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第十八話 リンコ
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「ご主人さまっ、だいすきーっ!」
「うわっ」
俺の知っている高坂課長の顔で、高坂課長なら絶対にあり得ない言葉を発しながら、彼女はいきなり俺に抱き付いてきた。
「んん~~~」
しかも俺の胸に顔を埋め、鼻頭をすりすりさせてくる。
「ちょ、お、おい!? い、いきなり何するんだ……っ?」
「だってご主人さま、すっごくいい匂い~~~」
すんすんと鼻を鳴らす高坂課――じゃない、リンコ。
な、何なんだ、こいつ!?
まるで飼い主にじゃれつく犬みたいだ。
いや、人狼族だし、狼か。
狼って家畜じゃないんだけどな……。
てか、さっきから胸も当たってるし。
それほど背は高くないというのに、やたらと豊満なのだ。
「そ、それは分かったから、とりあえず離れてくれ」
俺が彼女を引き剥がそうとすると、
「……ご主人さま、リンコのこと、きらい?」
至近距離から潤んだ瞳でこっちを見つめ、そんなことを訊いてきた。
その顔は女上司と瓜二つなのだが、表情が違うせいでずっと幼く見える。元から童顔だし、下手をすれば中学生くらいにも。
まぁ生まれたばかりなのだから、実際にはもっと幼いのだが……。
幾ら憎むべき女上司の顔でも、そんな表情で訊かれては拒絶なんてできるはずがなかった。
「……いや、嫌いじゃないよ」
「ほんと!? やったぁ! やっぱりご主人さま、だいすきーっ!」
リンコは無邪気に叫び、俺の頬に自分の頬を摺り寄せてきた。
ぺろり。
「~~~~~っ!?」
さらにあろうことか、俺の頬を舌で舐めてきやがった。
と、そのときだ。
「厳命。即刻離れなさい。マスターが嫌がっています」
「ふぎゃん!?」
氷点下の声が後ろから響いたかと思うと、突然、リンコが後方に引っくり返った。
ミオが襟首を掴み、無理やり引き倒したのだ。
普段は無表情なミオだが、心なしか苛立っているように見える。
「何するの!」
「あなたがマスターが嫌がることをするからです」
「いやがってないもん! ご主人さまは、あたしのことが好きだって言ったもん!」
好きとは言ってないが……。
俺が内心で突っ込む中、人のネームドモンスターは睨み合う。
「私はあなたよりも先に生まれました。つまり、私はあなたの先輩です。後輩は大人しく先輩の命令に従うべきです」
「やーだもん! あたしはご主人さまの言う事しかきかないもん!」
かなり奇妙な光景だ。
俺的には神宮司が後輩で、高坂課長が上司だからな。
それが完全に真逆になってて、すげぇ違和感がある。
ぷくぅと頬を膨らませるリンコに、ミオは声のトーンを上げつつ断じる。
「私はマスターと一心同体です。すなわち、私の命令は、マスターの命令。マスターの命令は、私の命令」
え、そうだっけ……?
隣で聞いている俺はつい首を傾げてしまった。
「うるさーい、おばさん!」
「おばっ……」
ぴき、とミオの額に青筋が立った。
「あたしより早く生まれたなら、おばさんでしょ!」
「……いい加減にしろや、小娘が」
ミオが切れた。こ、言葉使いが……。
そしてリンコに襲いかかったかと思うと、彼女の頬を掴み、思いきり左右に引っ張る。
リンコも負けじとミオに掴みかかり、押し倒した。
「ばーかばーか」
「笑止。馬鹿と言った方が馬鹿であるという先人の言葉を知らないのですか?」
「じゃあ、今二回も言ったあんたもばかじゃん!」
「あなたは今ので三回目」
「うっ……うるさい! この貧乳ばばあ!」
「ぬっころしたろか、われ」
やがて醜い殴り合いが勃発する。
「さて……」
俺はそおっとその場から離脱すると、ダンジョン制作の続きに取り組むことにした。
現実逃避である。
◇
「おかしいな、この辺りに入り口があったはずなんだが……」
「見つかんないね」
「……確かに、この場所のはず」
街の北東に広がる森の中で。
そんなやり取りを交しているのは、冒険者と思しき三人組の男女だった。
大柄な男に、ローブを纏った若い女、それから細身で小柄な男だ。
「ないもんは仕方ねぇ。誰かがクリアしちまったのかもしれねぇしな」
「けどここの迷宮主、コボルドロードでしょ? そんなの倒したら、ギルドで一躍有名になってると思うけど」
と、そこで小柄な男が何かを思い出したように、
「……そういえば、近くにもう一つダンジョンがあった」
「ああ、そういや以前、そこで雨宿りしたっけな。けど、あそこはまだ若すぎるだろ?」
「そうね。でも一応、見に行くだけ見に行ってみてもいいかも。どうせ、こっから五分もかからないでしょ? どれくらい成長したか気になるしね」
「そうだな。よし、じゃあ行ってみようぜ」
「うわっ」
俺の知っている高坂課長の顔で、高坂課長なら絶対にあり得ない言葉を発しながら、彼女はいきなり俺に抱き付いてきた。
「んん~~~」
しかも俺の胸に顔を埋め、鼻頭をすりすりさせてくる。
「ちょ、お、おい!? い、いきなり何するんだ……っ?」
「だってご主人さま、すっごくいい匂い~~~」
すんすんと鼻を鳴らす高坂課――じゃない、リンコ。
な、何なんだ、こいつ!?
