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第F膜 フィリア外伝(番外編)
七十六射目「贖罪とフィリアの夢」
しおりを挟む「フィリア…頼む。私を殺してくれないか……?」
「はぁ!!?」
フィリアは、何を言っているんだと首を傾げた。
「なんだ誠也、悪い夢でも見たのか? バカな事を言うなよ……」
「違う! あれは夢じゃないっ!! 私が犯してしまった罪! 現実なのだ!」
私が語気を強めると、フィリアはビクリと身を引いた。
怖がらせているようで申し訳なくなったが、私の言葉は止まらなかった。
「フィリア! お前は私を恨んでいるのだろう!! 私は獣族を大量殺戮してきた悪魔だ! 昨日も今日も、私は沢山の獣族を殺したのだ!!
昨日殺した女戦士は、お前によく似た目をしていた!! 信念と大義を持った目だ!!
しかし私は彼女を……… 罪悪感を持つことなく殺した!!
リーリアという名の女戦士だ! ……もし昨日捕まえられたのが、リーリアではなくお前だったのなら、私は確実にお前を殺していた!! 人間語が話せる理由を尋問してからなっ!!
フフフッ!! どうだフィリア!! 私は極悪人なのだっ! 生きる資格のない化け物だ!!」
私は自分に絶望して、涙を溢しながら笑った。
もういっそ、悪役になってやろうと思った。
目の前のフィリアは腰が抜けた様子で、ひきつった泣き顔で身体を震わせていた。
それはまるで、寝込みを強姦に襲われた女の子のような、逃げられないという恐怖に見えた。
これでいい、これでいいのだ。
私はフィリアに憎まれるべき存在なのだ。
「そんな……リーリアは、死んだのか?」
ゾッとした寒気が、私の背筋を冷やした。
フィリアは明らかに動揺していた。
まさか
フィリアは昨日の女戦士と知り合いなのか?
いや、ただの知り合いなはずがない。
フィリアの絶望的な表情は、フィリアにとって、リーリアがどれだけ大切な存在だったのか物語っていた。
私がこの手で終わらせた命である。
「リーリアはお前の知り合いか? ……あぁそうだ……私が殺したのだ!! 裸で拷問を与えた後、ぼろぼろの身体になってもなお口を割らず、私をまだ睨みつけてくる彼女を、私がこの手でっ……
「やめろっ、もう言うなっ! 聞きたくねぇっ!!」
フィリアは苦しそうに両耳を押さえた。
「………リーリアは……近所に住んでる姉ちゃんだ…… 小さい頃に、嫌な奴らに虐められていたオレを守ってくれて、よく遊んでくれた。オレにとってのヒーローなんだ……」
顔を両手で隠して、フィリアは肩を震わせていた。
その悲しみは、どれほどのものだろうか?
私が、響香を失ったときのような喪失感だろうか?
取り返しのつかない事をした。と後悔した。
謝って許されることではない。
私はもう、自分に絶望してしまった。
気づいてしまったのだ。 自分が無自覚に積み上げてきた多くの罪に。
私は、誰かにとっての西宮響香を、たくさん奪ってきたのだ。
「なぁフィリア……頼む、私を殺してくれ。お前は私のことが嫌いだろう? 憎いだろう? 私はフィリアに殺されるのなら本望だ。お前のお陰で私は、大切な事に気づけたのだ。お前の手で終わらせて欲しい……」
「…………ふざけるなよっ。お前は医者のオレに、人を殺せっていうのか? 鈴との約束はどうなる? 幸せに生きろと言われただろう? オレとの約束はどうなる? マグダーラ山脈に連れて行ってくれるんじゃなかったのか?」
「黙れよっ!! 幸せに生きるだと!? この私が!? そんな資格あるわけないだろっ! ……安心しろ、お前との約束は破るつもりはない…… 父さんの病気が治った後でいい、俺を処刑してくれ」
私は、地面に頭をつけた。
頭を深く下げて、誠心誠意でお願いした。
「そうか……だけどオレは、誠也に、死んでほしくない……」
それは懇願するような願いだった。
私の胸の中で暖かい感覚がした。
しかし同時に、私の理性はその感情を強く拒絶し、私はフィリアに反発した。
「なぜそんな目をする……? どうしてお前は、そんなに優しい目をしているのだ!? 頼むフィリア、私を裁いてくれ、憎しみをぶつけてくれっ!! 殴ってくれっ!! 私に罰を与えてくれっ!!」
「おいっ、落ち着けって……誠也……」
私はフィリアの拳を掴み、自分の頭蓋へと強くぶつけた。
ガンガンガン!! と、フィリアの拳が、私の頭蓋へと衝突する。
私はもう、正気ではなかった。
罰が欲しかった。思い切り憎まれたかった。そして楽になりたかった。
「バカかよ………」
フィリアはそう呟いて、前髪で表情を隠しながら、私の近くへと距離を詰めた。
ようやく殴って貰えると、私は救いを求めるように身を投げ出したが。
差し出されたのは拳ではなく、唇だった。
ちゅっ……という、柔らかな水音と共に、
フィリアの唇が、私の唇へと重なった。
「んっっ!!?」
脳内が、甘ったるい感触で埋め尽くされる。
自己嫌悪に陥っていた私は、一瞬の内に冷静になった。
悪夢の続きから覚めていく……
冷静に自分を客観視して、自分の心臓がドクンドクンと脈動している事に気づいた。
それは絶望や恐怖のような、ネガティブな感情ではなかった。
もっと温かくて、若々しくて前向きで、懐かしい気持ちだった。
この気持ちを、なんというのだっただろう……
フィリアは頬っぺたを赤く火照らせたまま、ゆっくりと唇を離した。
そして泣きながら、こう言った。
「オレも同じだ、誠也……今日気づいたんだ……オレも無意識のうちに、たくさんの人を殺していたんだって……」
「え……?」
フィリアは震える手で、私の肩を抱きながら、そう言った。
「どういう意味だ? お前は医者なのだろう? 命を救っているではないか?」
「オレは今まで、獣族反乱軍の負傷者を、何人も治療している。……この意味が分かるか……?
