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第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編

百三十六射目「修羅賢者」

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万波行宗まんなみゆきむね視点―

 俺は、賢者になった。
 命がけで、オ〇ニ―して、全知全能となった俺は、
 獣族の女の子を……ニーナを、殺した……

 直穂なおほを、守るために……

 俺は口を開く……

直穂なおほ
 ……君は人殺しじゃない……
 マナトは死んでない。しばらく心臓が止まっていただけだから……」

 直穂なおほは尻もちをついたまま、涙目で俺を見上げていた。

 幻滅、しただろうか?
 今の俺は、人殺しだ。

 直穂なおほが、最後まで守ろうとした存在――ニーナを……
 俺は殺した。

『そうですか……マナトは無事なんですね。良かった……
 どうかマナトに、伝えてください……
 できればヨウコにも……
 「大好きだよ」……って……
 「ずっと近くで、見守っているからね……」って……』

 ニーナの言葉が、俺の心を締めつける。
 
「……うん、ニーナ。
 必ず伝えておくよ……
 ごめんね。助けられなくて……
 ……おやすみ……」


 ……

直穂なおほ……
 君を人殺しになんてさせない。
 辛い役目を押し付けてごめん……
 人殺しは俺だけでいいから……
 ……」

 俺は、そう言って。
 ニーナの腹から、剣を引き抜いた。
 抜いたそばから、血がどばどばと溢れだす。
 致命傷だ。
 俺が、殺した……

『マナト、ヨウコ……今まで、ありがとう……』

 かすれ声で呟いたニーナに、生気はほとんど残っていなくて、
 細まった瞳から、ほろりと涙をこぼして、
 そして、直穂なおほの前へと倒れこんだ。

 ごめん……

「ごめんね、直穂なおほ
 俺は、ギルアを倒してくるから……」

 ……こうするしか、方法はなかったんだ。

 分かるのだ。
 マルハブシの猛毒には、治療法なんてない。
 一度飲んでしまったら、一時間までしか生きられない。
 いくらフィリアが優秀な医者でも、マグダーラ山脈の薬剤を用いてもどうにもならない。

 ”賢者の力”で、分かってしまうのだ。



 そして俺は、ギルアに向かって歩きはじめた。

 賢者の力で、”見える”。
 赤白マントを羽織ったマナ騎士団――ギルアの特殊スキルは、
 【使役テイム】だ。

―――――――――――
特殊スキル 【使役テイム
―――――――――――
自己のレベルの半分以下であるレベルの対象に触れることで、対象を意のままに操ることができる。
 その際、自己のレベルを半減させることで、対象のレベルを倍増させることも可能である。
―――――――――――

 これが賢者の眼が捉えた、ギルアのスキルである。
 あの男は、獣族三姉弟――ニーナとヨウコとマナトに触れて、意のままに操れる状態をつくった。
 自己のレベルを三度半減させることを代償にして、三人のレベルをそれぞれ2倍にして。
 さらに三人にマルハブシの猛毒を飲ませて、ステータス三倍に強化した。
 (マナトだけは、薬を飲む寸前で、なんとか俺が阻止したのだが……)

 ニーナとヨウコは、実質的にステータス6倍だ。
 そしてギルアが操作する二人の戦いは、近接戦闘が主体である。
 遠距離攻撃が得意な直穂なおほでは、分が悪かったのだろう。

 でも……大丈夫。
 賢者タイムはあと9分。
 ヨウコを殺して、ギルアにトドメを刺すのだ。

 ヨウコさえ倒せば……
 賢者タイムでレベル171の俺なら……
 ギルアなんか敵じゃない!

 非情になれ、悪魔になれ。
 ヨウコを助ける方法は、もう無いのだから。




『……おのれぇぇっ!!
 ニーナ姉をッ……ニーナ姉を返せぇぇぇぇぇっ!!!』

 ヨウコが血相を変えて、俺へと襲いかかってきた。
 ギルアに操られているはずなのに、まるで自分の意志かのように……
 ヨウコの殺気のこもった目が、俺に迫りくる。

「くくく、あははっ!! おもしれぇじゃねぇか! お前がウワサの賢者かぁ!!」

 ギルアが愉しそうに笑う。

「さーぁ最後の戦いだァ……
 互いに残機は1対1、ひりついてきたなァ……」

 なにがおかしい。
 なぜ、笑っている?

 ギルア、お前は……
 生きてちゃいけない人間だ。

『うわぁああああっ!!!』
 
 ヨウコの振りかぶった剣を、賢者の大剣で受け止める。
 ヨウコは空中で身をよじり、俺の懐に蹴りを振る。
 それを俺は右手で受け止めて……

 あれ……右腕がない……
 あぁ、そうか……
 俺の右腕、もう無かった……

「ぐふぅぅぅっ!!!」

 俺は蹴りを腹部に食らい、背後に蹴り飛ばされた。

「………!!」

 続けざまにヨウコの手の中が赤く揺らめき、次の瞬間、炎が俺へと迫ってきた。
 火魔法だ……

 ブン!

