クラス転移した俺のスキルが【マスター◯―ション】だった件 (新版)

スイーツ阿修羅

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第5.5膜 帰郷──遺された者達の子守唄編

百五十二射目「おやすみなさいの子守唄」

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 父さんの口から出た言葉に、オレは耳を疑った。

「……すまない。……すまないフィリア……
 俺は、父さんは……お前の思ってるほど聖人じゃないのだ……
 ……俺はたくさんの罪を犯した……どれだけ償っても償いきれない罪だ……」
 
「……そんな、昔の、ことなんだろう?」

 オレの声は震えていた。
 失望でも怒りでも混乱でもなくて、ただ衝撃を受けていた。

誠也せいやが死んだのは、俺の造った毒のせいなんだよ……フィリア……
 マルハブシの猛毒は、俺が作った。
 ……マナ騎士団、剣聖第八位、シャイニング・ジョーカー。
 それが俺の昔の名前だ。
 俺はその名前で医者として、10年ほど、アキバハラ公国にスパイとして潜入していた……」

「え……!?」

 俺はまた驚きを隠せなかった。
 シャイニング・ジョーカー。
 その名前は、ほとんどの人間が知っている。
 世界中の難病を治療した。世界最高の名医。
 彼の本は山程読んだ。
 それでもオレは、「父さんだって負けてない」だなんて、思っていたけれど、
 まさか同一人物だったなんて……

「……ギルアと言ったな。お前の想い人を殺した奴は……
 ギルア……噂だけなら聞いたことがある。
 マナ騎士団の最古参で、剣聖第四位……女癖と趣味が悪い奴だとな……」

 あぁ、
 間違いないな。
 父さんは、ギルアと同じマナ騎士団だった……?
 マナ騎士団という名前は、名前だけなら誰もが知ってる。
 
 1700年前にアキバハラ公国によって滅ぼされたマナ王国の、少数精鋭戦力。
 とくに最優の十人には剣聖の称号が与えられて、剣聖一位ともなれば人間離れした強さを誇ったという。
 しかし、マナ騎士団は、1700年前に、国とともに滅んだはずなのだ。

「……良いかフィリア? 今俺が話したことは、絶対に人前で口に出すな。
 マナ騎士団は1700年前に滅んだ。それがこの世界の歴史だ。
 現存を知っている人間はそれだけで殺される…… マナ騎士団は世界各地に潜んでいるんから、どこで聞かれているかッ……! ガハッ……ゴホッ……!」

 言葉をまくし立てた父さんは、突然咳き込み血を吐いた。
 
啓介けいすけさん、身体に障ります! 落ち着いてください!!』

 父さんの肩を抱いて宥める母さん。

「……父さん。だったら教えてくれ。マナ騎士団って一体何だ?
 どうしてオレ達は襲われて、誠也せいやは殺されなくっちゃいけなかったんだ……?
 それに直穂なおほ……オレの友達も、戦いの後で姿を消したんだ……」

 オレは聞いておかなくちゃいけない。
 父さんなら、何か知っているかもしれない。
 直穂なおほの失踪には、マナ騎士団が関わっている可能性が高いからな。

「……目的は、分からない……
 13才、中学生になったばかりの頃、俺は日本という国から、つまりネラー世界から、この世界に勇者として召喚されたんだ」

「……え??」

 勇者、召喚!?

「……それってつまり! 父さんは白菊ともか様と同じ、神の世界から来たのか!?
 ……召喚勇者なんて、現代にも居たのかよ。ってことは、ステータスの魔法も使えるのか!?」

「あぁ、もちろん、使えるさ……
 『ステータス・オープン』か、懐かしい響きだ……」

 父さんは目を細めてぼーっと虚空を眺めてから、再び話を始めた。

「それから15年間。俺はマナ騎士団の奴隷だった。
 上の命令に逆らった同僚は消えていった。
 マナ騎士団の目的は明確には分からない。俺たちはただ、上の命令に従うだけだ……
 俺は7年前、人体実験の道具にされていたジュリアを……母さんを連れて、死を装って逃げ出したんだ。
 ……そしてマグダーラ山脈に向かう道中、フィリア、お前に出会った」

「……っ!!」

 俺は、すべてが繋がっていく感覚がした。
 父さんや母さんがオレに過去を話さなかった理由も、父さんが人間の侵入しづらい獣族独立自治区を目指した理由も……
 オレは父さんの長い人生の内、後半部分しか知らなかったのだ。

