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第五膜 零れた朝露、蜜の残り香編

百二十四射目「混浴露天風呂ハプニング」

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 ―フィリア視点―

 ギラギース地区の外れの秘湯、蛍火温泉にて、

 オレは誠也せいやと一緒に、生まれたままの姿で湯船につかり、仲良くくつろいでいた。
 日が沈み、真っ暗になった棚田温泉に、赤みががった光がチラホラと飛び交う。
 夜、熱蛍ねつぼたるという小さな羽虫が、温泉のまわりを赤い光をともして飛び交い、
 それはもう幻想的な景色を見せていた。

 この熱蛍ねつぼたるこそが、蛍火ほたるび温泉の名前の由来らしい。
(脱衣所の看板に書いてあった)

「ふぁーー気持ちいいなぁ……」

 石に囲まれた温泉で、
 オレは目を瞑って湯を楽しんだ。
 棚田温泉というのは、山の傾斜にそって緩やかな階段のように並んでいる温泉のことである。
 基本的に、高い場所のほうが温度が高い。
 赤い光を燈した熱蛍ねつぼたるは、高い温度を好むらしく、上の段に行けばいくほど賑やかに飛び交っている。
 逆に、オレたちよりも下の段、最下層の温泉宿の近くには、ほとんど熱蛍ねつぼたるは居なかった。

 この棚田温泉は、温泉宿から上へ上へ傾斜を登るように並んでいるのだ。

「なぁフィリア。 このあと行宗ゆきむねくんや直穂なおほさんを起こして、夜中のうちに出発しようと思うんだが……
 どう思う?」

 誠也せいやがオレに尋ねてきた。

「いいと思うぜ、オレももう十分眠れたからな。
 直穂なおほ行宗ゆきむねには、ぜひこの湯を体験して欲しいが……」

「そうだな……」

 実はオレ達は、温泉に入るのは二回目だ。
 最初に少しだけ温泉に浸かったあと、行宗ゆきむねたちの眠る和室に布団をしき、
 オレ達は死んだように爆睡した……
 
 日が沈んでまもなくして、オレと誠也せいやは目を覚ましたのだが、
 先に寝ていたはずの直穂なおほ行宗ゆきむねは、まだまだ起きる気配がなかった。

 無理やり起こすのは気が引けたので、しばらく待ってもなかなか起きないので、
 こうしてオレ達は、二度目の湯船に浸かっているのである。

「今日で出発から四日目だろ?
 今夜のうちにまた川を越えて、フェロー地区には入りたいよな。
 流石に、また黒竜の群れに襲われるなんて珍事は起きないだろうし……
 明日の夜までには、アルム村に到着するはずだ」

 明日は、アルム村を出発してから5日目にあたる。
 浅尾あさおさんの延命期間の一週間には十分間に合っている。
 
「同感だ。
 朝3時に川を越えるとして、日付が変わる頃にここ・・を発てば十分だな」

 日が沈んだのが約2時間前だから、
 今は午後9時頃か。
 あと3時間後には出発するということだ。

 「午前3時に川を渡るのが、最も軍の警備の穴をつける」
 そう誠也せいやは話していた。
 つまり誠也の計算では、ここから川までは、徒歩3時間圏内なのだろう。
 温泉宿で休むというオレの提案を誠也せいやが受け入れてくれたのは、”夜を待つ”意味もあったのかもしれない。

「さぁ、そろそろ上がるか。 行宗ゆきむね直穂なおほにもこの湯を堪能して貰わねぇとな……」

 オレはそう言って、風呂から立ち上がった。
 そのときだった。

「・・・ーーー・・・、ーーー・・・ーーーー・・・・・~♪」

 どこからか、かすかに、少女の歌声が聞こえてきた。

「え……?」

 オレは混乱し、背筋がゾクッと凍りついた。
 どうしてこんな山奥で、歌声が聞こえるんだ。
 近くに、だれかいるのか?