 と大剣を薙ぎ、炎を振り払う。
 そこにヨウコが、炎を突っ切って飛びこんでくる。

『ニーナ姉はっ!
 苦しい時も、悲しいときもっ、ずっと笑いかけてくれたっ!!』

 ヨウコが叫ぶ。

『……私が何度も絶望するたびに、ニーナ姉は私に寄り添ってくれたっ! ……私を抱きしめてくれたんだっ……』

 ヨウコの言葉は、たぶん、俺に向けられていた。

『……なんで、こうなるんだっ! ニーナ姉も……お父さんもお母さんもっ! みんな優しい人なのにっ!
 どうしてこんな目にあわなくちゃいけないんだっ!!』

 賢者の目と、生命の気配を通して、ヨウコの感情が、過去が……
 俺の頭の中に流れ込んでくる。

「……ごめん……ヨウコ。
 君も、君のお姉ちゃんも、助けられなかった……
 俺のせいだ……
 君とニーナ姉が飲んだ液体は、マルハブシの猛毒だっ!
 凄まじい強さと引き換えに、1時間後には死に至る劇毒だ……
 ……分かってたはずなのに……同じ手を食らったことがあったのに……
 止められなかったっ!!!」

 俺は力の限り叫んだ。
 そして、ふと我に返る。
 俺の目から、涙が溢れていた。

 え……?
 なに、泣いてんだよ、俺……
 ふざけんじゃねぇよ……
 ニーナを殺した分際で、ヨウコをこれから殺すくせに……
 なんで泣いてんだよ、人殺しっ……
 覚悟は決めたはずだろう……
 俺は……




―フィリア視点―

「マルハブシの猛毒……?
 強さと引き換えに、1時間後に死……
 なんだそれ、聞いたことがねぇよ……」

 オレは混乱していた。
 誠也せいやの傷口を塞ぎながら、目だけで戦況を確認していた。
 賢者となった行宗ゆきむねが、ニーナを刺し殺して、
 そして今は、ヨウコと斬り合っていた。

「マルハブシ……どこかで聞いたことがあるぞ……」

 寝転んだ誠也せいやが、おぼろげな瞳で答えた。

「え? 誠也せいやっ、知ってるのか?」

「そうだ、あの時……王国軍に捕まって、モンスターの餌にされそうになった時……
 行宗ゆきむねくんたちに助けられる直前、フィリアに襲いかかっていたモンスターの名前が、たしかマルハブシ――神獣マルハブシと言ったはずだ……
 ギルアも言っていた……捕獲報酬が破格だとかなんとか……」

「は、なんだと?
 あの時の!?
 ……たしかに、ヨウコの動きは、さっきまでと全然違う……
 行宗ゆきむねと互角に戦ってる……
 ギルアが特殊スキルで操った上で、能力を強化しているのか……
 ……知らなかった……」

 まさに劇薬、死と引き換えに凄まじい身体強化をする薬。
 解毒薬はないのか?
 だから直穂なおほがあんなに必死に、俺に薬を作ってくれと言ったのか……
 行宗ゆきむねは、ニーナを殺し、ヨウコも殺すしかないと言っているのか……

 そんなことっ!!
 そんなことっ、許されることじゃない……
 ニーナとヨウコを殺すだなんて…
 だけど……

 薬の調合より誠也せいやの命を優先したオレに、行宗ゆきむねを批判する資格なんてない……
 むしろ、行宗ゆきむねに辛い役目を押し付けてしまっているのだ……
 オレは、誠也せいやのことだけ見て、責任から目を背けているだけだ……
 オレはニーナを見殺しにした。
 オレは、ヨウコを見殺しにしている。

「ぐっ……」

 強く、奥歯を噛み締めた。
 
「フィリア……」

 そんな弱々しい声に、オレはハッと誠也せいやを見た。
 
「可愛いな、お前は……」

「……っつ……!」

 誠也せいやに優しい顔を向けられて、オレは泣きそうになった。

「……まってろ誠也せいやっ……絶対に死なせるものかっ!」

 誠也の腹部から、血がどんどんと溢れ出してくる。
 押し当てた衣服が真っ赤に染め上げられていく。
 赤い、赤い、生々しい赤……
 手が震える……
 地獄だ……
 オレたちはまたギルアによって、地獄へと叩き落された。

 王国軍駐屯地にて、オレと誠也せいやはギルアによって、さんざんに拷問された。
 行宗たちが、オレ達を助けて出してくれたけど、
 またギルアは、オレの前へと現れた。

 あ……
 そして思い当たる。
 全部、オレのせいじゃないか。
 オレが、誠也せいやを巻き込んで、行宗ゆきむね直穂なおほを巻き込んで、
 しまいには、ニーナやヨウコ、マナトを巻き込んだ。

 もう、とりかえしがつかない……

 あぁ、神様。女神さま。
 白菊ともかさま。
 お願いです。
 これ以上、オレから、オレの周りから……
 もう何も、失いたくないんです!
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