「……それが、俺がフィリアと出会うまでの物語だ……
 いいかフィリア、マナ騎士団には絶対に関わってはいけない。その名を口に出してはいけない。
 関われば間違いなく殺される」

 父さんが真剣な目つきで訴えてきた。
 隣の母さんは身体を硬直させて、青ざめた顔だった。

「……でも、行宗ゆきむねはきっと直穂を探しに行く。
 だから教えて欲しいんだ。父さん。
 マナ騎士団の本拠地か、それか基地でもいい。
 奴らはどこに居るんだ?」

 正直、ギルアみたいな化け物と再び接触するのは恐怖でしかないが……
 オレ達はもう。マナ騎士団と関わってしまった。
 オレの旦那は、マナ騎士団のギルアに殺されたのだから……
 オレは敵討ちするつもりなんてないけど、行宗ゆきむねが再び直穂なおほと会うために、
 オレは父さんに聞かなきゃいけない……
 
「マナ騎士団の本拠地の正確な位置は分からない、
 あそこは転移魔法陣で巧妙に入口を隠させている上、窓もない施設だった」

「転移魔法陣って……」

「人の手で加工された転移魔法陣は、ダンジョン外へも転移できるんだ。
 もちろんこれも、一般には周知されていない秘匿事項だ」

 …………
 それはつまり、奴らは世界を瞬間移動できるということ。
 ………そう言えば、行宗たちが何か言っていた気がする。
 マグダーラ山脈に着いて、転移魔法陣に向かう途中に、同じような話を……

「……俺が話せるのは、それくらいだ。
 ……この世界で22年生きてきたが、俺には一体、なにが正解か分からないんだ……
 だから、全てを話す事はできない。許してくれ……
 ……フィリア、お前は俺の娘だから……
 おばあちゃんになるまで幸せに暮らして欲しいんだよ、俺は……
 危ない目に遭ってほしくない。悲しい気持ちにさせたくない」

 父さんの声が震えはじめて、目尻から溢れた涙が枕を濡らしていた。

「……すまないな。フィリア……
 せっかく俺のために、好きな人を失ってまで、薬を持ってきてくれたのに……
 俺はフィリアの願いには応えられないっ…… 俺は父親失格だ……」

 苦しそうな顔で、自責する父さん。
 母さんは静かにそんな父さんの頭を撫でていた。
 
「……そんな事ねぇよっ! 父さんは立派な父親だっ!
 小桑原啓介こくわばらけいすけは、オレが世界で誰よりも尊敬する偉大な人だっ!
 たとえ父さんでも、バカにするなんて許さないっ!!」

 オレは父さんに訴えかけた。
 なに女々しく泣いてるんだよっ!
 俺の尊敬した父さんは、頑固で情熱に溢れる男だ。
 俺の憧れた父さんだ!
 ……オレの初恋は、たぶん父さんだったから。

「なぁ父さん……もっと明るい話をしようよ。
 せっかく久しぶりに、家族で一緒に寝られるんだから……」

 父さんが避魔病にかかってすぐ、オレは獣族独立自治区を飛び出して、一人でマグダーラ山脈に向かった。
 行宗ゆきむねたちに出会って一度戻ってはきたものの、半日経たないうちに再出発したからな。
 家でゆっくりできるのは、2ヶ月半くらいぶりになる。

「……父さんが昔、なにをしたかなんて知らないけど。
 少なくともオレは、父さんに命を救われた。生きる希望を貰ったんだ。
 父さんがこの独立自治区で、たくさんの命を救うところを見てきた。
 ……父さんがオレを拾ってくれたお陰で、オレは今でも生きている。
 父さんがオレに医者を教えてくれたから、患者さんの笑顔が生きがいになった。
 父さんがオレに人間語を教えてくれたから、オレは誠也せいやと仲良くなれたんだよっ……!」
 
 言いながら、視界いっぱいが涙で滲んだ。
 そうだ。その通りだ。

「全部ぜーんぶ、父さんのお陰なんだからっ!!」

「フィリア……ありがとう……」

 父さんは、情けない声で泣いていた。

「母さんも、ずっとオレの心の支えだったよ……
 悲しいときや苦しいとき、いつもオレを慰めてくれた。
 毎晩オレに絵本を読みきかせてくれた。
 男の子たちに虐められたときは、すぐさまオレを助けてくれた。
 ……それになにより、母さんの作るご飯は、どんな高級料理よりも美味しいんだ!」