オレは医者だ……目の前の命を助けることが、正しい事だと疑わなかった…… でも今日オレは、
自分が救った命が、人の命を奪うのを見た。
獣族反乱軍の襲撃でボロボロになった村を見て。殺戮されていく住民たちを見て。なにが正解か分からなくなった。
分かるか誠也、今日死んでいったお前の部下達の話だ。オレの正義は、間接的に、誠也の仲間を殺した。鈴の命も奪ったんだ……」
フィリアはそう言った。
「それは…仕方ない事だろう…フィリアは悪くない。だけど私は、直接この手で何人も………」
「同じだよ誠也。お前は別に、獣族を殺したかった訳じゃないだろう。お前は、人間を守りたかったんだ。 違うか?」
フィリアの言葉を受け止めて、私はハッと気づかされた。
そうだ、そうだったな。
王国軍に入ったのは、最初は復讐心だった。
でも、復讐心は続かなくて。
私はだんだんと、「誰かにとっての響香を守る」というモチベーションで戦うようになったのだ。
私は最愛の人を失ってしまった。
でも周りの仲間たちには、守るべき存在が残っているのだ。
ガロン王国の国民の幸せを守るのために、迫り来る獣族と戦ってきたのだ。
「分かるか誠也。戦争っていうのは、どちらにも正義があるんだ。オレも今日、身に染みて学んだよ…… もちろんオレには、なにが正解かなんて分からねぇ……でもさ……」
目の前のフィリアは、少し笑って、顔色を明るくさせていった。
「オレは夢を見てるんだ。 ……人間と獣族が仲良くなって、同じ街で分け隔てなく、幸せに暮らす夢だ。これは父さんの夢でもある。
でもオレは、独立自治区を出て絶望したんだ。そんな未来は絶対に来ないって。……だって外の世界の人間は、獣族達を忌み嫌っていた。国境を超えた獣族は、捕まれば殺されてしまう。こんな状態で、仲良くなるなんて不可能だって。
でもオレは、誠也に出会えた。 お前は獣族のオレに、真剣に向き合ってくれたんだ。
……嬉しかった。父さん以外の人間と、はじめて仲良くなれたんだ。
だからオレは思ったんだ。この出会いは運命なんだって、これは獣族と人間が歩み寄る第一歩なんだって。
オレとお前で、この夢を叶えられるんじゃないかって」
フィリアは目を輝かせて、そんな夢を語った。
私は感動のあまり、全身に鳥肌が立った。
「人間と獣族が共存する社会」
現状からして、実現は不可能に近いだろう。
だけど私は、その夢に魅了されてしまった。
この夢の為に、命を懸けても構わないと思った。
「いいな……いいなソレ。私も、そうなる事を願っている。 フィリア……ありがとう。私はようやくはじめて、人生の第一歩を踏み出せる気がするよ……」
「ああ……元気が出て良かった。……しかしそろそろ、眠らないか? オレも途中で起こされて、だいぶ眠いんだ」
フィリアは、眠たい目を擦っていた。
私も安心して心が落ち着いて、どっと疲れが押し寄せてきた。
「それはすまなかった。本当にありがとうフィリア、もう寝よう」
私とフィリアは、隣り合って横になった。
森の中の、地下室の中で、私たちは眠りについていく。
私の手がフィリアの小さな手に包まれた。
そしてフィリアの身体が、私の身体へと押し付けられて、密着してくる。
フィリアの方に顔を向けると、こっちを見ていた彼女は、サッと目を逸らした。
「怖い夢を見た夜は、父さんはいつも、手を握ってくれたからな。誠也にもしてやる」
彼女はぶっきらぼうに呟いた。
「ありがとう」
私は感謝して、響香との添い寝を思い出しながら、フィリアの身体へと身を委ねた。
そして穏やかな眠気がせまり、私の意識は薄れていった。
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