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第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編

百三十一射目「因縁」

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誠也せいや視点―

 ヨウコに腹を突かれた痛みが、全身に響いていた。
 宿敵ギルアを目の前にした私は、私の身体は地に伏したまま、微動だにと動けない。
 
 仮面の男の正体は、ギルアだった。

 私の元同僚であり、鈴を殺したかたきである。
 フィリアを無茶苦茶な目に合わせた因縁の相手である。

 ギルアを守るように、獣族少女のヨウコとニーナが立ちはだかっていた。
 彼女たちの顔は恐怖に歪んでいた。
 私に助けを求める表情をしていた。

 そうか、さきほど私の足を掴んだモノの正体は、ニーナだったのか……
 ギルアが呼びつけたのだろう。

 ニーナやヨウコも被害者だ。
 彼女たち二人は、ギルアに身体を操られているのだから。
 敵はたった一人……


「お前は……何者だ? ギルア……」

 血の味がする口を開き、私はギルアに問いかけた。
 ギルアは王国軍で出会った時からずっと、理解できない存在だった。
 それでも私は、仲間だと信じていた。
 信じていたんだ……

「ぶふっ、あははははぁ……久しぶりですねぇ誠也せいやさーん。フィリアちゃんも久しぶりだね―」

 ギルアは心底楽しそうに笑った。

「ぎ……ギルア……っさま………」

 フィリアは、地に膝をついて、
 青ざめた顔で、震えながら……

「……わた……わたしっ……わたしはっ……」

 絶望と恐怖に染まった目で涙を流し。

「だめじゃないかフィリアぁ……勝手に逃げやがってぇ……これはまたお仕置きが必要かなぁ……」

 そんなギルアの言葉に……

「いやっ、ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!! ごめんなさいギルアさまっ」

 フィリアは壊れたように号泣し、地に手をつき頭を下げた。

 私は怒った。
 怒りのあまり、憤死してしまいそうだった。
 あのフィリアが……心の強いフィリアが……ギルアを恐れて正気を失っている。
 それだけ酷い仕打ちをした。
 ギルアはフィリアの身も心も、ぐちゃぐちゃに壊した男だ。
 フィリアに癒えないトラウマを植え付けて、フィリアは毎晩のように、悪夢にさいなまれている。
 
 
「ギルア貴様ぁぁぁあああ!!」

 血を吐きながら、私は叫んだ。
 殺してやる殺してやる殺してやるっ!
 重い身体に、キリキリと力を込めて踏ん張る。
 許さない、許さない、許さないっ!

 私は全身の痛みと毒に抗いながら、必死に立ち上がろうと試みた。

「アハハァ、おー怖い怖い……
 惨めですねー誠也せいやさーん。やれるもんならやってみろよザコが」

 ギルアは変わらない調子で笑っている。
 フィリアは俯いたまま放心していた。

 そして、私の身体は動かない。 
 力を入れても、ビクともしない。
 身体が重い……
 この感覚には覚えがあった。
 毒か……?

 刺されていたナイフに塗られた毒が、いよいよ回ってきたのだ。
 くそっ! 立てよっ! 動けよ身体っ!
 目の前に因縁の相手がいるんだぞっ!
 そして隣には、守るべき女がいるんだ!!

誠也せいやさんっ!」

 そんな時、
 私にかけよる声がした。
 直穂なおほさんの声がした。

「【超回復ハイパヒール】っ!!」

 回復魔法に包まれて、全身の傷が癒えていく。
 毒が浄化されていく。
 戦う力が湧いてくる。

誠也せいやさん、あいつがギルアなんですか?」

 怒気をはらんだ直穂なおほさんの声が、私に尋ねる。

「あぁ……あいつがギルアだ……
 フィリアを酷い目にあわせたクソ野郎だ……」

 力を取り戻した私は、剣を握り立ちあがった。
 そして、ふぅと深呼吸する。
 そうすることで、状況を冷静に俯瞰できた。
 戦場においては、常に冷静なものが負けないのだ。

 私は直穂なおほさんに耳打ちした。

直穂なおほさん、作戦がある。
 ニーナとヨウコは私が引きつけておく。 
 だから、行宗ゆきむねくんと直穂なおほさんは、どちらかが賢者か天使になってくれないか?」

「分かりました。時間稼ぎは頼みます。
 でも気をつけてくださいね……
 彼はおそらく、マナ騎士団という奴らの一員です。
 とても卑怯で強いですから」

 マナ騎士団……?
 それは、大昔に滅んだマナ王国の、騎士団の名前だが……
 ……まぁいい、今は関係ない。

「はは、アイツの卑怯さは、嫌というほど知っているさ……」

 直穂なおほさんとの会話を終え、私はフィリアに向けて叫んだ。

「フィリアっ! 聞こえるか? 私の声がっ!
 私だっ、誠也せいやだっ!
 もう二度と、フィリアを怖い目になんて遭わせないっ!
 だから怖がらなくていいっ!
 お前は私が、この誠也せいやがっ、必ず守るからっ!!」

「……せいや……っ」

 私の言葉に、ハッと我に返ったように、フィリアが顔を上げる。

「あぁ! 私は誠也せいやだっ!
 フィリアを愛している男だっ!
 約束しただろう? 上書きしてやると……
 このギルアのクソ野郎は、私が必ず始末してやる!
 だからっ! 安心して見ていろっ! フィリアっ!!」

「……うっ……ふっ……ぅぁあ……」

 フィリアは私を見て、また泣き始めた。
 でもその涙は恐怖ではなく、安心の涙であることは、その表情を見れば分かった。

 もう決して怖い目に遭わせない。怯えさせない。
 フィリアの笑顔は私が守る。私がフィリアを幸せにする。
 これからも、死ぬまでずっと、
 私はフィリアと添い遂げるのだ。

 剣を握る手に力が籠もる。
 グッと足で地面を踏みしめ、腹に力を込める。
 集中しろ…
 私は今から、ギルアに攻撃を与え続ける。
 しかし私の攻撃は、ニーナやヨウコに簡単に防がれるだろう。
 ヨウコ一人でさえ、掻い潜って一撃与えるのに苦労したのだ。
 ニーナとヨウコ二人を相手に、ギルアに攻撃を通すのは至難の技だろう……

 でも、それでいい。
 私の役目は、ギルアに攻撃を与え続けて、ニーナとヨウコの二人を引きつけた状態で時間を稼ぐことだ。

 時間さえ稼げば、行宗ゆきむねくんか直穂なおほさんが、きっと……

「ギルアぁぁぁああ!!!」

 私は叫びながら、ギルアへ向かって斬りかかった。
 ギルアに操られたニーナとヨウコが、私の前に立ちはだかる。
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