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第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編

百十二射目「親と子と餌」

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 んぐ……
 

 まったく、ひどい悪夢を見たぜ……
 心臓の奥がまだ冷たい。
 肝を冷やした……

 オレは、ゆっくりと意識を取り戻した。
 先ほどまでオレは、大きな怪鳥に身体を掴まれて、大空へと連れていかれる夢を見ていた。
 くちばしの尖った真っ白の巨大な鳥。翼を広げると人が7人分ぐらいの両翼。

 【サルファ・メルファ】との戦闘中に、仲間とはぐれて、どうしようかと思ったけれど……

 よかった。
 どうやら全部、夢だったみたいだ。
 オレは心地よく眠っていた。

 オレの身体に密着している暖かい存在は、おそらく誠也せいやだろう。
 ごうごうとこもった、地下室の音がする。
 遠くからは、吹雪の轟音が、まだ響いていた。

 やはり、アレは夢だったのだ。
 吹雪が止んで、外に出て、【サルファ・メルファ】と戦ったのは、全部夢の中で……
 現実のオレは、ずっと地下室の中で眠っていただけで……

 でも夢にしては、いやに現実感がある夢だったな……



 オレは、閉じられた目を開いた。

 目の前には、大きな目玉があった。

 え? え?

 こぶしほどに大きな、き出しの目ん玉。
 その周りには、ぶよぶよの唇、ささくれだったウロコの表面。

 オレが誠也せいやだと思っていた温かいモノは、実は巨大な魚であった。

「!!??」

 声も出ずに息が止まった。
 え? え? え? 
 こんなモンスター。捕まえた覚えはないぞ?

 死んでる……魚臭い……

 それにこの地下室。なにかがおかしい。
 誠也せいやの作った地下室じゃない。

 誠也せいやの地下室はつちづくりだけど、
 この地下室は、石に囲まれた洞窟じゃないか。

 どこだよ、ここは……?

 危機感から、体温が一気に冷えて震え出す。
 寝ぼけた脳が一気に冴えて、聴覚視覚嗅覚、全身の神経が研ぎ澄まされていく。

 吹雪の音、何かが擦れる音、うめき声。
 魚の臭い、獣の臭い、とにかく野生の臭いがキツかった。
 鼻の利く獣族のオレにとっては、たまったもんじゃない。

 身体中がズキズキと痛んだ。
 周囲をキョロキョロと見渡すと、巨大魚だけではなく、小さな鳥、羽毛のついたモンスター。
 生き物の死体の山に囲まれていた。

 そして……
 
 オレの後ろに、なにかいる。
 かなり背の高い、オレを見上げるような大きさだ。

 オレはおそるおそる。息をひそめながら、
 振り返って後ろを見上げた。

 そこには、大きな鳥がいた。
 太い二本足で屹立した、夢の中でみた白い鳥。
 視界の端には、もう一体いた。
 
 この二体の鳥は、さっきの悪夢の中で、オレを空へと誘拐した鳥と同じだ。

 なんで……?

 その瞬間。

 ザシュ!!

 大きな鳥は、大きなくちばしを、オレの目の前にグサリと突き刺した。
 目にも止まらぬ速度。
 鳥はくちばしで、オレの目の前で倒れていたネコのようなモンスターを掴むと、
 それをくちばしで掴み上げて、口の中に飲み込むと……

 バリバリと骨が砕かれる音がした。

 食べられてるっ!!

 オレは脳内で、最悪の結論を導き出した。
 これは夢じゃない。現実だ。

 悪夢だと思っていた、鳥に攫われた記憶も現実だ。
 悪夢ですんだら良かったのに。

 今のオレは、この巣の中で
 この鳥のえさらしい。

 オレの周りにいるモンスターの死骸のように、今食べられたネコちゃんのように。
 いずれ食べられる運命なんだ。

 オレは恐怖のあまり、勝手に涙が出てきた。
 小さく嗚咽して、声が漏れそうになったけど、頑張って耐えた。
 いまは死体のふりをしないといけない。
 おそらくこの鳥は、気絶していたオレを、死んだと勘違いしたのだろう。
 
 動けない。
 いま逃げようとしても自殺行為だ。
 このマグダーラ山脈でオレ一人じゃ、こんな大きな鳥に勝てっこない。

 このモンスターは、図鑑で読んだのを覚えている。
 モンスター名は確か、【ステュムパーリデス】。
 雪に紛れる銀翼の身体に、尖った大きな立派なくちばし。
 崖壁を、その鋭いくちばしで掘り進め、巣を作るモンスターだった気がする。
 岩を砕く鋭いくちばし。
 もし刺されたら、腹部貫通どころじゃないな。

 あぁそうか。
 ここはコイツの巣の中か……

 ズシュ!!!

 また、モンスターのくちばしが、今度はオレの反対側に降りてきた。
 オレが目ざめた瞬間に見つめ合った、大きな魚が咥えられて……

 ごくん、ごくん、バリバリバリバリ……

 高い音色の粉骨音と共に、大きな魚が、巨大鳥の胃袋へと飲み込まれていく。
 オレは、生きた心地がしなかった。

 逃げるか??
 
