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第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編

百十射目「また守れなかった」

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 4本目の毒針が俺の背中から回りこむように、忍び寄っていたのだ。
 俺はまんまと背中を向けて、そこに飛び込んでしまった。

 ドクン!!

 心臓が揺れ、視界が歪む。

 間髪入れず、前方から、3本の毒針が襲いかかってくる。

(まずい……毒だっ。   次に毒を喰らえば、俺は確実に死ぬ……)

 心臓の凍るような恐怖が、背筋を襲う。
 
 時間の進みが、スローモーションに見えた。
 走馬灯だろうか。
 心臓の音がいやにうるさい。
 外の音が聞こえない。

 逃げなきゃ……
 早く、毒の解毒を……

 気持ちばかりが焦って、身体は金縛りにあったように動かない。

 ポケットの中の解毒薬へ、手を伸ばさなきゃいけない……
 早く、飲まなきゃ、死ぬ……
 3本の毒針を、うまくかわしてっ……

 だめだ、だめだ、時間が止まったみたいに動けないっ。




「ゆきむねっ!?
 やめろぉぉぉ!!」

 直穂なおほの、はち切れそうな絶叫が近づいてきて、
 次の瞬間。
 目の前が、まばゆい閃光せんこうに包まれた。


 キィィィィィィィィン!!!

 バギィ! ゴキィ!! ビキビキィ!!

 世界が震撼した。

 俺は猛毒で朦朧もうろうとして、プツンと意識を失った。


 ………………


 …………


 ……







 ゆきむね……

 ゆきむね……ゆきむね……起きてよっ

(寒い……)

(寒い……寒い……) 
 
 直穂なおほの声が聞こえる。
 目の前が真っ暗だ。
 背中には温かさを感じる。
 でも身体の中は、凍えるように寒い。

行宗ゆきむね……起きてよっ! 目を覚ましてっ!!」

 直穂なおほ??
 泣いているのか? 
 誰だよ行宗ゆきむねって奴は?
 可愛い直穂ゆきむねを泣かせやがって、許さねぇ。
 いや行宗ゆきむねって、俺の名前じゃないか。
 いったいどうしたってんだ。

「嫌だよ……死んじゃヤダ……私はあなたが居ないと、なにも出来ない……」

 くそ! ……なに心配かけてるんだ、俺。
 早く起きないと……

 なおほ……

 だめだ、声が出ない。
 目を開けろ。そうだ、頑張れ。

 視界が開けた。
 空には土の天井が見えた。
 まだぼやける視界のなか、直穂なおほが俺の身体にしがみつき、
 俺の胸に顔を埋めて、肩を震わせ泣いているのが見えた。

 直穂なおほの冷たい濡れ髪が、首元をくすぐって気持ちよかった。

 なおほ……起きたぞ。
 ……もう大丈夫だ。

 だめだ、上手く声が出ない。
 喉のなかにねばついたような不快感。
 そうか俺は、サルファ・メルファの毒を喰らって……その後……

 声が出ないなら、手は動かせないだろうか?
 俺は左手の指を握った。
 うん、大丈夫だ。ちゃんと握れる。

 俺は、重い左手をなんとか持ち上げて、俺の胸で泣いている直穂なおほの頭の上に左手をのせた。

「えっ……?」

 直穂なおほは、高いすっとんきょうな声を上げる。
 俺がいつもみたく、優しく頭を撫でてやると。

 直穂なおほはハッと頭を上げて、ひどい泣き顔で、俺の顔ををのぞきこんだ。
 俺は精一杯の笑顔で、震える唇を開いて、声を漏らした。

「おは……よう」




「うわぁぁあああっ!! 行宗ゆきむねぇぇ!」

 直穂なおほは涙腺が決壊したように、見たこともないほど大声で泣き出して、俺の身体を強く抱きしめた。
 痛いぐらいに、ギュウと抱きしめられて、ちょっと息が止まりそうになった。

 直穂なおほが俺に、解毒剤を飲ませてくれたのだろうか?
 ありがとう……

「よがったぁぁ…… ごめんっ、行宗ゆきむねっ! 私のせいで、痛かったよね。辛かったよねぇっ! っうぅ…… ごめんなさいっ…… 私はっ、フィリアちゃんを助けられないかったっ……」

 そうか……
 俺は直穂なおほを、抱きしめかえすことしか出来なかった。
 それに、違う……
 毒針に刺されたのは、俺のせいじゃないか。
 俺のドジのせいで、フィリアを助けに行った直穂なおほは、俺のために足を止めた。
 全部……俺のせいじゃないか……

