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第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編

百十四射目「絶対絶命」

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 どれだけ歩いただろうか?

 月に照らされて淡く光る雪原。
 歩けど歩けど、見渡す限りの雪景色ばかり。

 ザクッ……ザク……

 と、踏み出した足が、雪にズボリとのみこまれる。
 たまに深い場所があり、腰まで身体がしずみこむ。
 進みづらいったらありゃしない。

 一歩踏み出すたび、オレの細い足がズキズキと痛む。 
 身体がだるい、頭もクラクラしてきた。

(なんでオレは、こんなにもバカなんだ……)

 今更になって後悔が、津波のように押し寄せて、
 オレの身体を重くした。

 見上げれば、雲ひとつない星空が、憎らしいほど幻想的に輝いていた。

 ぎゅるるるるる……
 静かな夜の雪原で、オレの腹がさびしく鳴った。

 お腹が減りすぎて、もう倒れそうだ。

 肉体疲労なら、回復魔法でとりのぞける。
 氷点下の冷気だって、火石を編んだ防寒着でしのげる。
 喉が乾いたら、水魔法を使えばいい。
 でも……
 空腹だけは、魔法じゃどうにもならない……

「オレは……なんてバカなんだ……」

 食糧ならあったじゃないか!
 【ステュムパーリデス】の巣には、親鳥が集めてきた沢山のモンスターがいた。
 魚の死骸やトカゲの肉とか!!
 普段のオレなら、床に落ちてグチャグチャになった食べ物なんて、病気が怖くて食べられないけど……
 
 でも、空腹で死にかけの今、あんな酷い食事でも喉から手が出るほど欲しい。

「……空腹で死ぬのか? オレ……?」

 嫌だ。
 そんな死に方あんまりだろう。
 怖い、怖い、死にたくない。

 足を止めてしまったら、もう再び歩けない気がした。
 足を止めることは、諦めと死を意味する気がした。

 だから、止まれない。
 足が痛くても、お腹が減って痛くても。
 朦朧な視界のなかで
 一歩、また一歩。


 高い方へ、高い方へ、
 オレは執念で歩き続けた。
 
 高い場所のほうが積雪量が少なくて、歩くのに疲れなくていい。
 それに、マグダーラ山脈の一番上、山頂には、転移魔法陣があるはずだ。
 ボス部屋の跡地、地上に帰るための転移魔法陣が。
 だから、なるべく高い場所へ。
 山で遭難したら、高い方を目指すのが得策だ。


…………??

 ん??

 オレはふと、足を止めた。
 匂いが変わった。
 前方に、なにかいる。
 モンスターの匂いがした。
 オレの獣族の冴えた鼻は、かすかな獣の匂いを捉えていた。

 薄暗い雪面に目を凝らして、様子をうかがう。
 
 そこには、熊のモンスターがいた。
 オレは一気に目を覚まして、頭を回転させる。

 大きくて白い熊のモンスター。
 モンスター図鑑で見た気がする。
 名前が思い出せないな。
 使い道は確か、精力剤だったっけか?
 薬剤として集める価値は低いな……
 …………

 体長は3メートルぐらい。
 見た目だけで分かる。オレじゃ絶対に敵わないモンスターだ。
 しかし……
 さっきから観察しているが、全く動く気配はない。
 足を縮めて、寝転んでいる?
 眠っているのか?
 
 いや・・・
 おかしいだろ。
 もし眠ってるとして、なぜこんな無防備な場所で寝ている?
 ここは見晴らしのいい、雪原のど真ん中だ。

 寝込みを襲われる危険があるため、マグダーラ山脈のモンスターは、ほどんどが雪の中にもぐって睡眠をとるはずだが……?

(匂いが、冷たい…………?)

 もしかして、と思い。
 足を忍ばせながら、オレはモンスターに近づいていった。

(やはり、そうだ。 息をしてない)

 熊のモンスターは、白目を向いて死んでいた。

 

「なんて幸運だよ……」
 
 オレは、歓喜のあまり声を漏らした。
 目の前に、空腹を満たす食糧があるのだ。
 
 身体が熱く、口の中によだれが溢れる。
 空腹で死にそうな中、願ってもない食糧だった。

(さて……どう料理してやろうか……)

 舌舐めずりをして、調理法を考えるものの、今のオレには調味料の持ち合わせがなかった。

 見たところ、死んでから時間は経ってない。
 新鮮な肉だ。

 外傷はない。
 死因はなんだろうか?
 もしかしたら、体内に病原菌や寄生虫がいて、それが死因かもしれない。
 もし病気が原因なら、食べるのは危険すぎるな……
 
 だが、精密な検査器具もない。
 それに、オレの空腹ももう限界だった。

 眼の前に上質な肉を置いて、オレはもう、立ち上がる気力なんてなかった。

 何か食べなきゃ、すぐにオレはくたばっちまう。
 だったら、食べるしかないよな。
 せめて、十分に焼いて食べよう。

「【火素フレイム】」

 オレは食欲には抗えず、大熊モンスターを焼いて食べることにした。
 火の魔法で、熊のモンスターを炎で包み込んだ。

 ジュゥゥゥゥ!!!

