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第3.5膜 フィリアはお医者ちゃん編

九十射目「ハッピーエンドへの唯一解」

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 ベッドの上で、浅尾あさおさんがパニックを起こしているのが見えた。
 行宗ゆきむねと黒髪のお姉さんが、恐怖に染まって泣きわめく浅尾さんを、抱きしめて、なだめていた。

 オレは、頬を腫らした父さんを見下ろした。
  
「なぁ? 嘘つくんじゃねぇよ。マグダーラ山脈にはあるんだろ? 浅尾あさおさんを治す薬が……?」

「お前、まだそんな事を……」
 
 オレは、たどり着いた。
 父さんの言葉が最後のピースだった。
 浅尾あさおさんの病を治す、唯一の方法にたどり着いた。

「安心しろっ! 浅尾あさおさんっ! 行宗ゆきむねっ! こんなヤブ医者の判断なんかに、耳を傾けるんじゃねぇ!
 浅尾あさおさんの病気を治す方法は、ある!!」

「なんだと??」

 オレのヤブ医者発言に、父さんはギロリと睨みつけてきた。
 
「ついでにお前の病気も治してやるよっ! ヤブ医者っ!! 人生諦めた顔をしてんじゃねぇ!   
 オレは小桑原啓介こくわばらけいすけの弟子! フィリアだっ! どんな不可能だって可能にしてやる!!」

 オレは、希望に満ち溢れていた。
 全てのピースが、上手く揃った。
 これで、浅尾あさおさんと父さんの命を助ける事ができる!

「本当なのか? 浅尾あさおさんの命が助かるって……」

 行宗ゆきむねが、泣きそうな顔で歩みよってきた。

「あぁ、その代わりに、お前の手も借りるぞ? 行宗ゆきむね!」

 オレは、行宗ゆきむねに笑顔を返した!

「オレ達は、浅尾あさおさんと父さんの病気を治すために、マグダーラ山脈を目指す!!」

 オレは、高らかに宣言した。
 


 行宗ゆきむね達が、【天ぷらうどん】という強力なモンスターと戦うほど強いと知った時点で、考えてはいた。
 マグダーラ山脈に向かうという選択肢。
 行宗ゆきむね達は強いから、マグダーラ山脈に巣食う神獣達も、倒せてしまうかも知らない。
 そうすれば、可能性は広がる。

 マグダーラ山脈は、薬の大ダンジョンと呼ばれている。
 そこに行けば、神が作りしあらゆる薬材が揃っているというのだ。

 オレは昔、父さんに連れられて二回ほど、そこに行った。
 マグダーラ山脈に行けば、浅尾あさおさんの病を治す方法も、あるかもしれない。
 
 そしてそこには、オレの父さんの病を治す薬の材料もあるのだ。

 浅尾あさおさんの病気を治す、おそらく唯一の方法。
 同時に、父さんの病気も治して、ハッピーエンドである。

 しかし、この方法には、致命的な欠陥があった。
 時間である。
 マグダーラ山脈までの往復に、少なくとも一週間は必要である。
 対して、浅尾あさおさんの命は、もって三日ほど。
 とてもじゃないが、間に合わない。

 オレの頭では、浅尾あさおさんを一週間以上延命させる手段が分からなかった。

 魔法が効かないから、薬に頼るしかないと考えたが、
 手持ちの薬では、三日の余命を一週間に伸ばすのは、不可能だった。
 三年前に収穫してきた、マグダーラ山脈で手に入れた、優秀な薬は、
 ほとんど使いきってしまっていた。

 そこで、父さんの言葉が手助けになった。
 
(せいぜい体内の魔力を抜いて、延命させることだな)

 つまりそういう事だ。 
 回復魔法を使うと、体内の【天ぷらうどん】に魔力吸収されてしまい逆効果なのだから。
 逆に、魔力を吸収すれば、体内のモンスターは弱体化するはずだ。  
 もちろん、浅尾あさおさんの身体にも、大きな負担をかけてしまう。
 体内の魔力濃度が大きく減れば、人はやがて死ぬ。
 ただし、一週間程度なら、命に別状はないはずだ。
  
浅尾あさおさんの病気の進行を遅らせて、速やかに薬を調達し、父さんと浅尾あさおさんを治療する」  

 これが、オレの思いつく、ハッピーエンドへの唯一解だった。

 
「狂ってる………本当に出来るとでも?」

 全てを説明し終わった後で、
 父さんが、呆れたように呟いた。

「そうだな。 オレはなんたってお前の娘だからな。 
 お前は、誰かの大切な人と自分の大切な人を、命をかけて助ける男だ。 
 こんな所で死んだ目をして、諦めるような奴じゃねぇんだよっ!!」

 興奮のあまり、大声で叫んだ。
 涙がボロボロと込み上げてきた。
 
「ダメだ。行けば死ぬぞ? マグダーラ山脈は危険な場所だ! お前なんかじゃ!」

「心配ねぇ、確かに一ヶ月前のアレは無謀だったけど、今のオレには仲間がいる。 誠也せいやがいる。
 そして行宗ゆきむね、お前たちもついて来てくれ。ダンジョンに潜るほど強いんだろう?」