 俺の目尻からも、涙が出てきた。
 二人で一緒に抱き合って、わんわんと泣いていた。
 
 少しずつ、視界が鮮明になっていく。
 サルファ・メルファの毒が、抜けていくのが分かる。

「……誠也せいやさんは、どこだ? そばにいるのか?」

 俺はやっと口を開いて、まともな言葉を離した。

「うん…… そこにいるよ。でも……」

 直穂なおほは、暗い顔で答えた。
 
 あたりを見渡すと、ここはお馴染み、誠也せいやさんの作った地下室だった。





「山場は越えたようだな。行宗ゆきむねくん。
 ……では私は、フィリアを探しにいってくる」

 誠也せいやさんは、聞いたことのない低い声でそう言った。

「ダメですっ!! こんな吹雪のなかじゃ、遭難するだけですよ! フィリアさんの連れさられた方向すら、まったく分からないんですよっ!?」

 直穂なおほが必死の声でそう言った。
 吹雪?
 俺は不思議に思って耳を澄ますと、確かに地下室の外から、ごうごうと激しく雪が吹き荒れる音がした。

「フィリアを見捨てろというのか!? 私は約束通り、行宗ゆきむねが目を覚ますまで待ったぞ!?
 こんな猛吹雪だからこそ、早くいかねばフィリアが死んでしまう!」

 誠也せいやさんが、凄い剣幕で直穂なおほに怒鳴った。
 息は荒くて、鋭い目は涙の痕で真っ赤だった。

「そんな分かってますよ! でも真っ暗な極寒の夜に、猛吹雪のなか、どうやって探すつもりですか?」

「気合いで探せばどうにかなる!
 この【ステュムパーリデス】とかいう鳥型モンスターの巣を探せばいいんだろう?」

 誠也せいやさんは激昂げきこうし、モンスター図鑑を地面に叩きつけた。

「この悪天候と視界しかいじゃ、どう考えても無謀むぼうですっ! せめて吹雪が止んで、夜が明けるまで!」

「ふざけるなっ! そんなに待てるかっ!
 フィリアは今も、どこかで私たちの助けを待ってるんだぞっ! 
 なあ知ってるか!? 
 アイツは、あいつは、絶対にあきらめないんだっ!
 王国軍に捕まって、どんな酷い事をされても、アイツの目は死ななかったっ!
 ずっとっ、未来を見てたんだよっ!」

 誠也せいやさんは拳を震わせて、ボロボロと涙を溢れさせた。

「すまないフィリア。……いつも私のせいなんだっ。
 私がクソ鳥の接近に気づいていれば、私がフィリアを守れたハズなのにっ……!
 一番そばにいたのは私なのに、また守れなかった。
 王国軍に捕まった時と同じだっ……
 私は、お前たちのように強くない…… 
 愛する女ひとり守れないっ……!」

 膝をついて泣き崩れる誠也せいやさん。
 直穂なおほは、誠也せいやさんの隣まで歩き、しゃがみ込んで、
 誠也せいやさんの丸まった背中を、優しい手つきでさすっていた。

 いたい、いたい。
 心が重たい。
 深刻な事態におちいってしまった。

 この雪山で、フィリアとはぐれるという事。
 猛吹雪のなか、真っ暗な極寒の夜。
 大きな鳥に捕まえられたフィリアは、どこかに連れていかれて……

 死んでしまっただろうか? 
 バカか!
 そんなはずはないだろう!
 
 死んでるわけがない!
 だって、フィリアと約束したじゃないか!
 四人で薬を持ち帰って、浅尾あさおさんとフィリアの父親の病気を治すって!
 
 なあフィリア?
 これぐらいでくたばるお前じゃないよな?

誠也せいやさん…… 直穂なおほ
 俺が毒を喰らったせいで、フィリアさんを助けられなくて、本当にごめんなさい……」

 俺は自分の失態を後悔し、深く謝罪した。
 
「でも大丈夫です。フィリアは生きています。
 そして絶対に、また再会できます」

 続けて俺は、強くそう言った。

「なぜ……そう断言できる? もしかしたらフィリアはもう……」

 誠也せいやさんは両手で頭を抱えながら、震え声で弱音を吐いた。

「フィリアは絶対に生きています。
 誠也せいやさんも言ったじゃないですか。フィリアは諦めない奴だって。
 だから俺達も諦めません。
 誠也せいやさん。この猛吹雪の中で外に出るのは、どう考えても無謀むぼうです。玉砕ぎょくさいです。
 それは……    フィリアを助けにいくという恰好かっこうだけつけたい、ただの自己満足のオ〇ニーですよ」

「なんだと!?」

 誠也せいやさんがギロリとにらんできた。
 
「フィリアは、誠也せいやさんが死んだら悲しみます。
 フィリアはきっと、たとえ自分が死んだとしても、誠也せいやさんには生きていてほしいと思うはずです。 
 違いますか?」

「……っ ……ああ。 まぁ……そう……だな……」

 誠也せいやさんは、唇を噛み締めながら、なんとか納得してくれた。

「俺達も、自分の命は大事にいきます。 
 吹雪が止むのを待ってから、全力でフィリアを探します。
 それでいいですか?」
 
「いや……分かった。
 確かに私は、自暴自棄になっていた。
 ……すまんな」

 誠也せいやさんは、ぐったり疲れた様子で頷いた。

 俺は誠也せいやさんを、偉そうな言葉で言いくるめてしまったが、俺にも責任があるし、なにが正解かなんて分からない。

 なあ神様。
 この世界の神様は「白菊ともか」って言うんだっけか?
 なぜか俺の最推しVtuberと同性同名なのだか、このさいそんなことどうでもいい。
 神様どうか教えてくれ。
 俺たちの進む先に、ハッピーエンドはありますか?
 
 地下室の外で、ゴウゴウと吹雪の音が激しさを増していた。
 狭い地下室の中、
 俺たちは静かに作戦を練りながら、吹雪が弱まるのをただ待っていた。




 ちなみに、俺が気絶した後、【サルファ・メルファ】は、
 半狂乱になった直穂なおほが泣き叫びながら、俺の攻撃でむきだしになったヤツ脳髄に、閃光せんこうの魔法を乱発して倒したそうだ。

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