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第四膜 ダンジョン雪山ダブルデート編

九十六射目「うわがき」

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 ー誠也せいや視点ー

 ハッと目が覚めると、辺りは真っ暗だった。
 深夜の冷気が、夏の地下室を満たしていた。

 予定通りに寝て予定どうりに起きるのは得意だ。
 ずっと昔、私が王国軍として獣族と戦争をしていた頃。
 寝坊は即ち死を意味した。
 深夜にわたるの戦闘の日々。
 徹夜続きのゲリラ部隊を率いていた私は、決めた時間に起きる事が得意だった。
 どんなに疲れていても、一時間だけ仮眠をすると強く誓って眠れば、ちゃんと一時間後に目が覚めるのである。
 そんな私の特技は32才になった今でも健在である。
 私は息を吸って、辺りを確かめた。
 空気の感覚から、朝の3時くらいか。
 予定通りだ。

 私のすぐ隣では、愛くるしいフィリアが眠っていた。
 小さな寝袋の中で、私と肩を寄せ合いながら、
 冷えて滲んだ汗と、フィリアの暖かい体温が混じり合い、ここちの良いフィリアの匂いがした。
 すぐ隣に眠るフィリアのネコ耳が、さわさわと私の耳をくすぐってきた。

 私はゆっくりと、フィリアの方に寝返りをうった。

 フィリアの様子がおかしかった。



「うっ……っ………」

 フィリアは目を瞑ったまま、眉間にシワを寄せて涙を流していた。
 うぶ毛の生えた額から首筋に、汗のしずくを滲ませながら、悪夢にうなされているようだった。

「フィリア。大丈夫か?」

 私はフィリアの頬っぺたに両手を当てた。
 フィリアの頬は餅みたいに柔らかかった。
 私は慌てて、フィリアの額と首の汗を両手で拭き取り、
 安心させるように、右手で優しく頭を撫でた。

「……っや……ごめん……さいっ……ぎるあさま……わたし・・・を、ゆるして……くだっ……」
 
 フィリアは寝顔をぐにゃりと歪めて、寝言を吐いた。
 そして閉じられた瞳から、涙がぽろぽろと溢れだして、拭き終わった頬っぺたをまた濡らしていった。
 聞き捨てならなかった。
 私は脳を突かれたような衝撃と共に、溢れんばかりの怒りが沸き起こってきた。

 フィリアの口からこぼれ出た、ぎるあ、ギルアという名前。
 そいつは私の部下だった男の名前だ。
 私を殺そうとした男である。
 私の部下のすずを毒殺した男だ。
 フィリアを捕えて、フィリアの一人称をわたし・・・にするよう強制し、
 自身の事はギルア様と呼ばせて、
 獣族奴隷として、あらん限りの性的暴〇を振るった男だ。

 私は、独房に届いてきたフィリアの悲鳴の断片しか知らない。
 しかし、私は知っている。
 フィリアに出会うまで、私は、獣族を拷問する立場だったのだから。
 王国軍に捕まった獣族は、例外なく凄まじく酷い拷問を受ける。
 ほとんどの獣族が、人格が壊れて廃人になってしまうほどに。

 私は甘く見すぎていた。
 診療所で再会した時、フィリアは意外と元気そうだったから。
 私は最初に謝った時を覗いて、王国軍に拷問された時の話題は避けてきた。
 行宗ゆきむねくんや直穂なおほさんが一緒にいたし、
 フィリアも前を向いているように見えたから。
 
 トラウマを思いださせないためにも、 
 王国軍にされた仕打ちについて、フィリアと話すのを避けていた。

 でも……

 大丈夫な訳ないじゃないか。
 悪夢に出てくるくらい、ギルアがフィリア刻みつけたトラウマは、重くて深いのだ。
 
 ギルアに対しての怒りより、もっとずっと大きかったのは、自分自身への怒りであった。

 ごめん、ごめん、ごめんフィリア……

 守ってやれなかった。

 私は、どうすれば良かったんだ。

 今泣いている君のために、何ができるのだろう?