『うぅ……フィリア……』

 母さんは、口元と目元を両手で抑えていた。

「……今言わないと、一生後悔しそうだから、言うよ。
 父さん、母さん、今までオレを育ててくれて、ありがとう。
 ……そして、父さん。
 オレが父さんの後を継ぐよ。
 父さんに負けないくらいの医者になってやる。
 父さんの作ったマルハブシの猛毒も、必ず治療法を見つけてやるさ。
 そしたらオレが、世界一だろ?」

「あぁ……」

 父さんが、クスリと笑った。

「お前ならできるさ。立派な医者になれる」

 憑き物のとれたような晴れ晴れした顔で、オレにそう言った父さん。
 全身がぶわっと熱くなった。
 嬉しいやら切ないやらで、また一気に涙腺が込み上げてきた。

「……ちょっと、待っててくれ、すぐに戻るから」

 オレはそう言って、涙を拭いながら2階へ駆け上がった。
 真夜中の診療所、手のひらの上の火魔法を頼りに、オレは書斎の本棚を探った。

「あった……」

 大量の医学本の奥に隠れて、絵本の詰まったき箱を引っ張り出した。
 埃をかぶった木箱の中には、白雪姫、赤ずきんちゃん、シンデレラに人魚姫の絵本。
 オレが小さい頃大好きだった絵本だ。
 
 オレは素早く10冊ほど抱え込んで、また階段を駆け降りた。

 ガチャリ、と再び寝室へと戻る。

「……なにか、持ってきたのか?」

 入って早々、父さんに訊かれた。

「あぁ、絵本だよ。白雪姫とか赤ずきんちゃんとか。
 今夜は、オレが父さんと母さんに読み聞かせたいんだ」

 オレはそう言って、両親の側へと歩き寄った。

「……懐かしいな。フィリアが子供の頃は大好きだったもんなぁ」

『そうですね。ふふ……
 なかなか満足してもらえなくて、まだまだ続きが読みたいと駄々をこねられて、世話のやける子供でした……』

「え、母さん、そんな事思ってたのか?」

 母さんの発言に、オレはかなりショックを受けていた。
 ……でもまあ確かに、昔のオレは母さんの読みきかせてくれる物語が楽しすぎて、毎晩まだまだ読んで欲しいと、駄々を捏ねていた、気がする……
 申し訳ないことをしたかもな。

「はは、フィリアは絵本が大好きだったからな」

「今でも好きだよ、父さん……」

 ペラリとページをめくると、懐かしい紙の匂いがした。

「……実はな、これらの絵本は全部、俺の故郷の物語なんだ。
 ネラー世界。俺が勇者召喚される前に住んでいた世界。
 俺も小さい頃、お姉ちゃんが毎晩絵本を読み聞かせてくれてな。
 めぐみ姉ちゃんって言うんだが、登場人物の演技が本物みたいに上手くて、俺も寝る前の時間が大好きだった……」

「……へぇ」

 この絵本が、父さんの故郷のネラー世界で創られた物語だったなんて。
 知らなかったよ。

「13才の頃突然この世界に召喚されてから、22年。
 めぐみ姉ちゃんとはそれっきり、生き別れだ。
 ……だからまぁ、この絵本の物語は俺にとって、めぐみ姉ちゃんの形見なんだ」

 懐かしむように、父さんは絵本に視線を落とす。
 そうか、それは残酷だな。
 召喚された勇者にも、元の世界に家族があって。
 ……でも父さんは、この世界で生きていくしかなかった。

 できる限り、心を込めて読もう。
 そう思った。
 父さんのお姉ちゃんみたいに、うまい演技はオレには無理だろうけれど、
 それでも、精一杯やろう。

 そしてオレは全力の演技で、赤ずきんちゃんを音読しはじめた。

「……むかしむかし、ある村に、小さな女の子がいました。
 いつもお気に入りの赤いずきんを被っていたので、村のみんなからは、赤ずきんちゃんと呼ばれていました……」

 オレが、父さんと母さんに絵本を読み聞かせていた。
 それは小さい頃とは立場が逆で、
 
 懐かしくて、楽しくて、
 とびきり幸せな時間だった。

 小さな病室のなか、コツコツと刻む古時計の秒針音と、柔らかく響くオレの声、静かに燃えるランプの音。

 楽しい時間は、あっという間にすぎていった。

 まず、父さんが眠りに落ちて、うとうとしていたオレと母さんも、明かりを消して眠りについた。
 そばに敷布団をしいて、三人近くで眠りに落ちた。

 幸福感と切なさのなかで、ゆっくりと意識が闇に溶けて、
 次に目が覚めた時、父さんの心臓は鼓動を止めて、冷たくなって生き絶えていた。
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