 と、美味しそうな匂いが広がり、パチパチと火花を散らす。
 熊の丸焼きなんて、初めてだ。
 これが美味しくないはずがない!

 オレは火の魔法を止めて、そのまま熊の巨体にガブリとかじりついた。
 硬い肉だったが、強く噛みちぎって、咀嚼する。
 プリプリの弾力ある肉。
 ホカホカの柔肉が喉を通り、旨味が全身に行き渡る。
 うまい、うまい……

「こんなうまいもの、食べたことねぇよ……」

 美味しすぎて、涙が溢れてきた。
 止まらない。食べられる幸せ。
 オレは無我夢中で、頬張った。

 迫りくる危険に、気づけぬほどに………

 ドスン、ドスン……

 足音がした。

 ドスン、ドスン……

 地面が揺れる。

 オレはようやく違和感に気づき、真上を見上げた。

「え……?」

 そこにいたのは、見上げるほど大きなモンスター。
 日本刀のように鋭く尖った四本足は、大木のごとく遥か高く。
 その上には、はるかに長い高い首。

 
 そいつは間違いなく、【エルヴァルード】であった。
 黄色い身体の、巨大なキリン型モンスター。
 マグダーラ山脈の最強モンスターの一種である。

 集める薬剤のリストにも載っている。
 【エルヴァルード】の危険度は、【サルファ・メルファ】より数段上だ。
 最後に倒そうと思っていた。

 死……
 逃げろ……逃げろ……

 温まっていた身体に、急激な寒気が襲いかかる。
 オレは後ろによろけながら、いち目散もくさんに逃げ出した。

 その直後。

 ドォォォォン!!

 と、後ろで轟音がして、オレは前へと吹き飛ばされた。
 
 ボスッ!!

 頭から雪の中に突っ込んだ。
 冷てぇっ……
 慌てて足を踏ん張って、身体を起こして、後ろを振り返った。

 すぐ後ろに、【エルヴァルード】の大きな頭が、降りてきていた。
 鋭く先端の尖った頭部、5メートルの口がガバリと開く。

 ガブリ!!

 大きな口は、熊のモンスターにかぶりついた。
 そしてバキゴキと骨の割れる咀嚼音と共に、
 オレの焼き熊肉が、【エルヴァルード】に丸呑みにされた。

 
 恐怖のあまり、呼吸がままならなかった。
 死の恐怖である。
 次はオレだ。オレが食われる番だ。

 やだ。いやだっ。
 死にたくねぇよっ!

 空腹を満たした身体で、せい一杯走った。
 だけど、うまく走れない。
 積雪が深くて、雪に足を取られて、転びそうになって……
 そしてついに……
 踏み込んだ右足が、雪の中へと深く沈みこんだ。

「っ……!?」

 嘘だろ……
 オレの右足は深い穴にハマってしまった。
 腰の高さまで、雪の中に沈みこんだ。

 動けない……
 月明かりが消えて、急に暗くなった。
 反射的に、後ろを振り向くと、
 【エルヴァルード】が真上、オレに影を落とし、
 その太いとがった右足を、オレに向かって突き刺そうとしていた。

 あ、死んだ……

 目の前が真っ暗になって、オレは死を確信した。
 身動きの取れないまま、右足に身体を刺し裂かれた。

 かと思った。


 

 ……………?

 懐かしい感覚だった。
 オレはこの感覚を知っている。
 風を切り裂き、心臓が浮く感覚。

 オレは、空を飛んでいた。

「え………?」

 閉じていた目を、ぼんやりと開けると。
 
 バサッ、バサッ

 と、激しい羽の音がした。
 見覚えのあるくちばし、見覚えのある翼。
 オレはまた、大きな鳥に捕まえられて、大空を舞っていた。

【ステュムパーリデス】……?

 それは、見覚えのある鳥だった。
 大きなくちばし、真っ白な銀翼。
 オレを巣へと連れ去った親鳥が、またオレの身体を掴んで、空へと飛び去っていた。

「ギャァァァァァォォォ!!!」
 
 後ろから、おぞましい鳴き声がした。
 空の上で、後ろを振り返ると、
 【エルヴァルード】が口を開いて、俺たちの方へと向けていた。

 まずい……何か来る。

 直後……

 【エルヴァルード】の口から、透明な光る槍が、数えきれないほど飛び出して、オレの大鳥のほうへと襲いかかってきた。

 ドゴォォッ!!

「ギュォォォ!!」

 と、オレを掴んだ大鳥が叫んだ。
 透明な光る槍が、大鳥の羽に当たったのだ。
 大鳥の身体から血が噴き出て、大鳥はオレを掴んだまま、バサバサと暴れ回った。

 ドゴォォ!!

 今度はオレの目の前、大鳥の腹部に、透明な槍が突き刺さった。
 大鳥から鮮血が飛び出す。
 近くで見ると透明な槍の正体が分かった。
 鋭く尖った氷だった。
 【エルヴァルード】は、口から氷の槍を吐いていたのだ。

 バサリ……バサリ…と、羽ばたきが弱くなって。
 大鳥とオレは、雪の地面へと落下していった。

 バスン……と、激痛とともに、オレと大鳥は雪に叩きつけられて……
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