「……すまない……フィリア……」

 私は大粒の涙で、フィリアの顔を汚しながら、
 肩を揺すってフィリアを起こした。

「んんっ……あぁ……」

 フィリアの目が弱々しく開き、溜まっていた涙が、頬をつたって流れていった。
 
「フィリア。フィリア…… 大丈夫か?」

「……え? せいや??」

 フィリアは潤んだ目で、私の顔に目の焦点を合わせた。

「気づかなかった…… そりゃあトラウマだよな。忘れられないよな」

 私は己の不甲斐なさに、唇を噛みしめる。
 フィリアに赦しを乞うように、彼女の頭を何度も撫でた。

「なぁ誠也せいや…… キスしてくれないか?」

「え……?」

 フィリアは私の方に身体を寄せて、顔を超至近距離に近づけてきた。
 真っ暗闇でもはっきりと、彼女の瞳のなかに反射する私の顔が見えた。

「お願いだ…… うわがき、してくれ」

 ちゅぷっ……

 私が答える前に、口の中へと、フィリアの舌が入ってきた。
 フィリアの舌は、むさぼるような激しさで、私の口内をぐちゃぐちゃにしてきた。
 私は驚いて、反射的に逃げようとしたけど、フィリアの両腕が逃がしてくれなかった。

 それは今までのフィリアのキスではなかった。
 初々しさや恥じらいは一辺もなく、慣れた動きで、欲望のままに吸い付いてくる。
 あの時はじめてだったフィリアは、もういない。
 この激しいキスも、ギルアのやつに教え込まれたのだろうか?
 そんな想像をすると、胸がズキンと痛んだ。

 私はフィリアを、守れなかった。

 私はフィリアみたいに慣れてはいないが。
 彼女の激しさに合わせるように、精一杯舌を動かして、絡め合った。

「んんっ……」

 フィリアは突然、キスを止めて逃げるように距離を取った。
 目を開けるとフィリアは、目の前で泣いていた。

「どうしたフィリア?」

「ごめん……ごめん誠也せいやっ。無理やり、襲いかかるようなコトしてっ……」

 フィリアは、ガタガタと震えながら、私に謝ってきた。

「こ……これじゃアイツらと変わらねぇよな。ごめん……誠也せいやを汚してごめん……」

 瞳を右往左往と泳がせて、壊れたように涙を流して、フィリアは自分自身に絶望しているようだった。

「フィリア、それは違う……」

「最低だよっ。オレはっ…… 大切な誠也せいやに、何てことをっ……」

「フィリア」

「ごめん……ごめんなさい…… でもっ……許して……」

「フィリアっ!!」

 


 私は大声を出した。
 フィリアはビクリと顔を強張らせて、泣きそうな顔で私を見た。

「謝らなくていい。私はまったく怒っていない。むしろお前のことが、すごく心配だ………」

「せい、や??」

 私はフィリアの震える身体を、強く優しく抱きしめた。

「今はなにも考えなくていい。頭をからっぽにして、ただ私の胸の中にいろ。
 ほら、深呼吸だ。 吸って……吐いて…………吸って…………」

 小さな背中をトントンと叩きながら、フィリアを優しく包み込む。
 
 すーーーふーーーすーーーー

 フィリアは、私の声に従うように、呼吸を落ち着かせていった。
 筋肉がこわばって汗まみれだったフィリアのカラダは、徐々に力が抜けて柔らかくしずんでいく。

「フィリアお前は、私にとって命の恩人だ。 いまの私にとって、自分の命よりも大切な存在なのだ。
 私はフィリアの力になりたい。 アイツらに刻まれたトラウマが、キスで忘れられるのなら、私は喜んで、何度だって、お前の唇に上書きしてやる……」

誠也せいやッ……それって……」

 ぐちゅっ……

 私は照れ隠しのように、口を開いたフィリアの口内に、お返しとばかりに舌をねじ込んだ。
 そしてフィリアに負けないぐらい、激しく熱く、小さな口の中をむさぼっていく。
 私の中の本音ほんねを、隠さずそのままぶつけるように。
 私は、フィリアが好きだ。
 恋愛対象として、肉体的にも精神的にも大好きなのだ。
 言葉にはしない。
 舌で身体で、表現していく。
 誤魔化すように、まだこの恋が終わらないように……

 私とフィリアは、両思いかもしれないと、心のどこかで思っている。
 一方で、私の勘違いかもしれないと恐れている。
 そもそも私の年齢は、フィリアの二倍以上である。
 14才の少女と、32才の私。
 こんな恋が結ばれるなんて、あるのだろうか?


 混ざり合って、濡れていく。
 口の中、微かに残っている、昨日の夜の鍋のあじ。

 ちゅぷ……
 と、唇を離す。
 互いを複雑に思い合う瞳で、息のかかる距離で見つめ合う。
 相手のこころが見えそうで見えない、もどかしくて心地よい距離。

誠也せいや………」

 フィリアが口を開いた。
 すでに身体の震えは収まっていて、涙も止まり、呼吸も落ち着いているフィリアだった。

「…………ありがとう」

 フィリアは頬を赤らめて、笑顔をみせた。
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