まるで飼い主にじゃれつく犬みたいだ。
いや、人狼族だし、狼か。
狼って家畜じゃないんだけどな……。
てか、さっきから胸も当たってるし。
それほど背は高くないというのに、やたらと豊満なのだ。
「そ、それは分かったから、とりあえず離れてくれ」
俺が彼女を引き剥がそうとすると、
「……ご主人さま、リンコのこと、きらい?」
至近距離から潤んだ瞳でこっちを見つめ、そんなことを訊いてきた。
その顔は女上司と瓜二つなのだが、表情が違うせいでずっと幼く見える。元から童顔だし、下手をすれば中学生くらいにも。
まぁ生まれたばかりなのだから、実際にはもっと幼いのだが……。
幾ら憎むべき女上司の顔でも、そんな表情で訊かれては拒絶なんてできるはずがなかった。
「……いや、嫌いじゃないよ」
「ほんと!? やったぁ! やっぱりご主人さま、だいすきーっ!」
リンコは無邪気に叫び、俺の頬に自分の頬を摺り寄せてきた。
ぺろり。
「~~~~~っ!?」
さらにあろうことか、俺の頬を舌で舐めてきやがった。
と、そのときだ。
「厳命。即刻離れなさい。マスターが嫌がっています」
「ふぎゃん!?」
氷点下の声が後ろから響いたかと思うと、突然、リンコが後方に引っくり返った。
ミオが襟首を掴み、無理やり引き倒したのだ。
普段は無表情なミオだが、心なしか苛立っているように見える。
「何するの!」
「あなたがマスターが嫌がることをするからです」
「いやがってないもん! ご主人さまは、あたしのことが好きだって言ったもん!」
好きとは言ってないが……。
俺が内心で突っ込む中、人のネームドモンスターは睨み合う。
「私はあなたよりも先に生まれました。つまり、私はあなたの先輩です。後輩は大人しく先輩の命令に従うべきです」
「やーだもん! あたしはご主人さまの言う事しかきかないもん!」
かなり奇妙な光景だ。
俺的には神宮司が後輩で、高坂課長が上司だからな。
それが完全に真逆になってて、すげぇ違和感がある。
ぷくぅと頬を膨らませるリンコに、ミオは声のトーンを上げつつ断じる。
「私はマスターと一心同体です。すなわち、私の命令は、マスターの命令。マスターの命令は、私の命令」
え、そうだっけ……?
隣で聞いている俺はつい首を傾げてしまった。
「うるさーい、おばさん!」
「おばっ……」
ぴき、とミオの額に青筋が立った。
「あたしより早く生まれたなら、おばさんでしょ!」
「……いい加減にしろや、小娘が」
ミオが切れた。こ、言葉使いが……。
そしてリンコに襲いかかったかと思うと、彼女の頬を掴み、思いきり左右に引っ張る。
リンコも負けじとミオに掴みかかり、押し倒した。
「ばーかばーか」
「笑止。馬鹿と言った方が馬鹿であるという先人の言葉を知らないのですか?」
「じゃあ、今二回も言ったあんたもばかじゃん!」
「あなたは今ので三回目」
「うっ……うるさい! この貧乳ばばあ!」
「ぬっころしたろか、われ」
やがて醜い殴り合いが勃発する。
「さて……」
俺はそおっとその場から離脱すると、ダンジョン制作の続きに取り組むことにした。
現実逃避である。
◇
「おかしいな、この辺りに入り口があったはずなんだが……」
「見つかんないね」
「……確かに、この場所のはず」
街の北東に広がる森の中で。
そんなやり取りを交しているのは、冒険者と思しき三人組の男女だった。
大柄な男に、ローブを纏った若い女、それから細身で小柄な男だ。
「ないもんは仕方ねぇ。誰かがクリアしちまったのかもしれねぇしな」
「けどここの迷宮主、コボルドロードでしょ? そんなの倒したら、ギルドで一躍有名になってると思うけど」
と、そこで小柄な男が何かを思い出したように、
「……そういえば、近くにもう一つダンジョンがあった」
「ああ、そういや以前、そこで雨宿りしたっけな。けど、あそこはまだ若すぎるだろ?」
「そうね。でも一応、見に行くだけ見に行ってみてもいいかも。どうせ、こっから五分もかからないでしょ? どれくらい成長したか気になるしね」
「そうだな。よし、じゃあ行ってみようぜ」
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