「私が確認してくる……フィリアはここで待っていろ」

 誠也せいやは真剣は顔つきになり、水音を殺して静かに立ち上がった。
 歌声が聞こえてくるという事は、
 つまり近くに誰か人間がいるということ。
 獣族であるオレや、王国軍を裏切った誠也せいやにとっては、一大事である。

「ちゃぷ……ちゃぷ……」

 耳を澄ませば、歌声と共に水音が聞こえる。
 少女の歌は、棚田の下の方から聞こえてきた。

 誠也せいやがゆっくりと裸のままで棚田を降りて、
 少女の方へ忍び寄っていく。
 状況だけみたら、誠也せいやは少女を狙う裸の変態オヤジだな。
 
「・・・――――………」

 そして突然、少女の歌が止まった。
 一瞬、水音だけの静かな時が流れる。
 その直後。

「きゃぁぁあああああぁあああぁああああ!!!!」

 少女が甲高い悲鳴を上げた。
 耳がキインと痛くなる。
 少女の悲鳴は、オレの鼓膜を破るばかりの勢いだった。

『あぁもうっ! どうしたニーナ姉! うるせぇよっ!』

『に、人間っ! 人間の裸の男がっ!』

『はぁ、幻覚見てんじゃねぇの? こんな辺境に人がくるかよ…… え??』

 少年と少女らしき二人、どうやら姉弟らしい二人が、
 なんと獣族語で、そんな会話をした。
 よく目を凝らすと、二人にはオレと同じように獣耳が生えていた。
 オレと同じ、獣族の子ども達だ。

『にっ、逃げるぞニーナ姉!!』

『でも、ヨウコがっ!』

『ヨウコ姉ちゃんは俺が背負う! ニーナ姉は先に南の小屋へ逃げてくれ!!』

 獣族の子供二人が、ばしゃばしゃと水音を立てながら棚田の下へ、
 恐怖に染まりながら、誠也せいやから逃げていった。

『待ってっ!! 二人ともっ!!!』

 オレは獣族語で声を張り上げた。

『オレも獣族だっ! オレたちは敵じゃない! 逃げなくていい!! 止まってくれっ!!』

 オレの声に、二人は振り返ってくれた。

『獣族語……』

『止まるなニーナ姉、罠だよきっと』

 罠じゃない!

『オレは本物の獣族だ!
 この裸の男は、人間だけど優しい人間だ! オレの自慢の夫だ!
 オレたちは敵じゃない!』

 オレは誠也せいやに抱きつきながら、恥ずかしさを吹き飛ばして声を張った。

『オレたちは今から「獣族独立自治区」に向かう!
 知っているか!? そこには獣族が1000人以上暮らしている、ガロン王国公認の獣族の領土だっ!
 お前たちも一緒に行かないか!?』

 オレは二人に向かって、そう言い放った。
 
『嘘つくんじゃねぇよ! じゃあ一体どうやって、あの厳重警備された川を渡るんだっ!?』
  
『ちょっとマナト、失礼な物言いをしないの』

 弟の方がぶっきらぼうにオレに問いかけ、姉が言葉遣いをとがめた。
 弟くんの問いに、オレは答えた。
 
『簡単だ。空を飛んで渡ればいい』

『そらぁ?』

 オレの答えに、獣族二人は驚いたような、呆れたような声を漏らした。



 バギィィィ!!!

 突然。
 下のほうで、木が割れるような音がした。
 そして、
 ドドッ、ドドッ!
 と、なにかが近づいてくる。

『ここにも居たかクソ人間っ!!! ニーナ姉とマナトに手を出すなぁぁぁあ!!』

 獣族語。 
 怒気と殺気の籠もった声で、3人目の獣族の少女が、オレ達へと突進してくる。

『ちょっとヨウコ! 寝てなきゃダメでしょう!』

 お姉さんのニーナが、叫んだ。
 突進してくる三人目の獣族少女に向かって、心配するように。

『出ていけ人間っ、ここは私達の家だぁぁ!!』

 勢いよく四足歩行で走るヨウコは、ぐっと足を踏み込み、誠也せいやへと飛びかかろうとして……

 ズルッ

「んぁあ!!?」

 ヨウコは、温泉の床で足を滑らせた。
 ヨウコはそのまま身体のバランスを崩して、ドボンッと、近くの湯船に落下してしまった。
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