 でも逃げても、死ぬ未来しか見えなかった。

 くそっ。
 助けてくれ、父さん……
 助けてくれ、誠也せいや……
 オレはまだ、死にたくないんだ……

 そして遂に、オレの番がきた。
 オレに向かってくちばしが開かれて、
 気づいたらオレは、くちばしに挟まれていた。
 咥えられて持ち上げられる。
 お腹が挟まれて痛い。

 死んだフリなんて意味なかった。
 抵抗出来ないほど、強く挟まれて……
 オレは涙を流すことしか出来なかった。

 いやだ。殺さないでくれ…… 
 誠也せいや……ごめん。
 誠也せいやに、好きって気持ちを伝えたかった。
 こんな終わりなんて嫌だ。
 
 父さんにも、申し訳ない。
 お母さんも悲しませてしまう。

 なんでこんなことに……

 オレは奇跡が起きることを信じて、必死に声を押さえていた。
 死んだフリを続けたのだ。
 オレを食べても、おいしくないぜ……




 すると……

 ドサッと、
 視界がブレて、鈍い激痛が背中に走った。
 オレは地面に叩き落とされた。
 


 え? 
 なんで? ゆるされた?

 モンスターの死骸だまりに落とされて、オレは恐る恐る天井を振り返った。
 そこには、もう一体の【ステュムパーリデス】がいた。
 許されてはいなかった。

 オレを咥えていた奴より、一回り小さい【ステュムパーリデス】。
 なるほど、
 状況から察するに、これは餌づけというやつか。

 岩に囲まれた巣の中で、親鳥が捕まえて来たえさを咥えて、子供に与えているのだろう。

 文面だけ見れば、親鳥と子鳥の、なんとも微笑ましい光景だが、

 恐ろしい事に、えさはオレなのである。

 生きた心地がしなかった。
 死んだフリをやめて、逃げるのも一つの手か?
 
「ギャオォォォォォォ!!!」

 親鳥が甲高く叫んだ。
 鼓膜が裂けそうになる絶叫。

 大きなくちばしをオレに寄せて
 ぐい、ぐいと、子供鳥の足音へと転がされる。
 オレは抵抗できず、子供鳥の太い足にゴツンと激突した。


「ギュォ……」

 子供鳥が、小さな声で鳴いた。
 しかしそれは、消え入りそうな声だった。

「ギャオォ、ギャォ……」

 親鳥は催促をするように、オレの身体をグイグイと子供に押し付ける。

 しかし……

 いつまで経っても、子供は微動だにせず座り込んだまま、弱々しく呻き声を上げるだけだった。

「ギャォォ……」

 親鳥の叫びは次第に弱々しくなり、吹雪の音へと消えていった。

 そしてしばらくして、親鳥は力なく頭を項垂れて……

 バサァァ!!! と大きく羽を広げて……

 爆風と共に宙へと浮かび、洞窟の外へ。出口へと飛び出していった。

 なぜだか分からないけど。オレは助かった。



 苦しそうに呻く子供の鳥。
 
 オレの周囲に集まった、無数のモンスターの死骸。

 子供の鳥は食欲がないらしい。
 怪我か病気か、身動きもろくに取れず、身体をブルブルと震わせている。

 オレは、食われずに済んだ。




 逃げなきゃ……

 親鳥が戻る前に、この場を立ち去るんだ。

 オレは慌てて立ち上がり、死骸の山に足を取られながら、必死で出口を目指した。

 大きな鳥が出ていった方、吹雪がなる方へ走って行くと、出口はすぐだった。

 でも……

 ごうごうと吹雪が鳴り響く……

 洞窟の出口には、まっしろな雪のスクリーンがあった。
 

 頑張って、一歩一歩進んでいくと。
 吹雪はどんどんと強くなり、霧の中は明るくなっていった。

 ふと足元を見ると

 つま先の先に、地面がなかった。
 
 そこは、崖の端っこだった。

 オレは思わず後ずさる。

 凄まじい吹雪の轟音。

 図鑑に載っていた通りだ。
 【ステュムパーリデス】は、切り立った崖をつついて、横穴の巣を作る。
 俺が立っているのは、霧で全体像が見えない大きな岩崖に開いた、横穴のなかのようだ。
 上も下も、5メートル先が吹雪で見えない。

 少し手を伸ばせば、引きずりこまれそうなほどの爆風である。

 オレは、思わず引き返した。

 この吹雪に、切り立つ崖の横穴の中。
 いま外に出るのは、身投げするようなものだ。

 この小さな洞窟の中で、吹雪が止むまで、隠れて耐えるしかない……

 それにしても、
 あの親鳥は、こんな吹雪のなかで、新しい餌を取りにいったのか?
 子供鳥が何も食べてくれないから? 
 必死に食べられる食糧を探しに……?
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