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第二十話 悪夢

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 ダンジョンの奥へと自分たちを先導する鬼族の少女の背中を追いながら、エルドスは生きた心地がしなかった。

 マスターの元に連れていく、と女は言った。
 恐らくそれは、迷宮主のことだろう。

 つい先日来たときは二十メートルくらいの洞窟だったというのに、もう迷宮主までいるというのか。
 あり得ないが、しかし強力なオーガに加えて、鬼族に人狼までいたのだ。
 もはや何が起こってもおかしくはない。

 ――俺たちは餌にされてしまうのか。

 己が凶悪な魔物に生きたまま食い殺される未来を想像し、エルドスは額に脂汗を掻く。
 いや、喰われるだけならまだマシかもしれない。

 ちらりと隣に視線を向けると、パーティの紅一点、リーナが顔色を蒼白にしていた。
 女冒険者が魔物の慰み者にされたというのは、よく聞く話だ。
 恐らく彼女もその可能性を考えているのだろう。

 いつも落ち着いている盗賊のユーベントだけは、さすがと言うべきか、この状況でも冷静に見えた。

 やがて、鬼族の女が足を止めた。

「マスター。連れてまいりました」

 あれが、このダンジョンの迷宮主……っ!?

 その姿を見て、エルドスたちは息を呑む。


 ――普通のおっさんがそこにいた。


 え? あれが迷宮主?
 ただの冴えないおっさんじゃね?

 エルドスたちは誰もがそう思った。

 だが、よく見ると頭部には角が一本生えている。
 あれも鬼族なのか。

 しかしまったく怖ろしさを感じない。
 蚊も殺せなさそうな弱々しい面構えをしており、体格も貧弱だ。
 容姿は別に悪くないが、女性にモテなさそうだ。

 年齢は人間で言うと三十手前くらいか。
 ちなみにパーティの中で一番年上はエルドスで、二十二歳である。

 いや、油断してはならない。
 外見だけで判断してはきっと痛い目を見る。
 気を緩めかけていたエルドスだが、そう自分に言い聞かせて気を引き締め直した。

 だが少し緊張が解け、エルドスは冷静になった。
 お陰で、ユーベントが仕掛けた奇襲に即座に呼応することができたのだった。

 突然、凄まじい光が辺り一帯を支配した。

「うわっ!?」

 迷宮主が目を焼かれ、驚きの声を上げる。
 ユーベントが魔法で生み出した光で、敵の視界を奪ったのだ。

 ユーベントの的確な位置取りのお陰もあって、エルドスとリーナはもちろん無事だが、鬼族と人狼の少女たちもやられたはずだ。

「おおおおおおっ!」

 エルドスは剣を抜き、目が見えなくなってあたふたしている迷宮主に躍り掛かった。

 剣に闘気を乗せた、全力の一撃。

 次の瞬間、ずしゃっ、という生々しい音が響き、迷宮主の首が宙を舞っていた。
 ぽかんとした表情を張り付けたまま、くるくると回転しながら地面に落下する。

 その胴体が倒れ込む前に、エルドスは身体を反転させた。
 そのときにはもう、リーナが人狼の少女に向かって攻撃魔法を放ち、ユーベントは鬼族の少女へ短剣を振り下ろそうとしていた。

 仕留めた。
 そう確信したエルドスだったが、直後、予想外の事態が起こる。

 人狼が驚くべき速さの横っ飛びで、至近距離から放たれた風撃を躱してみせたのだ。
 そしてその次の瞬間にはもう、リーナに飛びついて地面に組み伏せていた。

 ユーベントの短剣も躱されていた。
 それどころか腕を絡み取られると、そのまま投げられ、地面に豪快に叩きつけられてしまう。

「……なぜっ……目はまだ、見えないはずっ……」

 ユーベントが苦悶の表情で問う。

「目が見えなくとも気配で分かります」

「あたしは音と匂いでわかった!」

 その回答に、エルドスたちは言葉を失う。

 くそ、迷宮主は倒したってのに……っ!
 こいつらの方が厄介だったか!

 だがそのときだった。

「うわ~、今のはマジでびっくりした。まさか首を刎ねられるなんて思わなかった」

「な、んだと……!?」

 背後から聞こえたその声に、エルドスは耳を疑う。

 恐る恐る振り返る。
 そこには、たった今自分が首を斬り飛ばしたはずの男が、何事も無かったかのように平然と立っていた。

 驚愕するこちらに、迷宮主の男は、

「こっちは本体じゃないから何度でも生成できるんだよね」

 夢なら早く醒めてほしい。
 エルドスは心からそう思った。

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