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第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編

百三射目「牛車のなかの昔話」

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誠也せいや視点―

 ガタガタガタ……と、
 牛車の荷台が揺れるたびに、ガンガンガンと床で頭を打つ。
 
 それにしても……
 まさか一成かずなりさんと、ここで再会するとはな。
 一成かずなりさんは私にとって、命の恩人である。
 西宮家の屋敷が襲撃を受けて、獣族反乱軍の捕虜となった私を、助け出してくれた人だ。
 さらに私の王国軍として生きる道を示し、
 私にいくさを教えてくれた師匠でもある。
 数年前、軍の幹部まで昇格したという噂は聞いていたが、
 まさかギラギース地区にいたとはな。

 私は、王国軍に22年従事した古参兵である。
 よって、ガロン王国各地に知り合いも多い。

 まあなんにせよ、清水流るる美しき都ギラギースが、
 黒竜の復讐を受けてもなお半壊でんで良かった。

 この牛車の運転手、一成かずなりさんは頭が良く、戦闘技術も優れている。
 二十年ぶりに会った彼は、寝袋の中だから姿は見えなかったが、声は渋くなっていた。
 でも懐かしいな、小さな頃はこうやって、ギュウギュウに人が詰め込まれた牛車の中で、
 一成かずなりさんの運転でいくさに出かけたものだ。


「なあ誠也せいや……とんでもないことになったな……」

 フィリアの小さな声が、寝袋がガザガザと動く音とともに聞こえてきた。
 フィリアは私のすぐ隣で、私と同様に寝袋の中らしい。
 牛車の音がうるさいので、フィリアの声は、そばにいる私だけが聞き取れる。

「……まっくらで何も見えないし、蒸し暑い…… 床もガタガタ揺れて、眠れない……」

 フィリアは、疲れた声でため息をついた。

「なぁ誠也せいや。マグダーラ山脈には、いつごろ着くんだ?」

「おそらく、5時間ぐらいだ」

「5時間?? 意外と短い……けど……」

 キラギース地区のすぐ先は、山地になっているのだ。
 隠れつつ徒歩で進むなら、丸一日かかるが、
 牛車で進むなら、軍が管理するトンネルを通ればよい。

「しかし…… この体勢のまま、身動きとらずに五時間か……しんどいな……」

 フィリアは出発早々、車疲れした様子だった。
 
「私としては慣れたものだ。
 王国軍での戦時は、ゲリラ部隊のリーダーだったからな。
 農作物の袋に紛れて敵のアジトに潜入した時は、まる二日米俵こめだわらのなかだった」

「へぇ、それ面白いなぁ……」

 フィリアは、少し声を明るくして、感心のため息をついた。
 そして会話が途切れた。
 無言の時間が続く。
 しばらくして、またフィリアが口を開いた。

「…………なあ誠也せいや。オレ今、すっげぇ暇だからさ。
 もっと聞かせてくれないか? 誠也せいやが王国軍にいたときの話!」

 子供が親に絵本の読み聞かせをねだるように、フィリアは弾んだトーンでいてきた。
 フィリアの楽しそうな声に、私も心があたたまった。
 でも……

「聞かない方がいい。……私の話なんてみんな、獣族を嬉々として殺戮した物語だ……お前を傷つけてしまう……」

 私は自嘲するように、吐き捨てるようにそう言った。
 そうだ。
 過去つみは決して消えない。
 忘れてはいけない私の過去つみ
 フィリアと出会うまでの私は、獣族を憎み殺戮してきた。
 本来なら私は、フィリアの傍にいる資格のない人間……

「構わない。お願いだ。聞かせてくれないか……?
 オレは誠也せいやの事、もっとちゃんと知りたいんだ。
 オレはっ…… オレにとって誠也は…… 大切な人だから……
 どんな事を聞いても、オレは傷つかないし、誠也せいやの事を嫌ったりしないから……
 誠也せいや過去ほんとうを、教えてくれないか?」

 いつになく真剣な声色のフィリアに、私も真剣に考えた。
 そして、話すことに決めた。
 目的地に着くまでの暇つぶしに、今まで誰にも話したことのない。私の人生のすべてを打ち明けることにしたのだ。

「恥ずかしい話になるんだが……いいか? 
 私は10才の頃の話だ。
 私は西宮家という、ガロン王国フェロー地区にあった貴族の屋敷で、使用人として働いていたんだが……
 西宮響香にしみやきょうかという二つ年上の”お嬢様”を、妊娠させてしまったんだ」

「はぁ!? ちょっとまて、その女について詳しく聞かせろ」
 
 フィリアはなにか焦った様子で、早口で口を挟んできた。

響香きょうかは私の……初恋の女の子だった。 
 外遊びが好きな女の子で。本を読んでいる私の手を掴んでは、毎日にわの外に引っぱりだされたものだ……」

「ふ、ふーん。そういう女の子が好きなのか?」

「あぁ、好きだった……。でも……
 響香きょうかは私が11才の時、屋敷に襲撃してきた獣族反乱軍に、家族諸共もろとも殺されたんだ。
 私は獣族反乱軍の捕虜となって、酷い仕打ちと拷問を受けた……」

「なっ……そんなっ……!」

 フィリアは悲痛な声を上げた。
 私は昔を懐かしみながら、今の幸せを噛みしめていた。
 今まで自分の過去は隠してきた。
 軍の親しい友人にさえ、打ち明けたことはなかった。

 でも、今初めてフィリアに過去を語っていくと、昔の自分が救われていく気がした。

「その後私は、王国軍に助けられたんだ。
 助けてくれた人は、一成かずなりさんという名前でな。
 私の王国軍人としての先生でもある。
 そして……
 ……いま私達が乗っている、牛車の運転手でもある」

「え……? は、はぁ!? なんだって!?
 衝撃展開すぎるだろっ!!
 ちょっとまて! 
 女の子のところからもっかい! ゆっくり詳しく話してくれっ!」

 すっかり元気なフィリアの声に、
 私は寝袋の中で、クスクスと声を殺して笑った。
 あぁ、すごく楽しい。
 やはり私は、フィリアのことが大好きだ。
 彼女のためなら、私はなんだってできる。
 フィリアの笑顔が、今の私の生きる意味なのだから……
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