 オレが行宗ゆきむねの方を見ると、間髪入れずに彼は答えた。

「当たり前だろっ! 浅尾あさおさんを助けられるなら、俺は何だってやる!」

 行宗ゆきむねは、浅尾あさおさんへと、向き直った。
 
浅尾あさおさん。
 俺たちは、浅尾あさおさんの薬を手に入れてくるから、
 それまで、待っていてくれ」

「うんっ、待ってる……」

 浅尾あさおさんは、潤んだ目で彼を見つめながら、コクンと頷いた。
 さらに、オレの母さんの言葉が重なる。
 
啓介けいすけさん。フィリアはもう一人前の医者ですよっ。だから、行かせてあげませんか?
 あなたは死ぬ間際に、フィリアの、後悔と葛藤で苦しんでいる顔を見たいんですか? 
 私は違います。 
 フィリアが頑張って薬を持ってきて、フィリァが大好きな父親と一緒に、笑顔で医者をしている未来が見たいです」

 お母さんが、口を開いた。
 いつもは無口で、意見を言わずにニコニコしているお母さん。
 だけど今は、オレの事を思って、父さんを説得してくれていた。
 すごく嬉しかった。
  
「『もし患者を助けられなくても、ああしておけばこうしておけばという後悔はしたくない。 だから無茶も無理もするんだよ』って、あなたの口癖だったでしょう?
 フィリアも同じなんです。 
 命を危険に晒してでも、助けたい人がいるんです……」  

「……分かった」
 
 父さんが、俯きながら口を開いた。
 
「フィリア。お前に頼む。俺の病気を治してくれ」

 父さんは、オレが待っていた言葉を言った。
 
「俺には、まだやり残した事が、たくさんあるんだっ! 
 お前が大人になる姿を、もっと見ていたい。
 お前が好きな男を連れて、結婚して、幸せに暮らしているところをみていた
 もっとこの家族で一緒にいたい。
 死にたくないんだっ!!」

 父さんが、涙で顔を濡らしながら、子供みたいにみっともなく、泣き言を叫んでいた。
 お母さんもオレも、驚きすきてちょっと引いていた。
 父さんが泣いている所なんて、オレはほとんど見た事がない。
 一度だけ、手術で失敗をした時に、隠れながら泣いている所を見てしまった事はあるが。
 こんなに壊れたみたいに、号泣している父さんは、衝撃的だった。

 あの頑固で、一人でなんでもこなす父さんが、
 娘のオレに泣きついて、頼ってくれている。
 オレは可笑しくて、嬉しくて、ケラケラと笑ってしまった。
 目の前で嗚咽し、えずきながら涙をながす父さんの頭に、手を乗せてみた。

 なで、なで、なで、と、赤ちゃんをあやすように、
 父さんの頭を撫でた。
 自分の中にある、母性本能的な何かが、目覚めた気がした。

「任せとけ。オレは医者だ! 
 彼氏も連れてきてやるよ。実はオレ、今、気になってる人がいるんだ!」

 オレは、堂々と言い放った。
 父さんと母さんが、目を見開いて驚いていた。
 ジルクも驚いたようで、その手からポロリと、「~六人目の英雄~ バーン・ブラッド」が床に落ちた。
 当然だろう。
 オレは今まで、家族に、恋バナの一つも聞かせたことはない。
 好きな男なんて、今までできた事がなかったから。
 誠也せいやの表情は、恥ずかしくて確認できなかった。
 
 
 ★★★


「忘れものはないか?」

 誠也せいやに聞かれて、オレはもう一度、荷物の確認をした。
 防寒具にコンパス、地図。
 火魔砲に、ナイフ、魔石や魔導石。
 マグダーラ山脈まで往復するための必需品を、確認して、バッグの中へ戻していく。

 パーティーメンバーは、
 フィリア、誠也せいや万波行宗まんなみゆきむね新崎直穂にいざきなおほ
 男二人に女二人、まるでダブルデートみたいだが、そんなに呑気な旅ではない。
 全員の命がかかった。大冒険である。

「じゃあ、和奈。行ってくる」

「うん……いってらっしゃい、直穂なおほ行宗ゆきむね

 直穂なおほ行宗ゆきむねが、浅尾あさおさんに別れを告げた。

「娘さんは私が、必ず、無事に連れて帰ります。
 お父さんは、お身体を大事に待っていてください。
 浅尾あさおさんを頼みます」

「お前に父さんと呼ばれる筋合いはない。 ふん、フィリアにはまだ、手を出すなよ」

「わっ、分かっています」

 オレは、誠也せいやと父さんのやりとりに、ふき出しそうになった。
 何を言っているんだ父さん。
 手を出すって、そんなっ……
 
「よしっ! 最終確認完了っ! さっさと行くぞっ! 時間がないんだっ!」

 オレは大声で声をかけると、誠也を引っ張って、玄関を出た。
 行宗ゆきむね直穂なおほも付いてきた
  
 オレ達四人は、マグダーラ山脈めがけて、歩きだした。
  

【第3.5膜 フィリアはお医者さん編 完】
【第四膜に続く】
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