭を下げて去っていった。馬鹿め。
★★★
「ではユリィ。せっかくですから、今日は公国のプールに行ってみましょうか?」
アキバハラ公国の宮殿にて、ザザンと話を済ませたリリィは、ユリィの手を取り天井の高い廊下を歩いていた。
豪華なシャンデリアが降り注ぐ、無駄に荘厳とした宮殿の大回廊であった。
「あの、姉さま。行宗さん達のことを、岡野さんたちに伝えなくて良かったんですか?」
妹のユリィは、姉のリリィへそんなことを尋ねた。
二人に取って、万波行宗や新崎直穂や浅尾和奈は、温泉型モンスター【天ぷらうどん】の中から助け出してくれた命の恩人であり、一日を共に戦った戦友であった。
「あの場にはザザンさんがいましたからね。宝物庫から出てきたメンバー以外の、洞窟に取り残された行宗さんたちの存在を、彼に知られるわけにはいきませんでした」
「なるほど、そういう事情だったんですね…… 捕まった彼らはこれからどうなるのでしょうか……?」
「それは……貴重な特殊スキル所持者として利用されるか、戦力として酷使されるか…… 幸せな運命は待っていないでしょうね。
しかし、あたし達は無力です。小細工や嘘でしか戦えない。
いくら努力しても、勉強をしても…… 超えられない壁や変えられない運命というものはありますから……」
「そんな……」
リリィの現実的な言葉に、ユリィは悲しそうな顔で絶句した。
「……あたしは無力です。力も才能もない……
いつも中途半端で迷ってしまう……
ごめんなさいユリィ。あたしは悪いお姉ちゃんです……」
「そんなことありませんっ!!」
力なく金髪を垂れるリリィに、ユリィが力強く反論した。
「姉さまは……リリィ姉さまは、わたしの憧れですっ!
私はお姉さまの顔が好きです。言葉が好きです。匂いや考え方まで大好きなんです……
そんなことは……」
「ユリィ」
お姉さまは、哀しそうに言った。
―ユリィ視点ー
リリィ姉さまは、私をたしなめるように、短く私の名前を呼んだ。
そうして表情を隠すように、私の首へと両腕を回し、私を冷たく抱きしめてくれる。
「姉さま……?」
いつもとは違う姉さま。
身体が震えて小さくなっている姉さまに、私は何も知らないふりをして首を傾げた。
本当は、全部分かってた。
分かっていた上で、私はずっと、無垢な妹を演じていた。
私はリリィ姉さまに、ずっと嘘を重ね続けている。
それは全て、姉さまがこれ以上傷つかないために。
私はそれでも、姉さまのことが大好きだった。
姉さまが苦しんでいる顔なんてみたくなかったのだ。
私は姉さまに、心の底から笑っていて欲しかったのだ。
「……ごめんね、ユリィ…… あたしはユリィが思っているほど、いいお姉ちゃんじゃないんだよ……」
うん、知ってる。
誰にも言えない罪悪感に耐えられず、罪の断片を懴悔するように、リリィ姉さまは消え入りそうな声を漏らした。
「そんなことありません。お姉さまは、いつでも私の憧れです。
自分のことをそんなに嫌わないでください……
お姉さまが姉さまのことをどう思おうと、私は姉さまのことを、ずっとずっと愛していますから……」
私は嘘を重ねる。
それは赦しの言葉か……あるいは呪いの言葉かもしれない。
私の吐いた毒りんごを、お姉さまは逃げも隠れもせず、正面から抱きしめて齧ってくれる。
「うん。あたしも愛してるよ……ユリィ……」
姉さまもまた、嘘をついた。
互いの触れられない部位、超えてはいけない一線。
まるで真実から目を背けたくて、外見や体裁や飾りをなぞるように、私たちは静かに互いの輪郭を撫であった。
「……プールに行きましょうか! ユリィ」
「はいっ! 楽しみです!」
私は笑顔で頷いた。
できることなら、騎士様も一緒にプールに行けたら良かったと思う。
私は騎士様の田舎の話を聞くのが大好きだった。
外の世界の物語。
川に潜って魚を取ったり、森で動物を捕まえたり、海の話や砂漠のお話。
騎士様はいま、どこにいるのだろうか?
無事なのだろうか?
私はリリィ姉さまとプールに入った。
昨日の晩、川で泳いだときは、直穂さんや行宗さんと一緒だったけれど、姉さまはとは一緒じゃなかったから。
今日は姉さまと遊べて楽しかった。
目が見えない私だけれど、周りで沢山の人たちが楽しんでいるのが分かった。
気持ちの良い水しぶき、こぽこぽと鳴る水の中。
ウォータースライダーに乗るのが、とくに楽しかった。
私は気に入って、何度もお姉さまと一緒に高いところからすべり落ちた。
楽しかった。すごく楽しかった。
こんな幸せな日々が、ずっと続けばいいのにと、心の底から思った。
私は、お姉ちゃんが羨ましかった。
私が、お姉ちゃんだったら良かったのに。
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